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特集(DX関連)

[最新リポート]GAFAMと日本企業はどこまで介護を進化させるのか?②

2023.01 老施協 MONTHLY

医療分野へ積極的な施策を行うアメリカ大手IT5社「GAFAM」。
彼らのテクノロジーは日本の介護分野にどのような影響を与えていくのだろうか。


Facebook Japanの考えるVRの可能性

Facebook Japanがこの冬、福祉領域におけるVRプロジェクトに本格的に乗り出すことが分かった。これまでエンターテインメントやゲームなどのイメージが強かったVR。福祉分野に対しどのような期待を抱いているのか。Facebook Japanの目指す未来と展望について見ていきたい。

超高齢社会×メタバースがもたらす壮大な社会実験

 Meta日本法人Facebook Japanは’22年12月15日、「VRを活用した未来の福祉プロジェクト」を発表した。

 本プロジェクトは、仮想現実空間で懐かしい場所や観光名所などを巡る「VR旅行」を福祉施設向けに提供する東京大学先端科学技術研究センター稲見・門内研究室学術専門職員の登嶋健太氏や自治体と連携。VR旅行体験およびVRコンテンツ撮影のワークショップを通じて、シニア世代の地域社会におけるつながり強化とコミュニティづくりをサポートする。’23年1月以降、盛岡市・神戸市でワークショップを実施予定だ。

 Facebook Japan代表取締役・味澤将宏氏は発表会の中で本プロジェクトの目的について次のように説明した。

「今回のプロジェクトは収益化を目的としたものではありません。高齢化が進んでいる日本において、VRというものをどのように活用できるのかを試していくことが大きな目的になっています。福祉×VRという観点はもちろん、高齢者がどのようにつながりをつくれるのか。障害者雇用や教育分野にも生かせる知見を幅広く得られるという期待もあります」

 Metaは昨年、「メタバースの構築」というビジョンを発表。メタバースを「ソーシャルテクノロジーの次なる進化」と位置づけている。メタバース構築の実現には企業や団体、専門家、政府などさまざまなステークホルダーとの「協働」が不可欠であり、今回の取り組みはまさにその協働を体現した一つの形ともいえる。

 なぜ、VR旅行なのか。提唱者であり、’14年から高齢者向けのVR旅行体験会を開催している登嶋氏の前職は介護職。セラピストとして入居者向けのリハビリテーションを支援する中で「高齢者のリハビリに対するモチベーションがなかなか持続されない」という課題に日々向き合っていた。

 どうすれば、リハビリの強い動機になるのか。「行きたいと思う場所」に出向き、写真を撮影して見せるなど試行錯誤を重ねる中、出会ったのがVRヘッドセット「Oculuc Go」だった。

 高齢者の方々に初めて360度見渡せるVR映像を見せたときの様子を登嶋氏はこう語る。

「360度カメラで撮った映像をお見せしたところ、従来の写真では受動的に見ているだけだった方が、自ら体を動かして見渡そうとするなど自発的なアクションが生まれたのがとても興味深い変化でした。リハビリテーションのモチベーション維持はもちろん、VR映像を見ながら体を動かすこと自体が心身のリハビリにつながるのではないかと期待を抱きました」

 登嶋氏は介護施設にコンテンツを提供するだけでなく、アクティブシニアに福祉×VRを伝える活動も行う。カメラの使い方を伝授し、VR旅行の映像の撮影を手伝ってもらう「街歩きVR撮影」を実施。街を知るシニア世代が撮影した映像を、介護施設に通う高齢者に楽しんでもらう。

コロナ禍で再認識されたVRの価値と将来性

 VR旅行プロジェクトの開始から8年。コロナ禍になり、VR旅行を取り巻く環境はさらに変化してきているという。

「介護施設で暮らす高齢者の方だけではなく、自立した生活をされている方々も旅行に行けなくなってしまった。おかげで自分たちが撮影したVRの価値が再確認され始めています。この2~3年での大きな変化です」(登嶋氏)

 登嶋氏も参加したトークセッションでは、東京大学高齢社会総合研究機構長・教授の飯島勝矢氏が登壇。フレイル(虚弱)予防として「つながり」の重要性を指摘した。

「コロナ禍により高齢者がナチュラルにオンライン環境にシフトできたことは注目に値します。従来は、元気に地域のコミュニティーに参加していた方が要介護になると、自分の殻に閉じこもってしまい、自立度が下がることが多く見られました。物理的なリハビリを続けるのと同時に、周囲とつながり続けることが重要です。物理的に距離が離れても、身体が衰えても、地域交流や昔ながらの友人と語る疑似体験ができる可能性に期待しています」と飯島氏。

 高齢者と擬似体験をつくり出す技術のXRテクノロジーは思いのほか親和性が高い。今後はVR旅行だけではなく、メタバース空間でその場にいるようなおしゃべりができるデイサービスやリハビリテーション支援などへの広がりも期待されると登嶋氏は語る。

「Meta上のプラットフォームを活用することで、コンテンツの共有や感想を伝え合うなどコミュニティーが広がっていくことにも期待しています。VRを活用することで、世代間を超え、空間を超えた交流も生んでいきたいです」

味澤将宏氏(写真左)、登嶋健太氏(写真中央)、飯島勝矢氏(写真右)
プロジェクト発表を行うMeta日本法人Facebook Japan 代表取締役・味澤将宏氏(写真左)。トークセッションには、東京大学先端科学技術研究センター稲見・門内研究室所属で一般社団法人デジタルステッキの代表理事でもある登嶋健太氏(写真中央)、東京大学高齢社会総合研究機構機構長・教授の飯島勝矢氏(写真右)が登壇。「メタバース」「高齢者福祉」「フレイル予防」といった観点から、VRへの期待を語った。

VRで旅行気分を味わう

「VRを活用した未来の福祉プロジェクト」発表後にはVR旅行体験も実施された。頭上に紅葉が映ると、無意識に見上げる。ユズの収穫シーンでは思わず立ち上がり、手を伸ばしてしまった。目の前に広がる映像は想像以上にリアルで、違和感なく没入できたことに驚かされた。


日本でのテック産業の未来テクノロジーが生活を豊かにする

GAFAMのテクノロジーは日本の介護業界、介護テックにどういった影響を及ぼすのだろうか。介護事業者とケアテック事業者間を結ぶ、日本ケアテック協会理事・池田紫乃さんにお話を伺がった。

GAFAMのチャレンジが使いやすいサービスを呼ぶ

 日本の介護分野は、制度やサービスの面などにおいて、世界の中でも細やかなサポートがされていると言われている。よって、アメリカにおけるGAFAMの急速な医療分野への進出が、直ちに日本の介護現場の状況を変える、というわけにはいかないが、中長期的にはさまざまなサービスが生まれる契機となるだろう。

「日本の介護保険制度は複雑です。GAFAMが日本の介護現場に寄り添ったサービスを作るには、まだ距離があるかもしれません」

 こう語るのは、日本ケアテック協会理事の池田紫乃さんだ。

「GAFAMの優位性は、スマートフォンや汎用性のある各種IoT(モノのインターネット)サービスをプラットフォーム化して展開していること。一方日本では、これまでの土壌を生かして介護保険制度に適したサービスを提供することが主流化しています」

 となると、GAFAMの動きが短期間で介護の現場へ影響を与えることは少ないように見える。

「ただGAFAMといったテック企業のチャレンジは、現場にとって、より安価で使いやすいサービスが生まれてくる期待につながります。日本でも、各企業がそれまでの優位性に鑑みながら、ユーザーに選んでもらえるような、より良いサービス構築を考えていくようになるでしょう」

 こうした状況下の日本で注目されるのが、医療や介護従事者など現場を知っている人間が関わっているベンチャー企業の存在。

「近年、GAFAMのプラットフォームを活用して、ベンチャーが現場に即したサービスを提供していく流れができつつあります」

 小規模な事業所などでは、予算的な面からもなかなかシステムを変更できないこともあるだろう。だが現場が困っているパートを、比較的安価で簡潔に補えるようなサービスが求められることがある。

「実際にいくつか提供されていますが、SaaS(※)のような形の、サブスクリプションサービスは、日本の介護現場にはマッチしているように思います。GAFAMに限らず、現場が今までより楽に働け、品質の高いサービスを提供できることを助けるテクノロジーの進化に期待したい」

 現場の声をすくい上げるような技術の登場を願うばかりだ。

※Software as a Serviceの略称。ベンダーがクラウドにあるソフトウエアを提供し、インターネットを経由して利用できるサービスのこと。

SaaS導入のメリットは?

ベンダーが提供したクラウド上のソフトを、インターネットを通じて使用するため、ネットさえつながればサービスを利用できることが挙げられる。さらには、ソフト開発・管理もベンダー側が請け負っており、ユーザー数に応じたプランを立てられるサービスも多いので、短期間、低コストでの導入がしやすい。一般的に小規模な事業者にとって魅力が大きいとされている。

SaaS型サービスの一例

「ライフリズムナビ®+Dr.」
(エコナビスタ株式会社)

センサーやバイタル機器から取得したデータを、介護記録システム業界トップシェアの「ほのぼのNEXT」などに自動記録する高齢者施設見守りシステム。手入力していた業務を大幅に削減し、介護・医療現場の人材不足・時間不足を効率化。

「カイポケ」
(株式会社エス・エム・エス)

クラウド型の介護事業者向け経営支援サービス。ICT活用により介護事業者の経営・業務の効率化や働き方改革をサポート。保険請求・業務支援、人事・労務、財務・会計、購買など、現時点で約40のサービス・機能を提供している。

「リハプラン」
(株式会社Rehab for JAPAN)

デイサービスの機能訓練業務を誰でも簡単・安心・効率的に行えるクラウドソフト。介助度・補助具の使用有無などを考慮し、利用者それぞれに最適な目標と運動プログラムを自動提案するほか、利用者情報の一元管理などができる。


池田紫乃

池田紫乃

Profile●いけだ・しの=慶應義塾大学医学部医療政策・管理学研究員、一般社団法人日本ケアテック協会理事。博士(医学)、国会議員政策担当秘書資格保有。大学院修了後、内閣府政策調査員を経て、コンサルティング企業で医療介護ヘルスケア関連のマーケティング・新規事業開発や政策調査事業等に従事後、前参議院議員そのだ修光国会事務所の政策担当秘書を務める。現在コンサルティング企業で政策調査等に従事しつつ、大学などでテクノロジーやデータサイエンスを用いた介護現場について研究している


要介護5のコラムニスト・神足裕司さんが見る
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仮想現実の中で「また行ってみたい」場所へ

 Facebook Japanは、高齢者向けのVR(仮想現実)での旅行体験のプロジェクトを開始すると発表した(「Facebook Japanの考えるVRの可能性」参照)。これは思い出の地や国内外の行ってみたい観光地などの映像をVRで見る“VR旅行”を福祉施設向けに提供するというもの。東京大学の先端科学技術研究センターに在籍する登嶋健太さんとの共同で行う。

 登嶋さんは世界各地の映像を撮って高齢者施設などで披露していた。なかなか外に出られない方に「どんなところに行きたい?」と時にはリクエストに応えていた。新婚旅行で行った場所や自宅の近くにあった公園。その映像を360度のカメラで撮ってお見せした。

「ああ、また行ってみたい」。そう目標を持つ人が現れたり、映像を見るために上を見たり横を見たり、体をよじってみたり、立つことがつらいはずの方が立ち上がったり、話が弾んだり……。「これはきっと高齢者に良い影響があるのではないか?」、登嶋さんはそう思ったそうだ。そしてそのようなことも大学で研究されていた。

 今回のFacebook Japanとのプロジェクトは活動意欲の高い高齢者たちを対象にワークショップで、VRで使う映像を撮影するカメラの使い方から学んでもらう。そして、風景を撮影する。その映像を使用して福祉施設にいる方々にそれを見てもらう。外になかなか出られない方々もVRの仮想現実の中でいろいろな所に行けるわけだ。「高齢化が進む日本でVRを福祉分野で活用できるか試していくこと」がこのプロジェクトの目標だという。

360度カメラを車椅子に付けて撮影の旅へ

 ボクも8年ほど前だったか長い入院生活のときがあった。そのときに娘がアメリカ旅行に行った。今とは比べものにならないクオリティーだったが360度で撮った映像をスマートフォンで送ってきてくれた。それを病室で見たときには、娘と一緒に旅をしているみたいだなあと感動した。ぐるっと自分の見たい方向を娘が見てくれる、それを見られる。その感動を原稿に書いた。「こんな病室にいるボクみたいな人に、行きたいところを360度の映像で見せるサービスがあったらいいのに、それがあるとどんなに励まされるか」と。

 すると、「神足さん、高齢者施設で、もうそういうことをお年寄りにやっている青年がいるみたいですよ」と編集部の人が教えてくれた。それが登嶋さんだった。

 登嶋さんは時には病室に世界中の映像を届けてくれた。それを見てボクが思ったのは、「自分でここに行きたい。そしてボクも映像を撮ってみたい」、その頃では考えも及ばないようなそんな目標だった。が、日本中いろいろな地を車椅子にカメラを付けて撮影できるまでになった。やりたいことができるということは、活力になる。

絵を描いたり旅をしたりVRは高齢者と相性がいい

 そしてこの2年、「神足さんこれも面白いでしょ?」と登嶋さんに教えてもらったのがVRアートだ。HMD(ゴーグル)をかぶって仮想現実の中で3Dの絵を描く。つまり空間に絵を描くのだ。空間に普通の紙に描くような平面でなく立体の絵を描く。家を描けば家の中に入ることもできる。テーブルの上に本が置いてあったり、水槽の中に金魚が泳いでいたりするわけだ。道を歩くことだってできる。一人で自分の世界にとっぷりとつかることもできる。世界中の人と一緒に同じ場所(仮想現実の世界)で絵を描くこともできる。

 先日も台湾、福岡、神奈川、東京大学、北海道の方などと一緒にVRで絵を描いた。「神足さん」でもいいし、アバターで違う誰かでもいい。ボクはこの違う時空の中の、でもそこにある現実の中で絵を描くことが好きだ。こんな最新機器を高齢者がと思われるかもしれないが、ボクはVRと高齢者はとても相性がいいと思っている。先入観がないぶん、すんなりと受け入れてくれる。

 うちにいる86歳の義母もスマートフォンには苦手意識があるが、VRのHMDをかぶってハワイに行ったり、菜の花畑を見たり、絵の中のイルミネーションを楽しんだりしている。VRアートを見よう見まねで描いたりもする。足腰が弱り始めた義母には、横で妻が手を貸しながら仮想現実の中で楽しそうに世界旅行をしている。


神足裕司

Profile●こうたり・ゆうじ=1957年8月10日生まれ。コラムニストとしてテレビ、ラジオ、CMなど幅広いメディアで活躍。2011年、重度くも膜下出血を発症してから、一人では動けず、話せず、24時間体制でケアを受ける。現在、要介護5ながらも、リハビリを続けながら執筆活動を行う。西原理恵子との共著「恨ミシュラン」(朝日新聞出版刊)など著作多数


撮影=磯﨑威志 / 取材・文=島影真奈美、一角二朗
写真=ふじよ / PIXTA(ピクスタ)