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高齢者施設での 避難準備②  移動困難者の命を守るための避難用具

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毎年のように特別養護老人ホームや医療施設の水害ニュースが報じられているものの、現在、国による高齢者施設における避難用具・機材についての具体的な規定はありません。しかし地震による津波や洪水、土砂崩れなどが起きた場合には、ご利用者を立退き避難(水平避難)、屋内安全確保(垂直避難)させる必要があります。そしてその多くが、「移動困難者(自力での移動や避難が困難な人)」なのです。そこで今回は災害時の避難のために備えておくと安心な避難用具を紹介します。

 もちろん避難用具さえ備えておけば、必ずしも命が助かるというわけではありませんが、貴重な命を救うために少なからず貢献するのは間違いありません。

少ない介護者で避難させるために

 災害は時間に関係なく訪れますが、大雨や土砂崩れなどは夜に被害が拡大することが多くなっています。この夜間という時間帯は、高齢者施設にとっては介助者が少なくなっている時間帯で、この時に災害が起こった場合は、少ない人数で避難をさせなければならなくなります。

 そこで避難用具はできるだけ少ない人数で扱えるものを中心に揃えておくことをお勧めします。もちろん経済的な理由からも、避難用具のすべてを揃えることは不可能なため、近隣の方やご家族の手も借りながら、基本的には人員だけで避難をさせる方法についても記載しました。

 

階段避難車

 災害時にエレベーターが停止することはよくあります。水害で屋内安全確保(垂直避難)が必要な場合、移動困難者は階段や避難器具を使うことは不可能です。仮に担架等で搬送するとなれば2〜4人の人手が必要になり、狭い踊り場では旋回できない等の不具合も想定されます。また、背負って下ろす場合は、背負う側と背負われる側の両方に転落等の危険が伴います。

 そんな時に介助者ひとりで移動困難者を階上から階下へ安全に搬送できるのが階段避難車です(図1)。  階段避難車は動力を必要としない下降専用です。平地走行は車輪、 階段下降は特殊なゴム製のベルト状のものにより廊下から階段・踊り場へと一連の動作でスムーズかつ安全・確実に避難することができま す。普段は折りたたむことでコンパクトに収納ができ、使用時には折りたたんだ状態からワンタッチで組み立てられ使用することが可能となります。機体重量が10kg程の持ち運びが容易なものや、階段途中でも駐停車が可能なものなど避難対象者や施設の状況により数種類の階段避難車から選ぶことができます。

 操作には特別な技術は必要としませんが、操作に慣れるためには多少の訓練は必要となります。耐荷重は150kg〜189kgです。

 階段避難車がない場合は、図3〜図5のようなやり方をする必要があります。時間と労力がかかることや、他の避難者の通行を妨げる心配があります。

 

ストレッチャー(担架)

ストレッチャーとは、日本語訳では担架となり移動困難者を乗せて運搬する用具のことです。


01 持上げ移動式担架
 持手やベルトの付いた支持面に移動困難者を乗せ、持ち上げて搬送する一般的な担架。長い2本の棒の間にシートを渡したもの(図1)と、金属フレームにシートを張ったもの(図2)があります。丈夫で安定しており介助者の負担は少ない用具ですが、収納場所をとる上に、搬送時にもスペースが必要となります。移動困難者を固定したり介助者の負担を軽減するベルトがついているもの、折りたたみができるものを選ぶとよいでしょう。おんぶ用に特化したもの(図3)、椅子やベッドに変形するものもあります。

 

02 シートタイプ(布担架)
 ポリエステルや帆布などソフト素材だけで作られたもの。軽量で女性でも楽に運ぶことができ、コンパクトに折りたたんで収納できるため備蓄もしやすいという特徴があります。また、階段や狭い場所では座らせた状態で運んだり、変形や緊張の強い移動困難者の状態に合わせるなど自在に使えますが、剛性が弱いため力が伝わりにくく介助者の負担が大きくなるという短所もあります。さまざまな工夫をこらしたものが比較的安価で多数販売されるようになり導入しやすくなっています。搬送に使う場合は介助者の身体にかかる重量負担が大きくリスクが非常に高いため、できるだけ一人で使用することのないよう入念な使用計画をたてておくことが大切です。緊急時の担ぎベルトが収納されているベストのような常時着用できるタイプもあります(図5)。

03 車輪移動式担架
 車輪移動式担架(図6)は平地であれば1人の救助者で移動することができ、2人以上で持ち上げて移動すれば不整地や上下方向への避難も可能になります。

 

 

滑り移動式担架

エアーマット、ウレタンシート、マットレスなどを主素材として、移動困難者を臥位のまま床を滑らせて移動するものを滑り移動式担架として分類しました。


01 エアーマット 
 エアーマットは収納時に空気を抜いてコンパクトにするため、使用時には空気を入れなくてはいけません。エアーバルブを開けると自動で空気が入るものや炭酸ガスのボンベが付いていて、一瞬にして炭酸ガスを充填できるものなどがあります。
 使用時は移動困難者を包み込むようにベルトで固定します(図7)。  ほとんどのエアーマットタイプの担架には底に当たる面に樹脂製のプレートが付いており、床や、不整地などで引くとき滑りやすくなっています。

02 ウレタンシート
 ウレタンシートと身体を包み込む布やベルトで構成されており軽量で、使わないときはコンパクトに折りたたむことができます。 使用時は移動困難者を包み込むようにベルトで固定します。ベッドから降ろす時、通路を引きずる時など、底面のウレタンシートが衝撃をやわらげます(図8)。

03 マットレス
 マットレスに移動困難者を固定するベルトや搬送時につかむための搬送用ハンドルなどが装備されています(図9)。  緊急時にはそのまま移動困難者を包み込むようにベルトで固定して床を引きずるように移動し、移動先でもマットレスとして使用できます。  マットレスが衝撃を吸収するので階段や不整地でもそのまま引くことができます(図10)。

 

04 シート
 シートタイプの滑り移動式担架は、日常からマットレスの下に敷き込んでおき(図11)、非常時にマットレスや掛け布団ごと移動困難者を包み込むように固定します(図12)。  摩擦の少ない素材で作られており、不整地などでも滑らせて移動しやすい工夫が加えられています。

 

● 安全確実な避難のために 用具は普段から使いながら備える

 避難用具には「安全で効率的な使い方」があります。実演を含め製造・販売業者に相談し情報を収集し、訓練を繰り返して使い方や調整方法に慣れておきましょう。定期的な点検も忘れずに。混乱しがちな避難時だけ用具を使おうとしてもうまく使えず危険です。普段から目につくところに置き、使える物は「使いながら備える」ことも考えてみてください。普段から使われることで用具も使いやすくなり、使用者の声を拾いながら進化していきます。