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人口激減社会下でどのように人を活かすか“心理的安全性”がもたらす影響とは?
2022.08 老施協 MONTHLY
率直に意見を述べられる心理的安全性を確保し
学習、成長できる介護現場のための組織構築を
働きやすい環境と人材 心理的安全性の注目度
介護業界で働く人々の疑問や悩み課題を聞き出し、その解決策を専門家に伺う本連載。今回も「人口激減社会下で人を活かすマネジメント」について取り上げ、「心理的安全性」について考える。
深刻さを増す日本の人口激減問題。何と鳥取県1県分の人口が毎年減少していると聞くとゾッとする。その中で、限られた人材をどうやって活かしていくのか。
「介護士同士の人間関係が悪い」「介護士として自信がない」「先輩職員に質問がしにくい」現場からはそんな声が多く寄せられる。だが、こうしたさまざまな声を意見として言い合える職場であれば、心理的安全性が高い風通しの良い環境と言えるだろう。
表1を見ると、入所型介護施設系における労働条件の悩み、不安、不満等について複数回答で、「人手が足りない」が70.4%と最も多く「仕事の割に賃金が低い」が51.1%となっている。また表2のように「利用者及びその家族についての悩み、不安、不満等」では「利用者に適切なケアができているか不安がある」が49.4%と最も多く「介護事故への不安」は41.8%と高い。こうした介護士の技術面の不安は、経験値であったり、どんな職場でも起き得るものではある。中でも「利用者と家族の希望が一致しない」が23.3%もあることにも注目したい。利用者と家族との間で難しい立場だが、心理的安全性が高い職場であれば、職員間で情報を共有し、解決の糸口となるだろう。
【表1】入所型介護施設系における労働条件等の悩み、不安、不満等(複数回答)
【表2】入所型介護施設系における利用者及びその家族についての悩み、不安、不満等(複数回答)
そんな心理的安全性について、医療や福祉事業の経営と政策について研究されている早稲田大学 人間科学学術院 教授の松原由美氏に解説していただいた。
心理的安全性とは 人に対する不安がない文化
ハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授によれば、心理的安全性とは、気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化です。言い換えれば、目的や目標を達成するために、質問する、率直に意見を言うなど対人関係のリスクをとっても、無知、無能、邪魔、否定的と思われず、安全だと信じられる職場環境です。
なぜ介護が行われる現場で心理的安全性が不可欠なのか
従来、私たちは現状や相手を否定し、不安感をあおることでヤル気を出させようとする方法に慣れてきました。単純作業で効率化だけが求められる仕事では、この方法で良かったかもしれません。しかし予測困難で複雑化する現代社会において、不安は学習と協働を阻害することがさまざまな研究で分かっています。一方で、心理的安全性が組織の学習、パフォーマンスの向上や成長をもたらすことが数多く実証されています。対人リスクを恐れるよりも、本来取り組むべきことに集中できるからです。
介護現場では利用者の状態は日々変化しますし、朝と晩では状態が変わることが少なくありません。そして多職種間でのコミュニケーション、協調を図りながら、対応することが求められます。介護現場は単純労働と程遠いため、心理的安全性はあった方が良いのではなく、不可欠だといえるでしょう。
例えば先輩や同僚に質問し確認すべき時に、無知と思われるのが怖くて曖昧な知識のまま行動し失敗したとします。そこですぐ周囲に報告すればフォローでき、さらに次の改善につながります。しかしその失敗に対し、上司の叱責や同僚に無能と思われる不安から、誰にも報告しないうちに事態が悪化すれば、最悪の場合、訴訟リスクにまで発展しかねません。このように心理的安全性がない組織は大きなリスクを抱えていることが分かると思います。
一方、管理者が細かい点までマニュアル化してマイクロマネジメントに走れば、現場裁量の余地がなくなり、何も考えずに作業する人が増えます。そうなると仕事に対する情熱も誇りも失せ、さらに利用者と現場の信頼関係に問題が生じやすくなります。また、膨大なマニュアルになってしまえば手間がかかるため手抜きを誘発する可能性が高まります。全てのケースを想定した完璧なマニュアル作成が無理である以上、職員全員が状況変化に対し臨機応変に自ら考え対応できる、学習する組織づくりが求められます。心理的安全性は学習する組織づくりの前提であり、こうした学習する組織づくりの構築は、職員自身の適切なケアができているかの不安低減に貢献します。
心理的安全性を高めるためには、リーダーもフォロワーも、自分の失敗を話し、建設的批判を歓迎する姿勢が重要です。より質の高いケアを目指し安心できる文化を後押しすることが求められています。
今月の回答者
早稲田大学 人間科学学術院 教授
松原 由美さん
Profile●まつばら・ゆみ=慶應義塾大学大学院 経営管理研究科修了。博士(福祉経営日本福祉大学)。医療や福祉事業の経営と政策について研究。社会保障審議会医療部会 委員、社会保障審議会福祉部会 委員、神奈川県 公益認定等審議会 委員、新宿区 高齢者保健福祉推進協議会 会長、新宿区地域包括支援センター等運営協議会 会長
取材・文=一銀海生
現役職員による座談会【介護現場のリアル】
意見が認められることが、モチベーションアップに!
特養に勤めるA社員と有料老人ホームに勤めるB社員。他業種からの転職組。コミュニケーション力はあるのに、悩みを抱えているという。
A「前に利用者と家族のトラブルに口を挟んだら上司から注意された。こうした方がいいという意見も無視されるし、生意気呼ばわりだよ」
B「介護は、利用者の身体状況による手順について、サービス責任者であるケアマネが決めてるから、そこがやりにくいところ。ヒラの介護士はそれと違うことをすれば叱られるし。かといって会議に参加できるわけでもないから、裏で文句を言うだけになる。前職に戻りたい…」
A「殺伐としてるのはそれもあるね。意見を言うと、今まで通りのことを否定するからと反対されるし。だんだん話すのも嫌になってきたよ」