福祉施設SX

全国施設最前線

第17回 大阪府 社会福祉法人 邦寿会 総合福祉施設 どうみょうじ高殿苑

社会福祉法人 邦寿会 総合福祉施設 どうみょうじ高殿苑
約3300坪の敷地に、特養、グループホーム、ケアハウス、ショートステイ、デイサービス、ヘルパーステーション、ケアプランセンターを有する複合型介護施設として2008年開設。サントリーグループの社会福祉法人として、理念「笑顔と思いやり、共に暮らし、安らぎと喜びを分かち合う」を礎に「地域に根ざし、共に生きる」施設づくりを実践。全室個室ユニットケア

 

歯科衛生士とともに育んだ、
施設文化としての口腔ケア

施設を専門家集団にするには 歯科衛生士がいなければ

 「口のなかを清潔に保つことが、ご高齢者の命を守ることにつながるからです」

 開苑当時の施設長で、現在は会長・専務理事の羽柴誠一さんは、歯科衛生士を職員として雇用した理由をそう語ります。大阪・旭区にある特養高殿苑で生活相談員を務めていた頃、誤嚥性肺炎で入院・逝去する方を幾度も見送ってきた経験がその原点にありました。

 「当法人は食事を直営で提供しています。だからこそ美味しく召し上がっていただきたい。それには口の機能を保つ必要があります。施設を真の専門家集団にするためにも、常勤の歯科衛生士は必須でした」と羽柴さん。

 さらに、開苑時よりご家族との信頼関係づくりにも注力。ご入居者にとって施設が第二のわが家として居心地のよいものであるように、3か月に一度のカンファレンスには必ず参加してもらい、“どうみょうじの応援団”になっていただく。歯科衛生士の常勤配置は、その信頼形成の柱でもあったのです。

 

異色から定位置へ 現場で育んだ連携

 しかし、理想を形にするには時間がかかりました。当時、生活相談員だった中本勝也さん(現・総合施設長)は「入職した歯科衛生士の大谷を、現場は〝何をする人?〟という目で見ていました」と振り返ります。介護職でも看護職でもない存在に、職員たちは戸惑いを抱いていたのです。

 大きな転機となったのは、「もう一度口から食べたい」と願った胃ろうのご入居者との出会いでした。大谷さんはその想いに応えるべく、ご家族や職員に丁寧に説明を重ねながら訓練を通じて食べる力の回復をサポート。「そこから“歯科衛生士が入ることで、こんなに変わるんや”と現場が動いたんです」と中本さん。そして、大谷さんは、今では法人内外の研修やセミナーを担い、介護と医療の間をつなぐ存在に。

 「ここに歯科衛生士がいることが当たり前になったのは、彼女の努力の賜物です」

 その取り組みをご紹介しましょう。

 

❶ 高齢者施設での口腔ケアの実践が認められ、歯科衛生士の大谷さんは現在、施設外でも研修講師として活躍。写真は、大阪・藤井寺市いきいき笑顔プロジェクト研修会 ❷ 苑が主催する「口腔ケアスキルコンテスト」の風景。口腔ケアに熱心に取り組む職員を称賛する目的で開催されている ❸ 特養内各居室の洗面スペース。その方に合わせた口腔ケアアイテムが用意され、毎食後にはここで口腔ケアが行われる ❹ 建物最上階にはご入居者のためのバーも。「おいしく飲み、食べることは人生の楽しみ。そのために口腔ケアを役立ててほしいと思っています」(中本さん)

 

歯科衛生士によるケアを施設文化として根づかせる―。 開設時からの取り組みを経て、どうみょうじ高殿苑では、現場と経営が一体となり、 口腔ケアを“生きる営みの支援”として深化させてきました。 常勤歯科衛生士・大谷まさ美さんの講演資料から、その歩みをひもときます。

受賞者のインタビューはコチラから

 

■ 業務に 落とし込む工夫
職員の役割や連携の動線を明確にするため、まずは「口腔ケアの効果を高め、要介護者が健口的で豊かな生活を送る」ことを目標に据えた業務計画表を整備。施設内外で、それぞれに実践すべき教育・介入・啓発活動について詳細に書き出し、実践できる機会をうかがいました

■ 施設方針に 口腔ケアの視点を
2022年には施設方針に「予防歯科推進」が明記され、口腔ケアの質を高めるための、経営と現場が一体となった取り組みが動き出しました。全入居者を対象とした無料歯科検診、介護職員の口腔ケアスキルチェック、口腔ケアスキルコンテストという3本柱で、意識と技術の底上げを図っています

■ スキルチェックで 表れた変化
歯科衛生士(大谷)による口腔ケアスキルチェックの実施によって、全部署で口腔ケアの評価点が上昇。特にデイサービスは4.6→15.06点へと大きく改善しました。その裏には、評価の見える化・再学習・職員の主体性向上という地道な仕掛けがあります

■ 法人内コンテストで 学び合い、高め合う
口腔ケアスキルチェックの上位者が部署代表として臨むのが、施設主催の「口腔ケアスキルコンテスト」。公平性を保つ評価基準を整え、部署の推薦制で選出。歯科衛生士が主導しながらも、職員自らが誇りとやりがいをもって挑む場となっています

■ 歯科衛生士は 「必要な人」
さまざまなな取り組みによって、2023年に実施した職員アンケートでは、事業所に歯科衛生士は「とても必要」との回答が9割超。全職種・全部署で信頼が可視化された結果となりました。仲間の理解と共感を得て、組織のなかにしっかりと根づいてきたことが裏づけられています

 

 

 

介護現場での経験を重ねながら施設から地域へと活動の場を広げている歯科衛生士の大谷さん。要介護者が健康的で豊かな生活を送るための口腔ケアを実践し、その大切さを職場に根づかせてきた歩みは、現場の意識を着実に変えています。

 

医療職としての孤立から ともに歩む存在へ

 

 歯科衛生士として入職当初、「自分は医療職」との意識が強かったという大谷さん。「医療を通さなければならない」「介護職とは立場が違う」といった見えない線を引き、現場の輪のなかに入ることができなかったと振り返ります。

 

「口腔ケアの知識を介護職に伝える役割を任されながらも、自らの基準で厳しく指導してしまい、現場との間にズレが生まれていました」

 

 転機となったのが、20ページで中本さんが語った、胃ろうのご入居者と向き合った経験です。ご本人とご家族の「口から食べたい」という願いに寄り添い、栄養士や介護福祉士らと連携し、1・5センチ角の刻み食から経口摂取への道筋を模索。焦らず丁寧に一歩ずつ進めていくなかで、現場にも理解が広がっていきました。

 

 そして、もう一つの節目は、介護業務に携わるようになったこと。当初は依頼を断っていましたが、「介護の忙しさを知らないままでは、自分のいう口腔ケアは伝わらない」と考え、介護職の一員として現場に入ることを決意。早出・遅出・夜勤も経験し、日々のケアと業務の大変さを、身をもって知ったことで、提案の内容も伝え方も変わっていったと話します。

 

笑顔をつなぐ口腔ケアの力

 

 「例えば、時間が限られるなかでも安全かつ効率よくケアできるよう、歯ブラシの形状を見直したり、口のなかのケアをチームで分担する方法を考えたり。歯科的な正解を押しつけるのではなく〝その人らしさ〟を支えるためのケアとして現場に寄り添うようになりました」

 

 現在、大谷さんは在宅部門に活動の場を広げ、デイサービスでの実践のほか、地域リハビリの一環として、要介護の手前にいる高齢者の口腔ケアにも携わっています。一方で、施設内のカンファレンスにも引き続き参加し、ご家族から好きな俳優やドラマを聞くなどして、ご入居者の笑顔を引き出す工夫も忘れません。

 

 「笑ってもらうことも口腔ケアの一部。そのためには、まず職員が笑顔でいなければ」

 

 明るい雰囲気で「また来たい」と思える施設づくりも、間接的な口腔ケアの一環なのだといいます。歯科医院にいた頃には見えなかった仕事の広がりを、今は日々感じるという大谷さん。その挑戦は、これからも続きます。

 

 

社会福祉法人 邦寿会 総合福祉施設 どうみょうじ高殿苑
●大阪府藤井寺市道明寺3-2-2 ●tel. 072-936-3515 ●定員:29名(特養)、40名(ケアハウス)、9名(グループホーム)、40名(デイサービス)、9名(健康プラザ) ●https://www.houjukai.jp/domyoji

撮影=本田真康 写真提供=社会福祉法人 邦寿会 取材・文=冨部志保子