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平石 朗(全国老人福祉施設協議会 会長)×遠藤 健(SOMPOケア株式会社 代表取締役会長 CEO) 社会福祉法人・営利企業の枠組みを超えて トップランナーが目指す 介護職員が輝くためのより良い社会とは
2022.10 老施協 MONTHLY
非営利団体と営利団体。社会的役割や理念、それぞれ置かれている立場は違えども、介護業界で思い描く未来は同じ道にある者同士。そこで今回は、全国老施協・平石会長とSOMPOケア・遠藤会長のトップ対談を開催。立場が違う両者が見据えている「これからの介護」について語っていただいた。
全国老人福祉施設協議会 会長
平石 朗
Profile●ひらいし・あきら=1955年、和歌山県生まれ。岡山大学法学部哲学科卒。特養老人ホーム星の里 施設長、社会福祉法人尾道さつき会 理事長、2011年に広島県老人福祉施設連盟 会長に就任(3期6年)し、現在は顧問・代議員として活動。2019年より全国老人福祉施設協議会 会長
SOMPOケア株式会社 代表取締役会長 CEO
遠藤 健
Profile●えんどう・けん=1954年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、安田火災海上保険(現損害保険ジャパン)入社。2015年、SOMPOケアネクスト 社長。2017年、SOMPOケアメッセージ 社長 執行役員。2018年、SOMPOケア 社長。2022年よりSOMPOホールディングス 執行役 介護・シニア事業オーナー、SOMPOケア 代表取締役会長 CEO
サービスの品質向上と介護職員の負担軽減の両立を目指す(遠藤)
人材確保が喫緊の課題となっている介護業界において立場は違えど置かれている課題は共通のもの(平石)
規制改革推進会議での職員配置見直し提案の真意は?
数字が目的ではなく個々の状況を踏まえて緩和を提案
平石「貴社は昨年末の内閣府規制改革推進会議【※1】において、実現すべき未来の介護としてデジタルテクノロジーの活用と、規制緩和により職員配置の見直し(3:1から4:1)が実現するという提案をされていましたね」
遠藤「介護人材が69万人不足すると言われる’40 年に向け、何らかの手を打たないと介護産業が立ち行かなくなります。この危機感を介護業界共通のものと捉え、デジタルテクノロジーの導入、介護補助者や外部委託の活用などにより、人員配置基準の見直しが可能となるのではないかという提案です」
平石「報道によって職員配置の見直しの数字がフォーカスされたことで、介護職員の労働負担が増加するのではないかという懸念が広がったのは事実です」
遠藤「数字ばかりが注目されがちですが、決して一律の基準設定を目指しているわけではありません。個々の施設が置かれている状況を踏まえ、テクノロジーの活用や業務遂行の見直しを行い、効率的な介護で職員の負担を軽減しつつ、見直しが可能なところについて人員配置基準を緩和したらいかがか、というご提案なのです」
平石「全国老施協では、時間を生み出す介護によって生産性、介護の質の向上、職場環境の改善がなされ、ご利用者の暮らしの充実と施設運営の安定化につながる『北九州モデル』を参考に実証モデル事業を行っています。貴社の展望とも近しいものがありますね」
遠藤「そうですね。基本的な考えは全く同じだと思います。施設のご利用者には安全かつ健康で自分らしい暮らしを実現していただき、また働く職員には業務負担を軽減しつつ、人にしかできないご利用者に寄り添った介護に注力してモチベーションを向上させる。さらに会社は、働く職員の離職減少による経営安定を図るということを目指しており、これを弊社では『三方良し』と呼んでいます」
【※1】於:2021年12月20日『第7回医療・介護ワーキング・グループ』
SOMPOケアが推進する「未来の介護創造プロジェクト」
サービスの品質向上と職員の負担軽減に取り組む
平石「介護人材の確保は、もはや喫緊の課題です。令和3年度『介護労働実態調査』【※2】によれば、人材不足を感じている介護事業所は63%に上っています。この事態をどう捉えていますか」
遠藤「日本は他国に類がないほど、細かなニーズに合わせた介護を行っています。この世界に誇るべき日本の介護を、持続可能なものにしていかなければならないと、われわれは考えています。そのためには介護職員の負担を軽減しつつ、サービス品質の維持・向上を図ることが必要不可欠です」
平石「その大いなる目標を持って貴社で取り組んでおられるのが、『未来の介護創造プロジェクト』ですね」(下図参照)
遠藤「そうです。このプロジェクトは、『施設マネジメント』『ケアマネジメント』『介護サービス』を三位一体として改革し、高い品質と生産性向上の実現を目指して、全社を挙げて取り組んでいます」
平石「’20年から、2施設で先行してこの取り組みを開始しているとのことですが、これまでにどのような効果が出ていますか」
遠藤「デジタルの最大活用による効率化、ケアマネジメントの強化、データを活用したエビデンスに基づいた効率的かつ効果的な科学的介護を実践することで、定員100名規模の施設において、間接業務を中心に月間743時間の削減が可能となりました」
【※2】介護労働安定センター調べ
デジタルテクノロジーの導入による効果とは?
「人にしかできない介護」の実現を、効率化で目指す
平石「業務時間削減という部分で注目されるのが、デジタルテクノロジーの施策です。最新のテクノロジーを研究するラボを作られ、実証を行っているそうですね」
遠藤「『人間とテクノロジーの共生により新しい介護の在り方を創造する』をミッションとして’19 年に『Future Care Lab in Japan』を設置しています」
平石「全国老施協でも、昨年度から介護現場革新を事業計画の重点事項に掲げ、ICTモデルの実証事業に取り組んでいます。これは導入コストが高額である上、どんな機器を導入すればいいのか分からないという、会員施設から挙がった声を解決すべく立ち上げたものです。それを踏まえて、貴社ではコスト面と機器の選定をどのように進めているのかを伺いたい」
遠藤「年間200件ほどのテクノロジーについて、安全性、費用対効果の観点で実証研究を行っています。このうち現場実証に進むのは10~20件であり、最終的に導入に至るのは数件です」
平石「なるほど。ただ、導入する際にデジタル化するための労力が大変、という先入観を持たれる場合もありませんか?」
遠藤「導入しているテクノロジーは、遠隔で見守りができる『睡眠センサー』や、手書きだった介護記録をスマホアプリに転換するといったもので、現場の職員に高度な技術や能力を要求するものではありません。効率化で創出できた時間を、対話など『人にしかできない介護』に注力してもらうことで、介護職の皆さんの自己実現にもつなげていきたいと考えています」
アクティブシニア、外部委託、ビッグデータの活用目的は?
問題を可視化し予測できる より良い介護を追求する
平石「介護職員の時間創出という部分で、アクティブシニアの活用を挙げられていますね。老施協においても活用が進んでいますが、貴社施設での実例を伺えますか」
遠藤「損保ジャパンで役員を務められた方が自ら希望され、週2回、配膳や清掃などに従事しています。ご入居者に寄り添った対応で大変好評を得ています。年齢が近いということもあるのかもしれません。今後もOB組織などに積極的に案内していきたいですね」
平石「もう一つ、現場での時間的コストのかかる洗濯業務の外部委託を推進されていますが、金銭的コストが合うのか、という素朴な疑問があるのですが」
遠藤「これは1日3〜4回の洗濯に時間を要しているという職員の声を基にトライアルを開始しました。週3回の回収でご入居者1名あたり月4000円の費用を会社が負担します。確かに一定のコストを要しますが、職員は介護に注力することができ、サービス品質の向上が見込めます」
平石「人員的な施策のほか、『リアルデータ』と呼ばれる科学的データの活用を行っていますね」
遠藤「’19年にSOMPOグループでパランティアジャパン社を設立し、現場のデータを収集しています。それに基づき、これまでそれぞれの介護職が培ってきた現場における『匠』の技を、多くの介護職員が活用可能な課題解決に向けたアクションの『仕組み』に変えることを目指しています」
平石「ビッグデータの活用はご利用者の方々のバイタルデータを『見える化』して、健康状態を保つためにも大変重要なものとなりますね。具体的にはどのような研究をされているのでしょう」
遠藤「現状の『見える介護』に加え、将来の課題に対するアクション案も提示できる『予測する介護』を目指し、さまざまなアプリの研究・開発を進めています」
平石「これだけのデータを活用するとなると、職員たちに一定程度の知識や経験が必要となり、現状の業務に加えての負担が増えるのでは、という懸念もありますが」
遠藤「その点においては、分かりやすくデータ入力できるアプリ開発を心掛け、極力職員の方に負担をかけない方法を検討しています」
介護職員に対する処遇改善の効果は?
モチベーションアップとリーダーの育成につながる
平石「そして現場の介護職員たちが抱える最も大きな悩みが、待遇に関するものです。貴社では合理的経営によって職員の処遇改善を行われているそうですね」
遠藤「まずは’19年に、介護職のリーダーを担う正社員に対し24万円、それ以外の介護福祉士相当の資格を持つ正社員に対し8.4万円の処遇改善を実施しています。さらに今年(’22年)4月には、介護職のリーダーを担う社員に対し約50万円、介護現場のマネジメント職に対し約55万円、看護職に対し約15万円の処遇改善を実施しました。(※全て金額は年間)」
平石「大きく2回にわたって処遇改善を行っていますが、どのような効果が起こりましたか」
遠藤「一番は職員の仕事に対するモチベーションアップですね。『ケアコンダクター(介護職リーダー)』を目指す職員が増加しています。また、かつて20%以上であった正社員の離職率が処遇改善後の’20年度は11.4%に低下しました。これは離職率の改善にも貢献をしていると考えています」
平石「実に興味深い動向ですね。介護という職業には、ホスピタリティが高くて、人の上に立とうという競争を嫌う方、優しい方たちが多い。なので、あくまで現場でご利用者の方々と接することを望む方が多く、マネジメントする管理職は現場から離れてしまうことから敬遠される傾向が見られます。けれど、その職員の高い専門性を評価して、優遇するというのは、面白い仕組みだと思います」
遠藤「ありがとうございます。そのおかげかは分かりませんが、今年は例年の倍となる400人以上の新卒社員が入社したのも、われわれには大きなトピックです」
企業内大学で職員教育を行う意義とは
社会的に重要な介護のため今よりも先を見据えた行動
平石「人材の育成という意味では、『SOMPOケア ユニバーシティ』という介護現場を忠実に再現した企業内大学を立ち上げ、半年間の研修を行うという、これまでにない試みをされていますね」
遠藤「’15年にSOMPOグループが介護事業に進出したときに職員の要望を聞いたところ、介護に関する教育の充実を求める声が多かったのです。そこで、すぐに準備を始め、翌年の4月には『SOMPOケア ユニバーシティ』という研修施設を開設しました」
平石「貴社は、積極的に介護に対する投資を行われていますね。新時代の介護のため、大変有効的な取り組みだと感心しています。しかし、企業としては利益も追求しなければならない。企業内大学などの、即座に利益が出ないタイプの取り組みにはさまざまな異論も出たのではありませんか?」
遠藤「もちろんありました。ですが、介護というものは社会的に必要とされる重要な仕事です。介護に対するニーズの高まりがより強まっていく中で、われわれ事業者もより良い介護を追求し、さらにその先を見据えて行動しなければならないと考えています」
平石「今回お話をさせていただき、介護業界において現在置かれている課題は、社会福祉法人、営利企業という別もなく、共通のものであることが再認識できました」
遠藤「ご理解感謝いたします。地域に密着して地域の社会福祉を実現され、現在まで長い歴史を積んでこられた皆さんから、常に学ばせていただいています。今後も、これまで以上に意見交換をさせていただければ幸いです」
対談を終えて
社会福祉法人、株式会社の垣根を越え
共に問題解決を図る存在を目指して
平石「遠藤会長とは、そのだ修光先生(前参議院議員)の講演会でお目にかかったのが出会いでしたね」
遠藤「はい。その後、平石会長と同世代ということが分かりまして」
平石「私はボブ・ディランに夢中になった口ですけど、遠藤会長は吉田拓郎さんに熱中されていたとか(笑)」
遠藤「ええ(笑)。このコロナ禍でライブ活動ができていませんが、以前は社員と共に作ったバンド『THE SHIENZ(ザ・シエンズ)』で実際に施設を回ったりしていました」
平石「音楽でいえばですが、貴社のテレビコマーシャルではさだまさしさんの曲を使われていますね。こういった介護のイメージを上げるための投資をされておられる」
遠藤「イメージという意味では、日本の介護職員の皆さんは、もっとリスペクトされてしかるべきだと思っているんです。今回のコロナ禍においても欧米と比べて日本の介護施設で発生したクラスターは非常に少なく、これは現場の方々による努力のたまものなんですから」
平石「民間企業の経営者の方がそういった考えをお持ちだというのは、われわれ社会福祉法人にとっても心強いです。これからも共に福祉の未来のために、お互いの立場を超えて話し合いを深めていきましょう」
遠藤「ありがとうございます。今回を機に社会福祉法人、株式会社の垣根を超えて、一緒に問題解決を図っていけるように努力いたします」
撮影=磯﨑威志/取材・文=一角二朗
SOMPOケアが推進する未来の介護創造プロジェクト
①サービス提供・施設運営の品質向上
テクノロジー&データ活用の職員教育
②ケアマネジメントの品質向上
カスタムメイドケア※の定着
AIなどテクノロジーとデータを活用したケア品質向上と業務効率化
※心身の状態や価値観などを考慮し、「人間尊重」を通じて、お一人お一人に合わせた「最適なケア」を提供する自立支援の取り組み
③データを活用した科学的介護
テクノロジーとデータを活用した、過去の知識や経験だけに頼らない、エビデンスに基づいた効率的かつ効果的な科学的介護を実践