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特集(DX関連)

介護イノベーション最前線

老施協実証モデル施設が推進する介護DX、ICT化の「意識改革」

2022.06 老施協 MONTHLY

介護をする上で生じる、さまざまな課題を解決するために導入が必要なテクノロジー。実際の現場ではどのように推進・運用されているのだろうか。老施協で本年度に行っている、介護ICT実証モデル事業に参加している8つの施設から、東西各1施設の事例を紹介する。


活用理念による内発的動機付けと柔軟なルール変更を重視

東京都世田谷区 社会福祉法人友愛十字会 砧ホーム

東京都世田谷区
社会福祉法人友愛十字会

砧ホーム

〒157-0073
東京都世田谷区砧3丁目9番11号
TEL:03-3416-3164
FAX:03-3416-3494
URL:https://www.yuai.or.jp/facility/kinuta-home/

最先端テクノロジーは導入よりも活用がカギ

 社会福祉法人友愛十字会が運営する特別養護老人ホーム 砧ホームは開設から30年、従来型多床室で約60人が暮らす。人口が東京23区中最多の世田谷区にあり、区内に老人ホームが増加するのに反比例し職員が減少。そこに危機感を覚え、「少人数でも介護できる体制を整えつつ、人が集まる魅力的な職場づくりをするサポートとして、テクノロジーの活用を始めました」と施設長の鈴木健太さんは語る。

 職員で課題を話し合い、’16年に最初に導入したのが転倒予防のベッド内蔵型センサーの見守りケアシステム。実際に事故が減った成功体験の下、翌年にマッスルスーツとシルエット見守りセンサのほか、’19年にインカムや介護記録システムなど徐々に環境を整備。あらかじめデモ機などで必要な機器を見極めて準備し、補助金を活用して計画的に推進された。

 老施協の介護ICT実証モデル事業では、「権利擁護の観点から、利用者の眠りを守りたい」と眠りSCANを全床に導入。朝6時前から部屋の並び順に行っていた起床介助が、「原則7時までは眠りを邪魔せず、覚醒した人から順に介助に入れるようになりました。利用者の体を回復する時間を守りつつ、業務も効率的になりました」と鈴木さん。「サービスの質は職員の質にイコールする。介護ロボットは介護職の専門性を高めていく取り組みの一つです」。

[A]施設は東京都の次世代介護機器のモデル施設にも選定 [B]職員の名前が入った専用パワーアシストスーツも [C]なでるとかわいく鳴く癒やしのネコちゃん [D]居室は間仕切りとカーテンでプライベート空間を確保

 これまでの経験を踏まえ、「テクノロジーは導入より活用が難しい」と言い、砧ホームでは活用において2つのことを重視している。一つは職員への内発的動機付け。「人類の営み同様、介護という営みも道具によって進化する」「福祉には福祉用具があり、それらを使いこなすのも介護職の専門性である」という活用理念を職員で共有し、現場発信でDXを推進している。もう一つは、使い勝手や効果を現場がリーダー層へ報告し、活用ルールを適時更新すること。活用ルールは「シルエット見守りセンサはプライバシー保護のためアラートが鳴るまで見ない」というような運用上のルール、「共用のマッスルスーツは使用後に消毒する」といった共用上のルールの2つを設けている。

 こうしてテクノロジーのサポートにより働きやすい環境づくりを進めて6年。平均年齢40代前半の職員が生き生きと働き、専門性を発揮している。以前は25人で回していたローテーションが19人で可能になり、かつ有給消化率が高く離職者ゼロという成果も出ている。

鈴木健太

鈴木健太

Profile●すずき・けんた=社会福祉法人友愛十字会 法人本部事務局総務部。砧ホーム施設長。看護師、福祉用具専門相談員


ノーリフトケアの実現に必要なテクノロジーをベースに活用

兵庫県神戸市 社会福祉法人弘陵福祉会 特別養護老人ホーム 六甲の館

兵庫県神戸市
社会福祉法人弘陵福祉会
特別養護老人ホーム

六甲の館

〒651-1101
兵庫県神戸市北区山田町小部字妙賀山13番地17
TEL:078-594-2451
FAX:078-594-2453
URL:https://rokko-yakata.jp/

利用者を第一に考えるため
まずはDXで介護士を幸せに

 設立36年目の社会福祉法人弘陵福祉会は、兵庫県神戸市で定員70名、多床室の特別養護老人ホーム 六甲の館を運営。’12年の大規模改修の際に利用者の不安を軽減するためセラピーロボット・パロと、施設長自らPC教室を開催して導入した介護記録システムを皮切りに、対話支援システム、見守りセンサーなどを導入してきた。施設長の溝田弘美さんは「介護士がハッピーでないと良いサービスを提供できない」という信念の下、「テクノロジーの導入は職員の負担軽減のため」だと語る。’19年にオーストラリア発祥の持ち上げない・抱え上げない介護「ノーリフトケア®」に出合ってからは居室や浴室に天井走行式リフトを配置。「ノーリフトケア実現に必要かどうか」を基準に導入を進めている。

 当初は職員に不安はあったが、「業務に追われ、こんなに効率的に仕事ができるんだというイメージを持つ機会がありません。反対派には真摯に説明を繰り返しました」と、職員と向き合ってきた。現在は、共通の知識を得るため全職員が日本ノーリフト協会の研修を受講済み。施設長、看護師、介護士、介護支援専門員から成る「ノーリフトケア委員会」を月1回開き、機器導入や事例の検討を行うことでトップダウンを避け現場のモチベーション維持を図っている。

[A]六甲山の中腹、神戸で最も天空に近い標高415m [B]現在は居室15部屋に18台の天井走行式リフトを設置 [C]パロは入居者の人気者

 そして入浴介助装置ピュアットを導入したのは、「入浴介助に人員が取られ過ぎてフロアで手厚い介護ができない」という職員の声から。5分間の入浴だけで体が洗浄できるため、職員の負担や入浴時間が軽減。天井走行リフトとの相乗効果で、8人が必要だった入浴が4人で行えるようになった。これにより入浴時間帯もフロアでの手厚い介護が実現した。こうした取り組みで「職員は腰痛ゼロ。別の施設で腰痛を発症した転職希望者も複数います」と、人員が集まる効果も出ている。

 老施協の介護ICT実証モデル事業では4月、マット型の見守り介護ロボットaamsを全床に導入。「利用者の急変に対する介護士の不安軽減、看取り時期の想定などのため、特に心拍のデータやアラートの感度がいいものを選びました。夜間巡視のフローを見直し、福祉用具のチェックや利用者の衣類整理、職員の休憩に時間を充てて効果を実証中です」と溝田さん。さらに、aams、ネオスケアをiPhoneで管理し、アラートが介護記録に自動反映される仕組みの開発をメーカーと共に進めている。

溝田弘美

溝田弘美

Profile●みぞた・ひろみ=社会福祉法人弘陵福祉会理事長、特別養護老人ホーム六甲の館施設長、社会福祉士。兵庫県社会福祉士会理事

全国老施協版介護ICT実証モデル事業 実施施設
ブロック 都道府県 市区町村 施設名
北海道ブロック 北海道 南幌町 社会福祉法人南幌福祉会
特別養護老人ホーム南幌みどり苑
東北ブロック 宮城県 気仙沼市 社会福祉法人春圃会
特別養護老人ホーム春圃苑
関東ブロック 東京都 世田谷区 社会福祉法人友愛十字会
砧ホーム
東海北陸ブロック 富山県 富山市 社会福祉法人宣長康久会
地域密着型特別養護老人ホームささづ苑かすが
近畿ブロック 兵庫県 神戸市 社会福祉法人弘陵福祉会
特別養護老人ホーム六甲の館
中国ブロック 岡山県 津山市 社会福祉法人津山福祉会
特別養護老人ホーム高寿園
四国ブロック 香川県 高松市 社会福祉法人光寿会
特別養護老人ホームあかね
九州ブロック 宮崎県 都城市 社会福祉法人スマイリング・パーク
特別養護老人ホームほほえみの園

撮影=磯﨑威志(砧ホーム)/取材・文=岸上佳緒里