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社会福祉法人と営利企業の経営理念や ビジネス感覚の違いに、戸惑う職員が続出
2022.04 老施協 MONTHLY
経営者と従業員が方針と理念の違いを理解し合い信頼関係を築くことが悩みや戸惑いの軽減に
施設による違いを理解せず就業している介護職の姿も
介護業界で働く人々が何を思い、何に悩んでいるのか――。現場で働く介護職から、疑問や悩み、課題を聞き出し、その解決策を専門家に伺がう新連載がスタート。第1回は、「社会福祉法人と営利企業の違い」を取り上げる。
年度も切り替わり、転職や異動により、これまでと違う形態の法人で働いている介護職も多いことだろう。現在の超高齢社会を支える介護事業は、社会福祉法人、営利企業、医療法人と地域、自治体、国とで支え合う複雑な構造となっているが、施設による違いや特徴を理解せずに就業している介護職も少なくないという。
背景としては高齢者を受け入れる施設の増加が挙げられる。図1、2を見ると、高齢者施設・住宅の居室数は約5年間で営利企業による経営施設の居室数が増加している。社会福祉法人の居室数が横ばいなのに対し、事業再編や豊富な資金力で成長しているのだ。一方、図3を見ると倒産や撤退に陥る法人数が高止まりしていることも分かる。新規事業として介護事業を立ち上げたが、入居者が埋まらずに経営難となり、運営会社が変わってしまうというケースもある。そのため、介護業界内での転職や異動が多発し、経営側の理念やビジョン、ビジネス感覚の違いを目にし、戸惑う職員が出てきてしまっているのだ。
施設ごとの違いを理解し、ストレスなく業務に取り組むにはどうしたらいいのか。ビジネスの側面から、社会福祉法人と営利企業による経営方針や理念の違い〝基本のキ〟について、ヘルスケア関連の戦略立案やアドバイスを行うKPMGヘルスケアジャパン株式会社代表取締役・松田淳氏に伺がった。
社会福祉法人と営利企業経営方針の大きな違いとは
社会福祉法人、営利企業(株式会社、有限会社)は、高齢者施設、介護施設を運営するビジョンや目的自体は変わりませんが経営上の大きな違いがあります。株式会社は株主がいて、配当を支払っていく義務があるという点です。そのためには、開かれた経営を行い、事業規模や生産性を上げて利益を出さなければなりません。事業所数を増やしたり、独自のサービスを行って事業を発展させる課題があるのです。
社会福祉法人は、その立場から資金を循環して地域社会のために貢献するという理念があります。従業員への待遇、入居者へのサービス向上を図るために、ある程度の規模感を持ちつつも、理念を持つ法人として、事業規模を大きくするよりも、地域での役割やつながりに重点が置かれます。業態は似ていても、業態は似ていても制度の違いによる違いは出てきます。
先進技術の積極的な活用と円滑な資金調達が不可欠
サービス向上の新しい展開として、介護ロボット等の先進技術を取り入れていく〝介護DX化〟も課題になります。’00 年の介護保険スタートの頃から、こうした先進技術は理念が明確な経営者に率いられている社会福祉法人が率先して導入してきました。現在も進んで技術の導入や研究をしている法人が多く、社会福祉法人・善光会は研究開発とシンクタンク機能を有した研究所をスタートさせています。介護ロボットの活用や、PC・スマートフォンによるインターフェイス操作、介護システムにより記録をデジタル化させるなど、スマートな介護技術を駆使することで、オペレーションを軽減させるDX化を進めています。もちろん、介護士や従業員の負担を下げるだけでなく、入居者にもより過ごしやすく、行き届くサービスになるので、とても良い事例だと思います。
どのようにして資金を潤滑に回していくかも経営の課題の一つです。株式会社は資金調達の自由度が高く、M&Aや統合再編、事業拡大などしやすい面があります。サービスも他業種との連携で事業効率化を図るなど、フレキシブルな動きができています。居室数1万室以上を運営するなど大規模な事業運営を行う株式会社が増える傾向となり、事業規模を生かしてサービスの品質向上や差別化を図ったり、従業員に働きやすい環境を用意する株式会社が出てきています。
社会福祉法人は地域に根付しているのでM&Aに巻き込まれにくい反面、事業拡大が図りにくいため効率化や大規模な資金調達が実施しにくく、DX化や新サービスの拡大期には人員や資金が不足しがち。ただし、地域や利用者に密着した、細やかな施設運営には大きな強みを有しています。
介護施設で働く方々も、施設を運営する法人の経営方針や理念の違いを理解し、自分と合った施設を選ぶことが悩みや戸惑いの軽減につながるのではないでしょうか。
今月の回答者
KPMGヘルスケアジャパン株式会社
代表取締役・パートナー 松田 淳さん
Profile●まつだ・じゅん=早稲田大学政治経済学部卒業。医療関連企業、介護事業者などに戦略立案、投資ファイナンスなどのアドバイザリーサービスを行う
取材・文=一銀海生
現役職員による座談会【介護現場のリアル】
法人形態によって、従業員の働き方も悩みも違う?
社会福祉法人に勤めるAさんと営利企業に勤めるBさんに、現在の悩みを聞いてみた。すると経営母体によるさまざまな違いが…。
A「特養なので入居者は要介護度が高く、現場は人手が足りないので、補充してほしいと施設長にも言っています。給与も頭打ちだし」
B「うちは有料老人ホームで看取りや終末期ケアも。入居者が少なくて楽だと思っていたけど、経営難で別会社に施設ごと売却になって。会社が変わると住宅手当がなくなり、基本給も下がっちゃった」
A「人が増えない分、システムを変えて作業効率は上がったけど…」
B「施設数が多い会社なので、給与が上がるよう管理職を希望して転勤したところ。そこは大きい会社に吸収された利点かも」