福祉施設SX
第6回 埼玉県 社会福祉法人 杏樹会 杏樹苑爽風館
社会福祉法人 杏樹会 杏樹苑爽風館
1998年に法人設立し、翌年4月、特養杏樹苑を開設。以来、特養3施設(2005年に杏樹苑滔々館、2015年に杏樹苑爽風館)を開設、居宅支援事業所、地域包括支援センター、独立型デイサービス、グループホームの6種類の介護事業を入間市内で展開。2007年より埼玉県入間市、川越市、三芳町で保育事業も行っている
「継続は力なり」を実感できる
施設運営を続けるために
多職種が担当する サークル活動が活発に
入間市の北西に位置する仏子駅から、住宅街のなかをゆっくり歩いて約5分。近くを入間川が流れ、南と西の方角には加治丘陵と秩父連山が広がる自然豊かな環境に、社会福祉法人杏樹会が運営するユニット型特養 杏樹苑爽風館があります。 正面玄関を入ってすぐ目に入るのが、本格的な薪ストーブのあるカフェコーナー。
「このナースカフェは、うちの看護課が主催する健康相談付きのカフェです。ほかにも栄養士が料理教室をしたり、介護福祉士が書道や手芸の教室をしたり、当施設では職員らが自分たちのできるサークル活動を通して、ご入居者の暮らしをサポートしています」と施設長の酒本隆敬さんは話します。
施設として目指す方向を ブレなく伝えることが大切
2015年、法人内で3番目の施設として開設した杏樹苑爽風館は、定員10ユニット・100室構成。館内にはショートステイサービスが併設され、そちらは2ユニット・20室。「利用される方が主体である」という法人の理念をもとに、「私たちはどんな時もその人らしさを大切にします」、「その人の求める居場所と暮らしの継続への思いに尊敬の気持ちをもって応えます」という行動指針を制定し、細やかなアセスメントによる個別ケアを実践しています。
同館の開設前につくられたというこの二つの指針は、ボトムアップ式に現場の課題を抽出したのではなく、酒本さんをはじめとする開設準備室のメンバーらが、ユニット型施設の業務のなかで立ち返る基準となるものを、との思いから、誰もがわかる言葉で表現されています。
「ご入居者の命を預かる介護施設だからこそ、ここで働くすべての職員に正しく意味を伝えなければいけません。そのための仕組みをつくるのは、上層部の役割。大切なのは、つくった行動指針をいかにユニットケアに落とし込むかです」と酒本さん。
日々の業務に流されてサービスの目標を見失わないために、同館では毎日13時からの昼礼で、各課が行動指針を踏まえた成功体験を順番に発表するなど、日々の業務のなかに意図的にリフレクション(振り返り)を取り入れているといいます。
❶オープンする毎週木曜は、ご入居者で賑わうナースカフェ。季節のフルーツを使ったパフェやドリップコーヒーが人気。ここで看護師が健康相談を実施 ❷ナースカフェのそばには「雨ニモ負ケズ商店」という名前の売店も。お菓子やパンなど、すべて100円で販売されている ❸❹ご入居者が「ここが自分の家」だと愛着をもって思えるようにとの配慮から、各ユニットの入口は個性豊か。ユニットリーダーが中心となって色合いや装飾を考え、皆でつくり上げるという
「モチベーション維持の仕組み づくりで
個人の成長を応援」
職員研修には 大学での講義も取り入れて
前出のリフレクションとは、「経験から学ぶ力」を引き出すために大切な手法のこと。例えば、「丁寧な仕事を心がける」という目標に対して、どのように自分が行動したかを主体的に振り返ることで、失敗体験や成功体験が見えてきます。つまり、経験を放置せず、リフレクションを通して経験から教訓を得ることで、次の実践に生かすことができるのです。
このリフレクションをはじめ、爽風館ではアサーション(やわらかい自己主張)、ファシリテーション(問題解決プロセスの支援)の技法を施設運営に取り入れ、円滑な業務につなげています。
「なかでもファシリテーションは連携のために大切です。全職員へのファシリテーションをすることはできませんが、管理職クラスだけでもファシリテートできれば、そこからシャワー効果で現場スタッフによい効果が生まれると思っています」と酒本さん。
そのため、管理職クラスの職員デスクを事務所内に配置し日頃から身近に接するとともに、月に二度行う運営会議で、施設の方向性や現状の課題などについて話を聞くようにしているといいます。加えて、酒本さん自身が埼玉県立大学の非常勤講師として教鞭をふるっていることもあり、同館では大学での外部研修も積極的に利用しています。
「自分が学んだことを職員にも学んでもらい、外部の人脈をつくってもらっています。結局のところ、福祉の原点は人ですから、一人一人がちゃんとした根拠と考えをもって自己成長し、地域の社会資源として活躍することが必要だと思っているのです」
そのために大切なのは、一般常識を備えつつ、専門職として通用する人材を育てること。研修で成長や自身の未来像が実感できるようになることは、モチベーションの維持や離職率の低下にも役立ちます。
年功序列から、キャリア パスを意識した評価制へ
「本来、施設長はマネジメント思考が求められますが、私は教育思考が抜けません」と話す酒本さん。 そんな酒本さんが力を入れて取り組んだのが、全職種の人事評価制度の見直しです。年功序列制を評価式に変更。さらに目指す職務や地位などの目標に対して必要なスキルや経験などを提示するキャリアパス制度を導入して、職員のやる気を支えています。
「例えば介護職なら、入職して1~3年で基礎業務を習得し、介護福祉士の資格取得後は指導力など技術の向上を目指し、マネジメントを覚えてもらいます。その後はマネジメント思考で管理職に上がっていく者や専門職として現場に残りたい者など、それぞれの働き方に分かれますが、このとき、後者の職員にも給与等級の上限を設けず、係長等級まで給与を上げるというシステムに変えたのです。その結果、一般職でも年収600万円を目指すことができるなど、個人の意向に沿った働き方を評価できるようになりました」
新制度では、全職員に担当する業務内容や範囲、必要なスキルなどをまとめた職務記述書を渡し、その内容に沿って年間業務を行ってもらい、一年の最後に自己評価と人事評価を行い、その評価によって昇給などを決定。評価の後にはキャリアパスのための面談を行うといいます。同様に、近年では介護ロボットとICTを連携させるなど、テクノロジーの活用にも力を入れている爽風館。これからの介護福祉施設の先駆けとなる取り組みに力を入れています。
❶大きく窓がとられたユニットリビング。館内の10ユニットは、入り口同様、リビングのインテリアも和風や洋風など個性豊か ❷テラスには、管理栄養士が中心となって行う園芸教室の野菜プランターなどが置かれている。できた野菜はご入居者とともに収穫作業を楽しむ
❸1階のホールでは、毎週日曜ピアノの演奏会が行われる。今年の夏は、4年ぶりにここで夏祭りも開催された ❹白を基調とした廊下は、日が差し込む明るい印象。壁面は地域住民に貸し出され、押し花や写真などが展示されている
昨年開催された「第2回JSフェスティバルin岐阜」の実践研究発表において、杏樹苑爽風館の研究発表『失敗しない介護ロボットの選定と定着~9つのステップを通じて~』が優秀賞を受賞。同館の介護課 係長 野村明宏さんにその取り組みについてお話をうかがいました。
―研究の概要とその背景について教えてください
爽風館では、さまざまな介護ロボット、ICTを導入していますが、過去に介護ロボットありきの導入で、失敗をした経験があります。
本研究発表は、その経験値を生かせるように現場のニーズに沿った介護ロボットの導入の過程を紹介したもので、見守り支援用介護ロボット「aams(アアムス)」を実際に導入し、業務に生かすなかで、どのような効果が生まれたかなどをまとめています。この学びを、業界の皆さんと共有したいと思ってテーマに据えました。
―かつての失敗の原因は何だったのでしょうか?
ひと言でいうと、介護ロボットを用いた業務改善のプロセスに施設全体で取り組んでいなかったことです。その失敗経験を踏まえ、介護ロボットを適切に導入し、定着させるためには、手順が重要だと考えたのです。
―手順とはどういうものですか?
「準備期」「導入前期」「導入後期」からなる9つのステップです〈図1参照〉。介護ロボットの導入を成功させるには、現状の課題や求める機能の一つ一つをひも解き、見える化し、職員全体で共有することが不可欠です。9つのステップは、その部分を実践するための手順となります。
ちなみに、準備期ではプロジェクトの中心にユニットリーダーを置き、メンバーには一般職員や多職種を入れ、職務上位者はオブザーバーとして参加するという体制をつくりました。そして「導入前期」ではメンバーが日頃感じていることを各自が付箋に書き、それをカテゴライズして意見をまとめ、課題を共有するなど「課題の見える化」に取り組みました。その結果、「心に余裕がない」という課題に行き着いたのです。そこで「導入後期」では、この課題を解決するために試行的に介護ロボットを導入し、その中で得た小さな成功事例を皆で共有するなどして、職員全員のモチベーションアップに努めました。
―なるほど。現場の職員から出た課題をいかに解決するかを主軸にされたのですね
そうです。「心に余裕がない」という課題を解決するための打ち手として、介護ロボットには5つの機能〈図2参照〉を求めることになりました。そして、そのための情報を収集。メーカー3社に来てもらい、デモ機を見ながら説明を受け、選定するなかで、5つの機能を全部網羅した「aams」を選んだということです。
―その後、独自のマニュアルもつくられたのですね
はい。メーカーのマニュアルだけだと難しい部分が多く、当施設も多世代の職員がいるため、プロジェクトメンバーで分担して作成しました。その後、リスク分析や職員研修も行い、マニュアルとは別に機器を用いたアクションプランというものも作成し、職務年数などにかかわらず、誰もが同じ行動に基づいて機器使用ができるよう、環境を整えました。
―とても重要な取り組みをされたと思います。そのなかで定着に一番重要なことは何でしょうか?
やはり小さな成功事例を共有することですね。うちでは、各ユニットに目安箱を設置して、介護ロボットについての職員の意見を募りました。隠れた意見を聞くことが、使用と定着には大事だと思っています。
―介護ロボット導入の成果を教えてください
最も大きな成果は、導入によって介護の優先順位がつけられるようになったことです。
以前はパッド交換中にコールが鳴ると、作業をいったん中止して訪室しなければいけませんでしたが、今は職員がスマホのカメラでコールが鳴った部屋の状況を確認できるので、緊急かそうでないかがわかります。そのため、不必要な訪室回数が減少し、職員の勤務中の歩数の減少や精神的な負担軽減にもつながっています。介護ロボットがあることで、より効率的に、ムリ・ムダ・ムラをなくしたケアができ、結果的にケアの質が上がったことが一番よかった点だと思います。
施設長の酒本さん(左)と。「ニーズに即した新しい立案がしやすいのが爽風館の魅力。うちの取り組みが少しでもほかの施設の参考になれば」と話す野村さん(右)
社会福祉法人 杏樹会 杏樹苑爽風館
●埼玉県入間市仏子1111-1 ●tel. 04-2931-1616 ●https://anjyukai.or.jp/sf/
撮影=松浦幸之助 写真提供=社会福祉法人 杏樹会 杏樹苑爽風館 取材・文=冨部志保子