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【INTERVIEW】株式会社オリエンタルランド 人事本部人事部 教育グループ 宮山恵理子
2022.06 老施協 MONTHLY
今回は、開園から39年を迎えた東京ディズニーリゾートを運営する株式会社オリエンタルランド人事部で、教育スタッフとして活躍する宮山恵理子さんにお話を伺う。入園者を“ゲスト”と呼び、従業員を“キャスト”と呼ぶことで、共に一つのエンターテインメントを日々作り出しているという思想は、あらゆる分野の企業に大きな影響を与えた。アトラクション運営キャストから、カストーディアルと呼ばれる清掃担当キャストまで、その圧倒的クオリティーの高さで異業種からも常に注目される抜群のホスピタリティーは、どこから生まれるのだろうか。
自分の家族や大切な人をもてなすようにゲストに接するそうすれば自然と相手が望んでいることを考えるようになります
導入研修で提示するのはゴールと行動基準のみ
今回の宮山さんは、2万人を超えるキャストの教育を担う一人だ。新人キャストには、さぞ綿密で複雑な研修内容が用意されるのだと思っていた。
宮山「新人キャストの導入研修は、入社当日に4時間程度。こういったゲストがいらっしゃったら、皆さんはどうしますか? といったグループディスカッションなどを行います。加えて、実際にパークで働くキャストは、パークでゲストにお声がけをするなど、より現場の業務にそくしたことを学びます。その後は、現場に出て先輩キャストについてもらいながらの“OJTトレーニング”を、長い部署で2週間くらい行ってから独り立ち、デビューします」
そんなに短い! それでどうやってあのホスピタリティーを…?
宮山「まず、私たちキャスト全員に共通したゴールがあります。それが“We Create Happiness(=私たちはハピネスを創造する)”です。パークの中でも外でも、さまざまなキャストがそれぞれの役割を持って業務に従事していますが、事あるごとにこのゴールに向かっているかを、自ら振り返ることで、同じ目的に向かえると考えています。そして、このゴールに向かってどう行動すべきかをキャスト自身が迷ったときのための行動指針が“The Five Keys(=5つの鍵)”です。このゴールと行動指針以外に細かな接客マニュアルは存在せず、日々の業務の中で、上司とキャストが話し合い、『このケースではThe Five Keysに照らし合わせてどう判断すればいい?』といったやりとりをしています。この5つで特に重要なものがSafety(=安全)です。常に安全に気を配るということはShow(=ショー)にある『毎日が初演』という気持ちにもつながりますし、Courtesy(=礼儀正しさ)は相手を思いやる行動であり、また、Efficiency(=効率)は個々のスキルアップやチームワークの強化によって達成されるもので、慣れてきたから手順を省く、というような『効率』とは意味が違う、と考えています。ちなみに、これまでは4つだったのですが、昨年、新たにInclusion(=インクルージョン)が加わって、“5つの鍵”になりました」
一般的なマニュアルは「どうすべきか」に終始しており、「なぜそうするのか」については書かれていないことが多い。しかし、東京ディズニーリゾートでは「なぜ」だけを提示し、「どう」は個々が考えて判断しなさいというスタイルを取ることで、キャストの自主性が培われているのだ。
ディズニーの生みの親である、ウォルト・ディズニーは「人は誰でも世界中で最も素晴らしい場所を夢に見、創造し、デザインし、建設することはできる。しかし、その夢を現実のものにするのは、人である」という言葉を残している。東京ディズニーランドには、ウォルトとミッキーマウスが手をつないだ “パートナーズ像”があり、今もキャストと来園するゲストを見守っている。宮山さんは、ウォルトの思いを次世代のキャストに伝える役割を担う
「こんにちは」から生まれるコミュニケーションを大切に
「ハピネス」は言葉としてはシンプルで伝わりやすいとはいえ、その意味合いが人によってさまざまなものでもある。
宮山「まさにそうですね。ですが私たちも『ハピネスとはこういうものだ』といった答えは提示していません。リアルにゲストと向き合って、キャスト本人が、今、この目の前のゲストに何ができるのかを常に考えて行動するというのがベースにあって、みんなで作り上げていくものです。そのためには、例えば、相手の立場になって行動するということが大切です。小さいお子様だったら膝をついて目線を合わせるとか、車椅子をご利用されているゲストなどの場合も、目線を合わせてお話しするように伝えています。部門によっては“ノーマライゼーション・クリエイタークラス”といって、実際に車椅子に乗ってみてどこがどう不便か、などを経験することで、相手に寄り添うとはどういうことかを考えてもらう研修もあります。また、東京ディズニーリゾートへ来園された際に、お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、あいさつは『いらっしゃいませ』ではなく、『こんにちは』です。『いらっしゃいませ』ではゲストは何も言葉を返せないですが、『こんにちは』には『こんにちは』と答えていただけるので、そこからゲストとキャストのコミュニケーションが生まれますよね」
これぞ東京ディズニーリゾートという、ホスピタリティーの神髄を生む最初の言葉が「こんにちは」というあいさつなのだ。
宮山「全てのゲストがVIPという言葉があります。私たちの導入研修でも自分の家族や大切な人をもてなすようにゲストをおもてなししよう、ということを伝えています。そうすれば自然と相手が何を望んでいるかを考えるようになります。また、ウォルト・ディズニーによって提唱されたのが『ファミリー・エンターテインメント』というキーワードなんですが、ウォルト自身も、パークをあらゆる年代の人が一緒に楽しむことができるという場所にしたい、ということを願っていました」
こういった日々の行動により、ハピネスはパーク内のあちこちで感じることができるのだろう。取材日も多くのゲストの笑顔にあふれていたのがとても印象的だった。
ゲストのことを考えるように仲間のことも考える
パークも開園から間もなく40年を迎えようとしている中、“毎日が初演”のようなモチベーションを保つために、リコグニション(=認める、褒める)プログラムがある。
宮山「業務を行う中で、キャスト同士が認め合う、褒め合う、ということを大切にしていまして、その制度の一つが“ファイブスターカード”です。これは上司が、『The Five Keys』に照らし合わせて模範的な行動をしているなと思ったキャストに、直接メッセージを書いて渡すというものです。そして、同僚同士でお互いの素晴らしい行動を讃え合う活動もあって、それが“スピリット・オブ・東京ディズニーリゾート”です。こちらは年に1度、期間中に同僚でも、部下でも、上司でも、他の部署のキャストにでも、誰にでも渡していいもので、毎年約1ヵ月の期間中に50万枚くらい交換されています。キャスト一人当たり20枚は書いている計算ですね。ゲストのことを考えるように仲間のことも考える、そうして“We Create Happiness”が達成されるのだと思います。そして“スピリット・オブ・東京ディズニーリゾート”の期間中に多くのカードをもらったキャストへの表彰制度もあり、受賞者にはピンが贈呈されます(写真上)」
相手を褒めてあげたいなと思ってもなかなか口に出せない日本人にうってつけの制度だ、と思ったが、教育制度や行動指針なども含め、こうした制度は世界共通なのだという。最後に、まさにこの場所が世代を超えて続くハピネス創造の場であるエピソードを一つ。
宮山「お子さんがキャストとして、働いているのを見て、自分もやってみたくなったとおっしゃって、キャストに応募してくださる親御さんもいます。ゲストとしての体験や、お子さんが楽しそうに働いている姿を通じて、キャストの魅力に気付いていただけたのだとしたら私たちもうれしいです。ハードが素晴らしいのはもちろんですが、キャストとのコミュニケーションからも新たな楽しみ方が生まれる場所ですので、多くの皆さんにそうした魅力も感じていただけたらと思います」
東京ディズニーリゾートへ遊びに行く機会があったら、ぜひ、キャストのおもてなしの心を実際に体感していただきたい。
株式会社オリエンタルランド 人事本部人事部 教育グループ
宮山恵理子
Profile●みややま・えりこ=‘08年入社。学校団体や旅行会社向けセールスを行うマーケティング本部を経て、’12年、東京ディズニーリゾート・アンバサダー(全キャストを代表する親善大使。広報活動や親善活動などを行う)に就任。その後マーケティング本部に復帰し、’17年から現職。主に準社員と呼んでいるアルバイトのキャストの教育、および今後の教育体系の改善、構築などを担当
撮影=磯﨑威志/取材・文=重信裕之 ©️Disney
【Close up!】
東京ディズニーリゾートのキャストの行動指針「The Five Keys〜5つの鍵〜」
(安全)
(礼儀正しさ)
(ショー)
(効率)
(インクルージョン)