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日本全国注目施設探訪

第14回 青森県青森市 社会福祉法人平元会 特別養護老人ホーム 正寿園

2023.05 老施協 MONTHLY

独自の取り組みでキラリと光る各地の高齢者福祉施設へおじゃまします!
※「第1回全国老人福祉施設大会・研究会議〜JSフェスティバル in 栃木〜」入賞施設を取材しています


ノーリフティングケアによる、利用者離床の質と個別化に注力

八甲田山の麓にあるリンゴ畑に囲まれた施設

 青森県青森市の南東部に位置し、市の中心部からは車で約30分のところにある田茂木野地区。雪中行軍で有名な八甲田山の麓となる、周囲をリンゴ畑に囲まれた静かなこの土地にあるのが、特別養護老人ホーム「正寿園」だ。

特別養護老人ホーム「正寿園」の外観
総面積1万2109.3㎡の敷地に立っている建築面積3165㎡、延べ床面積5687㎡の建物は、鉄筋コンクリート造りの地上2階、地下1階建てとなっている、従来型とユニット型の複合施設
園長の中井堅司さん
園長の中井堅司さん

社会福祉法人平元会

1973年、社会福祉法人正寿会設立。1974年、特別養護老人ホーム「正寿園」開設。1989年、社会福祉法人寿幸会と法人合併し、社会福祉法人「平元会」設立。以後、現在は藤本由美子理事長の下、市内に特養2(正寿園、寿幸園)、介護医療院1(カトレア)、短期入所生活介護2(正寿園、寿幸園)、短期入所療養介護1(カトレア)、通所介護3(寿永、ポピー、あかしや)、通所リハビリテーション1(カトレア)、認知症対応型通所介護1(なごみ)、グループホーム1(なごみ)、訪問介護1(しらかば)、住宅型有料老人ホーム1(ココハウス)、居宅介護支援事業所3(寿永、ポピー、ふたば)、地域包括支援センター1(寿永)を運営。2020年、青森県介護サービス事業認証評価制度認証法人認定。

 同施設は、’74年に開設され、’99年に移転増改築、’13年には一部をユニット型として改築され、現在は、藤本由美子理事長の下、特別養護老人ホームの他、短期入所生活介護を行っている。

 利用者は、病院から来る方が6割となっており、ほとんどが市内から来られ、農業や会社員として従事していた方が主である。

勤続10年以上の経験豊富なスタッフが半数近くに

 同施設の理念となっているのは、「思いによりそい、その人らしく」。そして、方針としては、「誰もが選ぶ満足度が高い施設に」「お客様が実感できる高品質な介護を提供」「職員自身が成長を実感できる組織づくりと人材育成」を掲げ、「根拠を基にした自立支援の実践」「テクノロジーの活用とDX化を推進し、業務効率化、生産性の向上を図ることで、人材不足の解消に」「地域に必要とされる事業所づくり」にまい進しているそうだ。

 居室は、1階が従来型多床室(39人)、ユニット型個室(10人)、短期入所居室(10人)、2階が従来型多床室(38人)、ユニット型個室(23人)の合計定員120人という複合型の構成となっている。

 スタッフは、現在、男性24人、女性66人の合計90人。雇用形態は、正規が72人、非正規が18人。そのうち、介護士は、男性14人、女性53人の合計67人。看護師は、男性1人、女性7人の合計8人。平均年齢は43.7歳。10年以上勤務を継続されているスタッフは40人と全体の半数近くにも上る。

試行錯誤して質を高めたノーリフティングケア

 特筆すべき取り組みとしては、「ノーリフティングケア」が挙げられる。スタッフが利用者を抱え上げるのではなく、リフトを用いて利用者を持ち上げ、車椅子に移乗させるというものだ。

 同施設では、8年前から試行錯誤しながらこの取り組みを実施、ただリフトを使っているというだけでなく、リフトや車椅子の機能を厳選した上で、最適な機器を導入、利用者の個別の症状に合わせて効果を考えるといった“個別化”にこだわっているという。

 その結果、日本に多く存在しているという寝たきりとなる重度利用者の離床の質を高め、スタッフの負担軽減も実現している。

 なお、この取り組みにより、青森県よりノーリフティングケア事業のモデル施設に認定され、先日行われた「第1回全国老人福祉施設大会・研究会議〜JSフェスティバル in 栃木〜」実践研究発表では、最優秀賞を受賞している。

[1]同施設が主に使用しているのは、ベルト式の垂直昇降で揺れが少なく、軽量で女性や高齢のスタッフでも本体移動が軽く行える床走行型リフト「SOEL MX(ソエルエムエックス)」 [2]雨にぬれずに済む屋根がありスロープと車寄せも備わる立派なエントランス [3]吹き抜けと天窓で明るく広大なエントランスホール
[4]コロナ前はカフェを営業することもあった、さまざまな催し物を行うイベントホール [5]皆が集って過ごす食事やくつろぎの場でもある2階にあるリビング [6]利用者の体の状態に合わせてさまざまな特殊浴槽がそろう2階にある浴室
[7]カーテンや家具によってプライバシーが守られる2階にある従来型の4人部屋となる多床室 [8]木目を基調とした明るい洋風の2階にあるユニット型の個室

【キラリと光る取り組み】
自立支援×リフト
〜寝たきり高齢者の尊厳を護る〜

「第1回全国老人福祉施設大会・研究会議〜JSフェスティバル in 栃木〜」実践研究発表最優秀賞受賞
機能訓練指導員 丸山拓郎さん 副園長 中田太さん
介護主任 長内恵子さん 園長 中井堅司さん インタビュー
(左から)機能訓練指導員の丸山拓郎さん、副園長の中田太さん、介護主任の長内恵子さん
(左から)機能訓練指導員の丸山拓郎さん、副園長の中田太さん、介護主任の長内恵子さん

――この取り組みを始めたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?

丸山:この施設に来て10年になるのですが、来たときに利用者さんに拘縮が多いのにすごく衝撃を受けました。ものすごく苦しそうだったし、スタッフもどうしたらいいか分からないといった状況で、高齢者がこんなに苦痛を伴っている世界があるということを知りませんでした。この拘縮をなくさなければならないと思い、今回発表した取り組みを始めて8年で、 重度拘縮者が27人いたのが3人にまで減少しました。5年前の発表でも離床の質を上げるという効果が感じられ、その翌年にノーリフティングケア事業が始まりました。このとき、リフトは良かったのですが、利用者さんが車椅子に座ったとき、座る姿勢が浅いというところが気になっていたのです。スタッフがスリングを取った後、深く座るよう修正しなくてはならない。そのときに、日本ケアリフトサービスさんという会社に出会って、最初から深く座れるいいシートがありますと提案してくれたのです。骨盤と大腿部にテンションをかけてより姿勢を起こし、つったときの姿勢をよくできる。こういうものを求めていたという話をする中で、自分が目指していることが、器具によってさらにできるようになるのだということを感じました。

中田:青森県のノーリフティングケア事業のモデル施設にもなり、外部にもいろいろと発信をしていた中で、丸山が要望を出すとリフトやスリング、車椅子など優れた器具を提案してくれる日本ケアリフトサービスさんなど、周りが協力してくれたおかげで、自然に取り組みが行えていたのではないでしょうか。

――実際に取り組んだ過程は、どのようなものだったのでしょうか?

丸山:当初の目標は、まずリフトなどを現場に浸透させ、使ってもらうことでした。使ってもらった結果、効果が出て、慣れてきて、さらに、質を高めることにシフトしました。そして、利用者さんの個別の症状に合わせて、この方にはこういう効果を出そうというように、個別化を考えるようになりました。

中田:日本には寝たきりの方が多く、利用者さんが病院から来て、特養でそういう症状を軽減していった結果、自分でご飯が食べられるようになったり、オムツだったのがトイレに行けるようになったり、緊張が取れ、拘縮が良くなったりということがあります。

中井:当施設では、個別化にとことんこだわって突き進めています。まだまだそうしている特養は少ないのが現状だと思います。

丸山:基本的には、廃用症候群というのは、回復できるものだと認識しています。

中田:私たちは、利用者さんが起き上がることができるようになるのが、最終的なゴールではありません。起きて行動する。自分でご飯を食べる。行きたいところに行く。施設に入居していない人と何ら変わることなく、やりたいことを普通にやる。そういう目的、目標がないと誰も頑張れません。それをするためには、まず起きるということを頑張る。起こすためには技術や用具が必要です。起きる時間も確保しなければならない。そのためには、スタッフが日頃からケアしていかなくてはならない。そういった積み重ねが、利用者さんのADLの向上になって、長い時間起きられるようになります。自立支援は、全てがそこにつながってくると思うのです。

中井:座れるようになった、立てるようになったと頑張るだけでなく、次に何ができるのか、何をしたいのかというところを突き詰めていかなくてはいけないと思います。

長内:リフトを導入すると、現場はやることが増えるのですが、利用者さんの状態が良くなっていく過程を見られるのはすごくうれしく、やって良かったという充実感を持って、日々業務を行うことができています。

[1]利用者の体に合わせて、さまざまな箇所を微調整することができるスウェーデン製の車椅子「アゼリアミニ」 [2][3]リフトで車椅子に移乗する際、下肢緊張が高い利用者は、リフトでつり上げた後に前後に軽く揺らし、緊張を緩めてから車椅子に移乗する

――リフトが導入されて、使い勝手などはいかがでしょうか?

長内:特に困ることはなく、今ではリフトはないと困る欠かせないものになっています。

中田:導入したときによく聞く話だと思いますが、新しいことはやりたくないじゃないですか。面倒くさかったり、負担になったり。当施設もそうでした。しかし、今やリフトが欠かせないと現場の主任が言うということは、いいものはいい。負担や時間はかかりますが、私たちはサービス業としてお客さまや国からお金をいただいている以上、現状維持ではなく、サービス向上は必然なのです。それを認識していない施設がまだまだ多いのもこの業界です。最近は自立支援に対する加算もありますが、当時はやってもやらなくても一緒で、早く済んで早く帰った方がいいという風潮が確かにありました。こういう取り組みを見て琴線に触れる施設はまだまだ少ない。当施設の取り組みを見て、少しでも変わってくれる施設が増えてほしいと願っています。

中井:利用者さん、スタッフ共に、体の負担は間違いなく減っていますし、確実にいいものだということは実感できています。

――この取り組みを行ってきて、反省点はど のようなものがあるのでしょうか?

丸山:トップダウンをやり過ぎました。とにかく厳しく指導し過ぎたのですが、いい面もありました。事故の件数をメーカーさんに聞かれて、8年間で4件と答えたのですが、平均では半年で4件なので驚異的だと言われました。4件もあると思っていたのですが、厳しくすると数字に出るのだと思いました。しかし、指導の仕方は勉強不足でした。

長内:すごく厳しかったです。60項目以上チェックするので、ものすごくプレッシャーがかかり、練習ではできるのに、テストになると2〜3人で見られるので、緊張していつものようにできず、すごく怒られたり。

丸山:そうなると、リフトを使うことに消極的になってしまうと、後から教わりました。まずは使ってもらわないと、触れてもらわないといけないのに、いきなりスタートの時点で厳しくすると、触れるのに躊躇してしまいます。指導の仕方は、もっと工夫すれば良かったと、一番反省しています。

中田:どこの施設にも過渡期があります。その過渡期にぶつかり、どうしようかと悩んでいる方たちが、ハウトゥを丸山に聞いてくるのですが、正直答えはありません。過渡期を乗り越えなければ発展はないのです。ぜひ、過渡期を頑張ってみてください。その苦しみを経て、生まれるものが必ずあります。これは、利用者さんの命が懸かっているのです。私たちがリフトを導入して一番気を付けているのが、スリングが外れて頭から落ちる死亡事故なのです。安全が担保されていないのに、死亡事故が起きると業務上過失致死になってしまう。そうすると、なぜこの人にやらせているのかという施設の責任にもなる。安全性のために時間を費やすということは、施設としては間違っていないと思います。

[4][5]移乗する際は、声を掛けながら緊張を緩め、車椅子には姿勢良く深く座ってもらう [6][7]スタンディングリフトを使って移乗する利用者。入居後、1カ月間はリフトを使用していた

――解答がないというのは、強制的にやってもらうしかないということでしょうか?

中田:現場のスタッフも有用性を感じるということです。私たちが幸運だったのは、理事長や園長がこのような部分にコストをかけていいと言ってくれた点です。利用者さんの満足度が増えて、申し込みが増えて、ベッド稼働率も安定して、待機者も増えて、結果的に経営が安定するというロールモデルができれ ば、間違っていなかったということになります。当施設は経営者の理解があったからできましたが、これを理解できない経営者もいます。そういうところで悩んでいる施設のスタッフは、上層部と折衝するしかないのですが、限界もあるかもしれません。

中井:やりたいけどさまざまな事情でできないと諦めるのではなく、いいと思うことはとことん突き詰めてやっていくべきだし、私たちは、そこを正々堂々とやってきたので、受賞できたのだと思いますし、スタッフにも自信がつきました。当施設の取り組みに興味がある施設さんから質問などありましたら、お答えしていきたいと考えています。

中田:誰でも悩む時期があり、ショートカットはできないと思った方が、前を向くことができます。私たちは、ノウハウがなかった中で取り組んで8年かかっていますが、この8年は短縮できると思います。しかし、上層部と現場の理解がマッチングしていなければ、現場だけが頑張ってもだめだし、上層部から強制してもだめだし、過渡期はどうしても生じてしまうものなのです。

丸山:ちなみに、コストに関しますと、車椅子は中古も買っていますし、スタンディングリフトもレンタルするなど、工夫しています。全部新品で買っているわけではありません。

――今後、さらに取り組まれたい課題がありましたら教えてください。

丸山:離床の質を上げることで自立度が回復します。廃用症候群は回復するということも厚生労働省も言っていますので、離床していかなくてはいけない。離床する頻度が高い人は回復します。しかし、起きている時間が長ければ回復するというわけではなくて、起きているときの姿勢の質、起こし方の質がより高ければより良くなるということです。今まで良くなってきた方はたくさんいるのですが、最終的には食事や排せつが自分でできるというのがすごく大事です。当施設では言語聴覚士を常勤で配置しており、離床後食事摂取や嚥下機能に関するケアにも着手し、より充実したケアの提供を行っております。

――JSフェスティバル in 栃木の実践研究発表において最優秀賞を受賞されたことについ て、コメントをいただけますでしょうか?

丸山:実は取る気でいきました(笑)。発表で 一番言いたかったのは、自立支援はある程度動ける方に介入していくというイメージがあって、寝たきりに近い方にどうやっていくのかが難しく、実は重度化を防止する取り組み は、対象者が特養にものすごく多いのです。日本は寝たきりが世界一多いというのが現状なのに、ある程度動ける方だけにケアが集中し過ぎています。その結果、寝たきりの方へのケアが薄くなって、重度化が進んでお互いに苦しむことになり、これを避けなければならないと思います。介護業界というのは、自立支援というと、スタッフが利用者さんに動くことを促すことがプロの仕事だと思っている。そうではなくて、本人が動きたいときに動ける状態をつくることがプロだと思っています。自分が動きたいときに動けるということが、離床の質を高めます。例えば浅く座っていて筋力が弱い人がもたれ掛かる力が強いと前に動けない。そういう状態で動いてくださいと言っても動けない。動くことを促すのではなく、動きたいときにどうやって自由に動けるようになるのかが大事なのです。それをスタッフが日常でやるのが大事だということを言いたかったのです。

[8]浴室の天井に備わったレールで移動する天井走行式リフト [9][10]2023年1月に開催された「第1回全国老人福祉施設大会・研究会議〜JSフェスティバル in 栃木〜」の実践研究発表で受賞した最優秀賞のトロフィーと賞状

正寿園

社会福祉法人平元会
特別養護老人ホーム

正寿園

〒030-0124
青森県青森市大字田茂木野字阿部野63-2
TEL:017-738-3711
URL:https://heigenkai.jp/pages/62/

[定員]
特別養護老人ホーム:110人
(従来型:77人/ユニット型33人)
ショートステイ:10人


撮影=山田芳朗/取材・文=石黒智樹