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第15回 北海道 社会福祉法人 北海道友愛福祉会 特別養護老人ホーム 静苑ホーム

社会福祉法人 北海道友愛福祉会  特別養護老人ホーム 静苑ホーム
1973年法人設立。1999年現在の場所に新築移転。居住系高齢者サービス5施設のほか、在宅サービスや児童福祉施設など道内6拠点で20か所の福祉施設を経営。法人理念である「和顔愛語」の精神で、ご入居者や地域の方々に喜びを感じてもらえる福祉拠点づくりを目指す

 

若い力と多様な働き方で拓く、
HOL(エイチ オー エル)な職場環境

組織をあげて掲げる HOLビジョンとは?

 若い職員が多く、子育て世代もたくさん活躍している北海道江別市の特別養護老人ホーム 静苑ホーム(以下、静苑ホーム)が職場全体で掲げているのが、「HOL(Happiness of Life)」という概念です。

 HOLとはご入居者の生活だけでなく、職員自身の人生も幸せにするという考え方。福祉の基本概念であるQOLやADLに連なるこの言葉に、理事長の市川茂春さんが共鳴したことを機に、静苑ホームでは全職員が共有する〝旗印〟としてHOLを掲げるようになりました。施設長の石田康司さんは、HOLとは制度ではなく、職場の空気を育てていく文化そのものだと語ります。

 「以前は子育て中の職員が急な欠勤などをする際、『ごめんなさい』と謝る姿が見られました。しかし本来、経験豊富な職員が謝る必要などないはず。育児がネガティブな要素になるのはおかしいと思いました」

 

柔軟な勤務制度を創設し 子育て世代をまんなかに

 その想いを起点に、同ホームでは子育て世代のベテラン職員を中心に構成した部署=「介護連携部署」を創設。ピークタイムの人手不足などで困っている他部署に人材を内部派遣する仕組みを整えました。そのうえで、従来のフルタイムと時短勤務に加え、勤務時間や日数がより柔軟な「限定パート職員」という勤務形態を新設。それによって、「いずれは正職員に戻りたい」と考える職員が、自分のタイミングで復帰を目指すことができるようになりました。

 こうした制度を整える動きのなかで、2023年に「HOL課」が発足。職員の声に耳を傾けながら、小学生の子どもを伴っての出勤の仕組みなど、さらに実践的な支援をかたちにしています。女性の多様な働き方を支援する静苑ホーム独自の取り組みは「第3回JSフェスティバルin滋賀 実践研究発表」で高く評価され、見事、最優秀賞を受賞。次のページから、その内容をくわしくご紹介します。

 

❶明るくて広々としたホール。さまざまなレクリエーション活動のほか、ご入居者とペットの面会場所としても利用されている ❷ 昨年秋にはホールにプリクラ機が導入された。車椅子のままでも撮影できるため、ご入居者とご家族の思い出づくりに役立っている ❸ 子育て中の職員が多く在籍する介護連携部署。時には職員が子どもを交えて職場で交流会を開くことも ❹ 職場に来た子どもたちは、働くママやパパのお手伝いをしたり、オープンスペースで遊んだり、ご入居者と交流をもつなどして過ごす

 

介護の現場には、毎日「誰かのために働く」職員の姿があります。 しかしその想いを持ち続けるには、自分の人生も大切にされているという実感が欠かせません。 静苑ホームでは、子育てを「制約」ではなく「力」と捉え、柔軟な仕組みで職員の想いを支えています。 HOLな職場作りを行ううえで見えてきた課題と工夫のプロセスを、誌上でご紹介します。

受賞者のインタビューはコチラから

 

■ 理念を現場の力に
 HOL課の発足後、HOLという概念をどのように現場に根づかせるかが、次なるテーマとなりました。そこで介護・看護・リハ・栄養・相談など、多職種が連携できる新体制を構築。職員一人ひとりの声に寄り添い、日々の課題に即応できる仕組みづくりが始まりました

■ ユーティリティ ケアワーカーの活躍
 介護連携部署では、配属先にとらわれず、必要な場所に臨機応変に入る「ユーティリティ ケアワーカー」が活躍しています。その多くは育児や介護の経験を持つベテランで、ご入居者の状況も瞬時に把握して対応できる、頼れる存在です

■ 情報共有と調整の工夫
 創設当初は、日々違う部署へ配置されるために情報の把握が難しいなどの課題もありましたが、部署間の連携強化に向け、パート管理職の導入やLINEグループの結成など、現場の工夫で課題をひとつずつ解決していきました

■ 関係性が変わる職場
 連携体制が浸透するなかで、職員同士が互いの想いや状況を理解しようとする姿勢が育まれていきました。以前は遠慮がちだった雰囲気も和らぎ、家庭をもつ職員にも「この日、出られる?」などと自然に勤務相談の声がかかるようになり、関係性が変わり始めています

■ HOLな職場の今とこれから
 「家庭を持っているから無理」ではなく、「家庭があるからこそできることがある」。そんな視点から、HOL課では今後も世代を超えた支え合いを推進。子どもと一緒の帯同出勤やキッズボランティアなど、異世代と共生する仕組みが次々と生まれています

 

 

 

子どもを育てながら働き続けること、責任ある仕事を担うこと。多様なあり方が受けとめられる環境だからこそ、一人ひとりが「ここにいていい」と思える実感が育まれていきます。最後に、研究発表に携わった静苑ホーム HOL課の橋本抄苗さんと、捻金千晴さんに取り組みへの想いをうかがいました。

 

支え合いながら、働き続ける HOL課が育む職場の風景

 

 静苑ホームの介護連携部署は、育児や介護など家庭の事情を抱える職員が、無理なく働き続けられる環境づくりを担う現場密着型の部署です。職員自身の声をもとに立ち上がり、働き方の多様化を実現してきました。

 

 「子どもがいるから働けないのではなく、職場として働く選択肢を増やすことが大切です」と語るのは、HOL課の立ち上げから関わる同課 課長の橋本抄苗さん。

 

 そのなかで定着したのが、前ページで紹介した子どもを連れての帯同出勤です。宿題をする横で親が働き、合間にはご利用者とのふれあいも生まれる。そんな風景が、施設に自然な温かさをもたらしています。制度はあくまで土台にすぎず、大切なのは人生のさまざまな場面に寄り添おうとする姿勢そのものだという橋本さん。

 

 介護連携部署は、「助けを必要としている方に手を差し伸べることができる部署」と皆が思える、安心の起点でもあるのです。

 

 

「自分らしく働ける」を すべての人に

 

 一方、パートとして復職した職員にとっては、未来の働き方を思い描く余裕がもてず、不安を抱える声も。そうした想いに応えるようにHOL課の捻金千晴さんはパート職員でありながら管理職を務め、職員の希望と職場の状況をつなぐ架け橋として活躍しています。

 

 「私のような働き方もあるんだ、と誰かの励みになればうれしいです」

 

 そういって笑顔を見せる捻金さんは、柔軟なキャリアのあり方を体現する存在です。

 

 また、ここ数年で男性職員による育休取得も珍しくなくなり、家庭と仕事を両立する文化が定着しつつあります。現場のスタッフ同士が互いの状況を理解し、協力し合う風土が育まれてきたことも、大きな変化のひとつといえます。

 

 「HOLな職場の魅力は、ただ働きやすいのではなく、誰かの役に立ちながら、自分がここにいてもいいと思えること。それが一番の魅力です」と捻金さん。

 

 ケアの本質は、まず職員から。働く人の幸せが、やがてケアの質を底上げしていく―。HOLな職場の挑戦は、介護の未来に確かな光を灯しています。

 

 

 

社会福祉法人 北海道友愛福祉会  特別養護老人ホーム 静苑ホーム
●北海道江別市新栄台46-10 ●tel. 011-389-4165  ●入居定員:150名 ●https://yuaifukushi.net/

撮影=大谷康介 写真提供=社会福祉法人 北海道友愛福祉会 取材・文=冨部志保子