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特集

全国老人福祉施設協議会 会長 大山知子 令和6年度に目指すこと〜自ら動く、ともに動く、 大きな山を動かす!〜

介護施設の価値をさらに高めるために 全国老施協のチームワークで、

自ら動く、ともに動く、 大きな山を動かす!

昨年、全国老人福祉施設協議会の会長に就任された大山知子会長に、新年度にあたって、全国の会員施設が抱える問題をいかにして解決へと導くか。そのためには私たちはどうしたらよいのかを伺いました。

 


CHAPTER1】 介護施設を 魅力あふれる 仕事場に

介護への対価が正しく評価されていない現実

ーー会長になられて半年。痛切に感じることは?

大山 令和6年度介護報酬の改定については、介護報酬プラス1.59%を何とか達成したものの、私どもが掲げる目標には遠く及びませんでした。苦戦が続く理由としては、介護業界の歴史的な背景があるのではないかと思います。

ーーどのような背景でしょうか?

大山 そもそも介護という仕事は非常に高いスキルが求められます。向き合っているのは高齢者で、身体状態の観察や健康管理に加えて、一人一人の心のケアをすることも大切です。さらにご利用者のご家族から信頼を得ることが必要になります。マナーや仕草や言葉遣い、そして仕事を続けていく上で、自分の感情をコントロールすることも求められ、幅広いスキルとコミュニケーション能力が必要になります。その上での肉体労働や、重労働となります。だから本来ならその分、実情に見合った報酬を得てよいはずです。しかし、今まで介護業界は、思いやりや使命感で成り立っているように思われてきた歴史があります。それが報酬という言葉から縁遠くさせているように思います。

ーー家族介護の歴史が長く、適正な対価を支払うべきサービスと国民に認識されていない、ボランティアに近いような意味合いでしょうか?

大山 人間性としては近いと思います。その高い人間性、命を守っているという使命感、介護施設の存在が多くのご家族の介護離職の歯止めになっているという産業の底支えをする貢献度など。すべて今の社会にとって必要不可欠なもので、しかも一定の質を担保しなければならない。そのためにも、それに見合った報酬を得てよいはずなのですが、それがなかなか理解していただけないのがとても残念です。

大山会長)介護現場は相変わらず厳しい状況が続いていますが、待っているだけでは状況は変わりません。

 

介護報酬を決める⽅々に 知ってほしいのは 数字ではなく、現場の実情

ーー介護報酬を適正水準まで引き上げるためにはどうしたらよいのでしょうか?

大山 私どもに近い看護業界ではこんなことがありました。看護師が抱えるさまざまな問題のなかには、政治的手段によってしか解決できないことが大いにあるとして、2005年からは「ベッドサイドから政治を変える」、2020年からは「届けよう看護の声を! 私たちの未来へ」をスローガンに制度改革や労働条件の改善のための政治活動を推進しています。その結果、かなりの進捗が見られました。これと同じようなことを私ども介護業界もしなければいけないと思いますし、まずは意識付けから必要になってくると思います。

ーー介護業界の声はまだ政治に届いていないのでしょうか。

大山 現在は組織内に現役の国会議員がいない状態で、その影響もあります。現場の声を直接届けるために、各方面に月に5〜6回の陳情や面会を続けていますが、なかなか理解を得られにくいです。

ーーなぜ自分ゴトになりにくいのでしょうか?

大山 介護の必要性はみなさんご存知です。しかし、介護保険の成り立ちや背景、税金の配分などについては理解度にバラツキがあります。さらに、介護福祉施設の経営状況や労働環境についてはご存知ない方も多いのです。現在、看護業界出身の国会議員は5名、医療系では30名近くいますが、介護業界は0人です。やはり、ご自身が施設を運営していたり、実際に介護業界に携わっていたりする経験のある国会議員がいないと、実態に即した介護の現場の制度政策は後れをとることになるのではないでしょうか。

 

実情を知ってもらうために 全国老施協は 今まで以上に動く

ーーそんななか、今、全国老施協にできることは?

大山 業界選出の議員がいない中、今まで以上に切り込んでいかないと聞く耳をもっていただけません。そこで昨年の10月には全国の会員施設の皆さまが一堂に会するトップセミナーを開催しました。そこで各地元の国会議員の皆さんに、少しでも介護施設の経営の実情を知っていただくべく、積極的に陳情することをお願いしました。その結果、直接会ってくださった国会議員の方が全国で128名、秘書の方を合わせると、289名の国会議員の方々に実情をお伝えしました。これでやっと理解の入り口に立てたと思います。しかし、新型コロナウイルス感染症の余波もまだ残っていて、そこに円安、物価高、人手不足、そして多発する災害などの問題が覆い被さり、介護現場は相変わらず厳しい状況が続いています。特別養護老人ホームの6割が赤字であること、自助努力だけでは限界があるということを、ようやく少しご理解いただけたと思います。

ーー全国の老施協がタッグを組むことで、動く兆しが見えたのですね。

大山 全国老施協の大事な仕事は、介護現場に必要なことを発信し続けることです。でも、言葉を発信するだけでは相手には響きません。私は自分たち自身が、まず動くことが大切だと思います。そして相手をどう動かしていくのか。それを一人の力だけでなく、全国各地の老施協の会員が手をとりあって、ともに動き、動かしていけば、今回のように少しずつでも山は動くのです。それをできるだけスピーディーに行っていくことが、全国老施協の大事な使命です。

 

【CHAPTER2】 今できることには “待ったナシ”で チャレンジを!

介護施設の経営者は 運営から経営へと発想の転換を

ーー介護施設の経営者の課題は?

大山 もともと介護業界は受け身の方が多くなる環境にありました。なぜなら、介護保険が始まる前は行政主体で動いていたため、与えられた予算の中でうまく運営することが求められていたからです。介護保険制度の施行後は、運営から経営へと発想の転換を求められましたが、なかなか急には変われません。報酬についても政治の決めることにはノータッチという雰囲気が長くあったため、そこから脱却できていないケースもあるように思います。

ーー自分から動くためにはどうすればよいのでしょうか?

大山 コロナ禍の影響や人手不足など、自分たちの置かれた状況も厳しいですし、動かざるを得ない、ということもあります。“誰かがやってくれるだろう”と待っていたのでは経営が立ちいかなくなります。そこで全国老施協も施設の経営者が発想の転換をしやすいように、その水先案内人の役割を果たしています。政府や他団体などから入ってくる情報をわかりやすく噛み砕きながら提供していくという„発信“も大切な仕事です。

ーー月刊老施協は発信のための大切なツールになりますね?

大山 “情報を得る”ということは、全国老施協の会員になることの大きなメリットです。さらに最近は会員の方の意識も変わり、全国老施協という組織に参加することで、今まで自分一人で行ったり、戦ったりしてきたことを、全国の介護施設の力を合わせることで、おおきなうねりにしていきたい、と思う方が増えてきたように感じます。

ーー「全国」老施協であることの本領発揮ですね。

大山 団体だからこそやれることがあり、それを実現するのが私どもの役目です。そして皆さんの意識を高めるためにも「月刊老施協」を役立てていきたいです。

 

女性のキャリアアップを 女性の多い職場で進めるには

ーー介護の現場で働く方は女性が多いですか?

大山 現場で働く人の8割は女性です。しかし、キャリアアップしているのは2割しかいない男性の方が多いのです。やはり課題となるのは出産と育児休暇で、これを経験しながら施設長等になる女性もいるのですが、キャリアを諦めてしまう方も多い。ヨーロッパなどに比べると環境が整っていないと思いますが、女性もできるだけ受け身であることはやめて、自分から動くようにしてほしいと思います。キャリアアップすれば、自分の立場が変わり、責任感も増えていきますが、今以上に仕事のやりがいや面白さも増えてくるのではないでしょうか。

ーーどのような対策をお考えですか?

大山 今は全国の会員施設に「女性活躍」についてのアンケートを行って、その集計をしています。書き込み欄に書かれたコメントを見ても、皆さんが沸々とした思いを抱いていることがわかります。女性の少ない職場と違って、これだけ女性の多い職場で、女性活躍を進めていくのはむしろ難しいようにも思いますが、じっくりと向き合っていきたいと思っています。

 

人手不足を補うだけではない 外国人を雇うことの意義

ーー人手不足対策として、外国人の採用は増えていますか?

大山 ご存知のとおり、少子高齢化の進む日本では働き手が減少しています。そこにどう対応するかを考えたときに、多様性の一つとしてクローズアップされるのが外国人の採用です。数年前には人手が足りている介護施設もありましたが、今ではほとんどの施設で人手不足が喫緊の課題となっています。

ーー外国人を採用するときのご苦労は?

大山 一番の難しさは、言葉をはじめとした文化の違いだと思います。なぜなら介護の仕事は、人間の生活に対するオールマイティの知識が必要になるからです。コロナウイルスが猛威をふるっていた頃には、手の洗い方一つでも文化の違いがあることに直面しました。それを一つ一つ教えていき、違いを理解してもらうのは確かに手間がかかります。忙しい介護現場では大きな負担になります。

ーーそれでも、外国人スタッフに教えることに意義がある、ということですか?

大山 幸いにも日本には優れた介護技術があります。日本流の介護の仕方やシステムは海外にはなく、先進国の多くが超高齢化社会に突入しようとしている今、この技術は大きな価値をもちます。技能実習制度の目的でもありますが、日本式の介護術を学んだ外国人スタッフは、本国へ帰ったあと、きっと介護の第一線で活躍し、ノウハウを伝えていく役割を担うことでしょう。  介護現場の方々には、外国人スタッフを雇うことはただ人手不足を補うだけではなく、世界の介護に貢献し、日本の高い介護技術を輸出することにつながると考えて、誇りをもって教えてあげてほしいですね。こうした使命感こそ、これからの介護施設にとって大事なものだと思います。

大山会長)女性活躍や外国人の採用、ICTの導入など、どれも担当者が積極的に関わっていくことが大事です。

 

ICTの活用と、人材の多様性 二刀流で人手不足を乗り切る

ーーICTの活用はどう推進しますか?

大山 女性や高齢者の活用や外国人の採用などの人材の多様性に加えて、もう一つ、待ったなしなのがICTの活用です。たとえば、今まで100のことを人手でこなしていたとしたら、これからICTを導入することで、作業量を半分の50まで減らすことができます。この作業を軽減する、ということは、けっして手厚い介護をやめる、という意味ではありません。機械やシステムにできることは任せてしまい、手厚い介護をしなくてはいけないところに、人手を集中できるようにして、介護の質そのものもあげていくのがICT導入の目的です。

ーーICTにアレルギーのある方は?

大山 介護現場で働く多くの方がICTに苦手意識があるのは事実です。あまりに多忙で、使い方を覚えるよりも、目の前の作業を手仕事でこなしてしまおうと思うからです。でも、そこを乗り越えてICTを活用しているところと、していないところとでは、作業効率や介護の質に大きな差が開いてしまいます。また、導入するにも予算がかかりすぎて手が出せないという施設もあると思います。そんなときは、ぜひ公的な補助金などを上手に活用してほしいと思います。また、最初から大掛かりなことをするのではなく、簡単に取り入れられることから慣れていくようにしたり、ICTをうまく活用できている施設からそのやり方を学び、模倣して、自分たちなりの活用方法を見つけてほしいと思います。全国老施協でも、全国老施協版介護ICT導入モデル事業を実施しており、「介護ICT導入ガイドライン」を作成しておりますので、ぜひとも多くの会員施設にもご活用いただきたいと思います。また、最新の補助金情報や、ICT導入のモデルケースについては、月刊老施協でもタイムリーに紹介していきたいと思います。

ーー今日はありがとうございました。

 

介護ICT実証モデル事業の展開は全国老施協改革の柱のひとつ

 

大山会長)皆さんが働く介護現場をより魅力的なものにするためにも、自ら動くことをぜひ心がけてほしいのです。
SPECIAL COLUMN

大山会長が見た被災地の介護現場

大山会長が見た 被災地の介護現場
阪神淡路大震災や新潟中越地震ではボランティアとして活動した大山会長。東日本大震災では、福島県の原発近くの介護施設の利用者をご自身の施設(栃木県)で受け入れた経験もあります。そこから学んだことは「地震の被害はエリアごとにまったく異なる」ということ。密集地の地震は倒壊による被害が多く、今回の能登半島地震では高齢者の多い過疎地域であったことから、孤立の心配がありました。
被災した施設での 外国人スタッフの活躍
能登半島地震でも多数の高齢者福祉施設が大きな被害をうけました。今回訪れた被災施設では、道路が寸断され、周囲から孤立し、1週間近く限られたスタッフだけで利用者を守る必要がありました。たまたま近くに外国人スタッフのための寮があり、そこは被害が少なかったため、外国人スタッフがリーダーとなって利用者のケアに邁進している様子を目の当たりにしたそうです。時代の変化を感じるとともに、外国人スタッフの姿が頼もしく思えたそうです。
チームワーク・相互扶助が際立つ 全国老施協の応援派遣
全国老施協では、石川県老施協からの要請を受け、介護職員等からなる介護専門チーム・全国老施協DWATを編成し、被災した高齢者福祉施設等に派遣しています(DWATとはDisaster Welfare Assistance Team の略で災害福祉支援チームの意味)。全国各地の老施協から派遣職員が登録され、自らも人手不足でありながら、より困っているところ、人手がないところを救うために、スタッフの要請にいち早く多くの会員施設が応じてくれました。1月12日より合わせて42チームで156名の応援派遣を行っています(3月8日現在)。今回の震災は、過去の災害と比べてインフラの復旧に時間を要し支援の長期化が予想されています。引き続き、会員組織のチームワーク・相互扶助の精神で息の長い支援を続けて参りたいと考えております。
 
撮影:柿島達郎/取材・文=池田佳寿子