福祉施設SX

第3回 栃木県 社会福祉法人 美明会

社会福祉法人 美明会
足利市にて1997年に設立。特養、ケアハウスなどの施設サービスやデイ、訪問介護などの在宅サービスを提供。2020年には群馬県館林市の社会福祉法人から事業譲受による障害福祉サービスも開始

 

すべての人が笑顔で、
互いに思いやりをもって過ごせるように

この地に福祉拠点を!有志らの熱意で創設へ

 今回訪ねた社会福祉法人 美明会があるのは、関東平野の北西端に位置する足利市。渡良瀬川の清流と周辺の山々の緑が調和する自然豊かな環境です。この地に同法人が設立されたのは、1997年9月のこと。法人の中核である特養「義明苑」施設長・田村𠮷男さんは、「そもそも美明会は個人が設立したのではなく、地域の有志らが寄付を集め、それを原資に発足しました。当時、足利市は市内の中学校区に福祉施設を一軒設置するという方針があったのですが、この地域は二つの中学校の中間地点で、畑しかないような場所。そんな場所に何とか福祉の拠点をつくりたいとの思いで資金を集め、行政と掛け合い、やっとの思いで滑り出したのです」と当時を回想します。その思いが実り、建設許可が下りた翌98年から、特養、デイ、ショート、訪問介護、在宅支援センターの建設と運営がスタート。その後、県内でケアハウスやグループホームなどの運営も始まり、現在、10拠点で福祉事業を行っています。

「法人の主体となる特養は、今でこそ310名まで職員数が増え、中小企業としてそれなりの体制がとれるようになりましたが、開設当初は70名の入所定員を総勢39名の職員で回していました。当時は法人としての理念もありませんでした。しかし、それでは企業として存続できません。そこで組織の土台となる基本的な指針を職員から募集し、何度もすり合わせをして生まれたのが、『笑顔の実現』という現在の基本理念です」

笑顔を実現する基盤は、やさしさ

 「笑顔の実現」に込められているのは、福祉の原点は人であり、人が人を支える行為が福祉である、という考え方。そして、その理念を実現するために、同法人では「3つのやさしい奉仕」をサービスの基本方針に据えています。

 「ここでいう3つとは、ご利用者とご家族、職員、地域のこと。支援を必要としている人と支援を行う人すべてが、常に笑顔で互いに思いやりをもって過ごせるような風土づくりに日々取り組んでいます」

 次のページから、その取り組みをご紹介します。

❶利用者の切り絵などの作品とともに、特養「義明苑」の通路にはたくさんの表彰状や認定状が整然と掲示され、アットホームな雰囲気 ❷車椅子ではなく歩行器で自室から食堂へ。日常生活を活性化させるための支援を法人全体で積極的に行う ❸午後のおやつタイムに食堂に集う利用者の方々。目が合うと微笑み、ピースサインを送ってくれた ❹2004年に開設した「デイサービスセンター相生」には車椅子のまま利用できる足湯もあり、地域住民にも無料開放されている

 

「福祉の原点は人。
だからこそ、 人の声を聞き、それを生かす」

言葉だけではなく行動で示しやさしさを風土に

  「人にやさしくするには自分が強くないといけません。では強さとは何かというと、まずはルールや期日など決まり事を守る規律性をもつことだと思います。その上で職員同士が互いに牽制し合い、自分が何かを達成できたら相手もできるように補助をしてあげる。その配慮が笑顔を生むと考えています」

 美明会ではやさしさと笑顔を企業風土として定着させる前提として、職員同士はもちろん、職員から入居者への挨拶の励行を徹底しています。

 「認知症の方であっても、こちらが毎日その方の目を見て、腰を低くして1週間ほど挨拶をし続けると、ニコッと笑顔を見せてくださいます。4~5日で挨拶をやめてしまうと、このニコッを見られず、やっても無駄という結果しか残りません。それではもったいない。率先して行う意義を感じてほしいので、私自身、自分から『おはようございます』『お疲れ様でした』と入居者様や職員に挨拶しています」

 劇的な変化を求めるのではなく、コツコツと目の前のことを継続する。それが人に継承され、やがて企業の風土になると田村さんは言うのです。

〝日常はリハビリ〟の意識で介護・支援力を向上

 強さを土台としたやさしさで入居者をケアするにあたり、美明会では自立支援に注力。なかでも特養「義明苑」では、平屋で通路が広いという建物の特性を生かし〝日常はリハビリ〟との意識で日頃からトイレ誘導を積極的に行っています。

 「車椅子でも、足を動かせる方は自走の仕方をお教えし、その手前段階の方は、シルバーカーや歩行器を使い、できるだけ歩いていただきます」

 その結果、介護度が下がり、退所する方も。

 「福祉企業としてうれしい悲鳴ですね。うちには自立型のケアハウスもあるので、退所後、ご本人がよければ、そちらに入所していただくことも可能です」

 一方、介護度の高い入所者に対しては、2001年に厚生労働省が打ち出した「身体拘束ゼロ作戦」にのっとり、早い段階で身体拘束ゼロを実現。褥瘡への対処も徹底しています。

 「政府の指標には極力、早く取り組むようにしています。特養は病院から来る方ばかりなので、ほとんどの方に最初は褥瘡がありますが、それをしっかりと治すのが我々の役割。骨が見えるようなひどい褥瘡でも、根気よく処置を続けて改善しています」

 高齢者だからADLが衰えて当然と考えるのではなく、「少しでもよくしてなんぼ」。それが介護の仕事だと常に職員に伝えているといいます。

 また、組織を活性化するために、美明会では事業所をまたぐ人事異動や、職員からの提案を採用する「提案制度」なども実施。

 「人事異動については、2021年から社会就労センター(セルプ)も我々の法人に加わったので、特養からセルプへの異動もあります。ケアの内容は大きく違うので最初は大変ですが、ほかの職場を見るのも必要なこと。結果的に、こうした新陳代謝が職員の離職率を抑え、介護の質を高めることにつながると考えています。また提案制度では若手職員からの提案により『上司評価』もはじまりました。これは評価した部下の匿名性が担保されており、私だけが見て、本人にフィードバックをしています」

 ともに働く仲間の声を聞き、その声を生かす。「福祉の原点は人」という理念の原点がここにあります。

❶1対複数で会話ができるインカムの採用は、スタッフ同士の円滑なチームワークづくりに一役買っている ❷廊下の広さを生かし、所々に椅子が置かれた特養内。天窓が設けられているため、晴れた日中は照明がいらないくらい明るい

❸「常に笑顔で、互いに思いやりをもって過ごせるようにとの思いから、職員間の親睦行事も活発に行われている ❹2020年に開設した特養「義明苑いなほ」では、併設した地域交流室を文字通り地域に開放し、こども食堂を開催

 

 

 

 

昨年開催された「第2回JSフェスティバルin岐阜」の実践研究発表において、特養「義明苑」の介護福祉士・中田春佳さんの研究発表『物価高における排泄コストの削減』が優秀賞を受賞。ここではその取り組みについてお話をうかがいました。

 

―この研究の背景を教えてください

 入社2年目の2019年に、私はご利用者のトイレ誘導やパッド交換を行う排泄係に任命されました。その業務内にオムツメーカーとの打ち合わせもあり、そのなかでメーカー担当者から「適切なランクのパッドを使うことでコスト削減できますよ」といった提案を受けるのですが、これまでは多忙などの理由から、なかなかその提案を実行できずにいました。

 けれど、適切なパッドの使用はご利用者にとって大切なことだし、それが施設のコスト削減につながるなら、その提案に乗らない理由はありません。そこで排泄係になって2年目の2020年、施設内で使用するパッドの見直しをはじめたんです。私自身、当時は介護経験も浅く、自分の強みがなかったので、排泄ケアに力を入れたいという思いもありました。

 そして、見直しを行った結果、現場が変わり、実際にコスト削減につながったことが今回の発表のきっかけとなりました。

 

―見直す上での課題はありましたか?

 「義明苑」ではご利用者の水分摂取は体重の30㌫を目標にしていますが、失禁させたくないという思いから大事をとって大きめのパッドを選ぶことが多く、結果的に排泄コストを押し上げていました。でも、尿量が多くなるから水分摂取を減らすのでは意味がありません。コスト削減には適切なパッド選定とともに、パッドを正しくあてる技術の習得や職員の意識改革が必要だと感じました。

 

―その課題にどう取り組んだのですか?

 まず、メーカー担当者から当苑での毎月の排泄備品の使用量や、使用しているパッドの割合について助言をいただきました。その上で、ご利用者一人一人の尿量を把握するため、起床時・朝食後・昼食後・就寝前と1日5回、最低年2回の尿測を行い、パンツ用、昼用、夜用と計9種類のパッドを尿量に合わせて使うようにしました。また、メーカー担当者が講師となり、パッドのあて方勉強会も開きました。

メーカー担当者が講師となり開催された「パッドのあて方勉強会」。キャリアの長短にかかわらず全介護職員が参加した ❷具体的な取り組みに向けて、まずは尿量に合わせた9種類のパッドを厳選した

 

 

―勉強会とは、どういうものですか?

 製品特徴を踏まえたパッドのあて方を、座学と実習で学ぶ1時間の研修です。これまで職員が講師をして開催したこともありましたが、仲間同士だと緊張感が薄れやすいので、第三者を講師に立てました。この勉強会を通して再認識したのは、職員の多くがパッドの吸収量を正確に知らずに使っていたということです。また、パッドの特徴を知った上でそれに適したあて方をすれば尿漏れが防げることもわかり、パッド使用の見直しにつながりました。

 

―その結果、どのような成果が現れましたか?

 取り組みを開始した2020年は、パッドの年間使用枚数を前年度より年間1万枚以上、削減できました。なかでもこれまで全体の8割近くを占めていた尿取りパッドの使用量が減少し、代わりに安価なパンツ用の簡易パッドの使用が増えました。物価高の影響でコストを大きく下げることはできませんでしたが、取り組み開始前よりもコストが削減できました。結果的にトイレで排尿できるご利用者が増え、自立支援につながったことがうれしい変化です。

 

 

 

―今回の成功要因は何だったと思いますか?

 メーカー担当者の熱意に背中を押されながら、職員が共通理解をもって取り組めたのがよかったと思います。この成果を今後につなげるために、勉強会と尿測の継続はもちろん、トイレ誘導などケアの質を向上させながらのコスト削減に、職員・オムツメーカー・ご利用者の三人四脚で取り組んでいきます。

 

現在は特養で機能訓練を担当する中田さん(右)。「仕事をする上では職員同士のコミュニケーションを大切にしています」と話す。生活相談員の吉川純平さん(左)は、よき相談相手の一人

 

社会福祉法人 美明会
●栃木県足利市久保田町1223 ●tel.0284-73-2020 ●定員:特養70名、ケアハウス36名、グループホーム9名、デイ・ショート30名 地域密着型特養39名  ●https://mimeikai.com

撮影=柿島達郎 写真提供=社会福祉法人 美明会 取材・文=冨部志保子