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【INTERVIEW】株式会社ファンケル 通販営業本部CRM部 健康食品CRMG 中尾真理
2023.03 老施協 MONTHLY
以前から、大手企業には「企業内大学」を組織し、社員の自己啓発やスキルアップにつなげている例がある。さらにここ数年、「リスキリング(再びスキルを身に付ける)」という言葉が流行。政府の「骨太の方針」に盛り込まれたこともあって注目を浴びる中、キリンホールディングスにおいて、非公式企業内大学「キリンアカデミア」を若くして立ち上げた中尾真理さんを訪ねた。彼女たちの活動が他社の企業内大学と大きく異なるのは、社内の有志によって結成され、業務外の時間に会社の予算に頼らずに運営しながら、成果を出し続けていることにある。
面白い会社にしたい! そのためには、挑戦が当たり前に
生まれるような風土を作るべきだと思います
大手企業では珍しいといえる完全有志の企業内大学
中尾さんは元々、自動販売機マニアで、今でも誰もいないところで一人(?)で頑張っている自動販売機を見ると、かわいいなとつい写真に記録しているそうだ。キリンホールディングスに入社したのも自動販売機を使ったユニークなプロモーションをしているのを見たことがきっかけだったという。
中尾「入社してすぐに希望していた自動販売機の営業に配属されたのですごく楽しかったです。自動販売機ってなかなか変化がないジャンルだったので、新しいことを提案したいという考えが元々ありました。その後は本社のイノベーション推進部というところに異動して、新しい自動販売機の開発などにも関わることができました」
そしてこの異動をきっかけに、有志による企業内大学の企画が動きだす。入社5年目の’19年だ。
中尾「本社で働いてみると、社内の情報が一部のところに固まっていたりとか、仕事のモチベーションで悩んでいる人が多かったりするのが見えてきて、枠を超えた交流の場が欲しいと思うようになりました。『キリンアカデミア』は入社5年目の同期の4人で立ち上げたんですが、例えば、一人は地方営業出身で東京との情報量の差を課題として捉えていたり、また別の一人は新規事業の立ち上げを希望するものの、その頃の社内にそういう仕組みがないことに不満があったりと、背景は違えど会社を良くしたいという同じ思いがありました。そこで、まずは風土というマインドのところを高める場所作りに挑戦することにしました」
驚いたのは、この企画立ち上げに際して、同期入社八十数名全員に、4人で手分けをして1対1で話を聞きに行ったのだそうだ。
中尾「キリンは全国に拠点がありますし、技術系と営業系といったところでも横のつながりが薄い部分があるんですが、私たちは初めてキリンホールディングスで一括採用になった代なので、このネットワークを使わないともったいないと思いました。話を聞くと、いろんな部署の課題が見えてきました。その活動の中で、頼りになる上司を紹介してくれたり、周りに宣伝してくれたりして、アカデミアの認知度が一気に高まったと思います」
そうして始まった「キリンアカデミア」とは、どういったコンセプトの企業内大学なのだろう。
安定風土から挑戦風土に 視座を高く、視野を広く
中尾「元々キリンにある安定風土ではなく、挑戦風土を醸成するというのを大事にしています。そのためのマインドとスキルとネットワークが手に入る場所にしたい。特にマインドはすごく大事で、スキルとネットワークはお金で買えても、マインドは買えないと思っているので、これがちゃんと育ち、良質の刺激が続くために、視座を高くし、視野を広げる場になるというのがコンセプトです」
具体的には、視座を高めるために社内のリーダー層を講師として招き、視野を広げるためには社外の有識者を講師に招き、セミナーやワークショップなどを毎月行っている。そして一番の特徴が、会社から予算をもらわず、完全に業務外の手弁当でこうしたイベントを行っていることだ。
中尾「企業内大学のパターンとして、会社の方針で行うトップダウン型、社内コンテストなどの提案を経て成立するボトムアップ型があると思います。私たちは後者でも、予算なし業務時間外にこだわっています。立ち上げてすぐ、どこかの部署付けにして予算を付けようか?って言っていただいていたんですけど、大丈夫ですって(笑)。手弁当で作る方が楽しいですし、自由で面白い。お金が付くと報告の義務が生じたり、スピード感がなくなると思います。それこそ安定風土っぽいというか。今は副業の時代なので、本業以外の業務にもお金が付くべきといった意識の方も多いと思うんですが、こうした活動はいくらお金が入るとかじゃなくて、『想いファースト』が重要だと思います。かつ、やれる範囲でとも思っています。そうしないと本業がおろそかになっちゃうんですよ。やっぱり、本業がしっかりある中での有志活動なので」
今や社内外から注目の「キリンアカデミア」。自身の活動が実を結んだと思える事例を聞いてみた。
中尾「成果としていくつかあるのは、一つは立ち上げ当初から新入社員のメンタリング、1on1で話を聞いてくれる先輩を紹介するという活動です。キリンは営業だと地方に行くことが多く、斜めの先輩とつながりがないので、参加したことで考えが広がった、悩んでいたけどこれからも仕事を頑張ろうと思ったと言ってもらえることは多かったです。もう一つは『未来ゼミナール』という、新規事業に特化したプログラム。これは他社さんの有志と共同で事業を検討するというもので、今年はトヨタさんとJTさんなんですが、この活動から、『キリンビジネスチャレンジ』という新規事業コンテストに優勝するような人も出てきました。立ち上げのメンバー4人は“始祖メン”って言われているんですけれども(笑)、そのうちの一人も優勝して、今ではキリンの社内ベンチャーに携わっています」
ビジョンを共有するために徹底して全員で議論する
中尾「今後の『アカデミア』に関して言えば、メンバーやメンバー以外からの持ち込み企画がどんどん増えて、そのプラットフォームとして使えていけたらいいのかなというのが構想としてあります。その意味では固形じゃなく、液状、アメーバ状って言うんでしょうか。運営している人とそれ以外っていうんじゃなくて、誰でも入れて、参加する人によって形が常に変わっちゃうような組織にしたいという感覚があるんですよね」
2年を一期として、「キリンアカデミア」は運営メンバーを変えていく方針だという。この難しいコンセプトを、どのように次世代に引き継いでいくのか伺ってみた。
中尾「実は立ち上げ当初、この組織を作るにあたり、会社の、自分たちの課題は何か、徹底的に話し合いました。先輩やリーダーに話を聞いてもらったりするにも必ず4人全員で行ったんです。とにかく同じ場を何回も何回も一緒に経験して、最終的に『アカデミア』のビジョンが、4人の中では言葉にしなくてもすぐ分かる、腹落ちするというところまでやり続けたことが、曲がりなりにも4年続いている理由だと思います。このビジョンをうまく後進に継承していくために、今は一度は一線を退いた始祖メンのうち私ともう一人の2名が再度参加させてもらって、2.5期で今は運営にも挑戦しています」
そろそろ社内の空気の変化を、感じている頃ではないだろうか。
中尾「あります、あります。うねりは感じます。3万人近くいる社内で、『アカデミア』が言葉として当たり前になったのもすごいことだと思います。ただ、一度うねると、あとは落ち着いてしまう。そうじゃなくて、また違う形で2回目のうねりを起こさなければなりません。先ほど新規事業のお話をしましたが、今度は働き方とか人事的なところでの提案コンテストみたいなものを『アカデミア』でやろうと思っていて、今日はその打ち合わせで本社に来たんです」
肩書きを見ておや?っと思った方もいると思うが、現在、中尾さんは’19年にキリンホールディングスと業務提携したファンケルに出向中なのだ。そして何とそちらでも有志活動をされているという。
中尾「会社が変わるとまた風土も変わって、やり方も変わる。ローカライズが大事ってことにも最近気付きました。個人的なビジョンとしては、キリンを面白い会社にしたいとずっと思っていて、だからいつか人事部長になりたいなって。そのためには、キリンの中でキャリアを普通に歩んでいくのでは面白くないし、もっと違う風を社外から吹かせたい。だから、社外出向をあと3回くらいしたいと言っているんですが、それは難しいかもねって、人事部に言われています(笑)。でもキリンが好きだからこそ、外の風を吹き込める存在になりたいですね」
今回「リスキリング」というワードは出なかった。それは中尾さんは人を変えたいのではなく、組織を変えたいと思っているからだ。昨今のはやりの考えは、就職は自分のキャリアづくりの第一歩に過ぎず、副業や転職を良しとするもの。それもありだが、それで成長するのは自分だけ。彼女のように会社を変えたい人は、やがて社会も変えていくのだろう。
株式会社ファンケル
通販営業本部 CRM部 健康食品CRMG
中尾真理
Profile●なかお・まり=兵庫県芦屋市出身、関西学院大学社会学部卒。2015年キリンホールディングス株式会社入社。自動販売機の営業を経て、イノベーション推進部在籍時に、完全有志による企業内大学「キリンアカデミア」を同期4人で立ち上げた。2020年、業務提携先の株式会社ファンケルに出向し、こちらでも同様の組織「WAKUゼミ」を立ち上げ、二足のわらじで活動中
撮影=磯﨑威志/取材・文=重信裕之