福祉施設SX

継続はチカラなり

第3回 人材育成 社会福祉法人 六心会

高齢者福祉をますます発展させていくために、
持続可能な施設運営のヒントをご紹介します。


第3回 人材育成

他法人との連携・協業で 人材を育成

 滋賀県東近江市で高齢者福祉・介護サービスを提供する社会福祉法人六心会。ここでは地域に根を下ろし、ご入居者の尊厳を大切にした質の高いケアを継続して行うために、職員のスキルや経験に応じた研修を実施しており、新人からベテランまで段階的に成長できるような人材育成プログラムを整えています。

 「このプログラムをつくる前は先輩職員が指導していく育成方法でしたが、一定期間内の習熟や根拠をもった介護技術の習得、法人理念の浸透などには本人の特性に応じて計画的に育成する必要があるため、大幅な見直しが必要だと思っていました」と話すのは、理事長の堤 洋三さん。

 改革の契機となったのが、「リガーレ」への参画です。リガーレとは、京都、滋賀、青森など異なる地域に拠点を置く5つの法人からなる社会福祉連携推進法人のこと。ラテン語で「つなぐ・結びつける」という意味のとおり、リガーレでは福祉に携わる人々をつなげ、支え合うことを理念に、法人を超えて活動をともにし、働くスタッフのキャリア形成をも共有しています。

 「六心会では2012年より加わり、リガーレのスーパーバイザー(以下、SV)とともに2013年に現在の人材育成プログラムを完成させました。以後、リガーレと連携しながら、経験の濃淡にかかわらず1年間で専門職としての基盤が構築できるように各種研修を実施しています」(堤さん)

 

研修後のリマインドは必須! 学びを実践につなげる工夫

 六心会の人材育成事務局のマネージャーを務める地域密着型特別養護老人ホーム「きいと」施設長の 高口 誠さんは「研修にはうちの法人独自のものと、リガーレで行うものの2通りがあり、それらが両輪として機能しています。いずれも実践につなげるために各人のキャリアによって研修の内容を変えているのが特徴です」と話します。

 「例えば入職して1年目の職員の場合、リガーレで専門研修Ⅰを半年間受講し、そのなかで補いきれない内容を六心会の基礎研修でフォローアップしています。それが終わったら、リガーレの専門研修Ⅱを再び半年かけて受講し、その後にまた六心会でフォローをして……という具合に、専門研修ⅠからⅢを、法人内での基礎研修と組み合わせながら段階的に学習していきます。中堅職員の場合も同様で、キャリアや状況に合わせた研修体制を組み立てています」(高口さん)

 具体的には、育成プログラムを次のように細分化。①新卒・介護の就労未経験者、②介護福祉士の資格のない特養・老健での勤務経験者、③介護福祉士の資格のある特養・老健での勤務経験者、④フルタイムの非常勤職員、⑤短時間勤務の非常勤職員 に分類し、さらに①については4~6月入職、7~12月入職、1~3月入職と、入職時期別に3つに分け、合計7種類として展開しています。

 「このうち新しく入職した職員には育成担当者がつき、研修のほかに日々の業務のOJTや育成面談などを通して指導するとともに、『習熟度チェック表』で成長を支援しています」(高口さん)

 習熟度チェック表とは、姿勢・接遇、介護スキル、排泄、入浴など、対人支援を行ううえで身に付けてほしい内容を項目別にまとめたシートのこと。「業務の1日の流れがわかる」「プライバシーの配慮ができる」といった各項目を毎月自己評価し、育成担当者に提出することで、日々の業務の振り返りと自己研鑽につなげているのです。

 さらに六心会では、研修後にその内容を振り返るリマインド面談も実施しています。

 「たとえ研修制度が充実していても、ただ受講するだけでは職員のチカラに委ねることになります。そこに疑問を感じたため、今ではチームリーダーが受講した職員から研修の印象に残った点や、それに対してどのように行動するかなどの聞き取りを行い、リマインド(再確認)してもらっています。個人の評価測定はなかなか難しいのですが、このリマインド面談を続けることで、専門性をいかに六心会の理念(=『その人らしさ』を大切にしながら、地域に根付いた施設として『自己実現』の場を提供する)につなげていくかがイメージしやすくなったのではないかと思います」(高口さん)

今、問われるのは コミュニケーションの質

 「リガーレでの研修講師たちは、研修の講師という役割だけではなくグループの各法人を巡回して現場スタッフが抱える課題に介入し、助言や支援なども行います。高口には六心会のSVという役割を持ってもらっています。私自身、彼から多くを学んでいるんですよ」(堤さん)

 研修とケアの現場・組織をつなげ、職員の成長をサポートするSVという役割を担い続けるには、たゆまぬ努力も求められるはず。高口さんはそのスキルアップのために、六心会のSVとして活動する傍ら、滋賀県社会福祉協議会が運営する福祉従事者向けの学びの場「えにしアカデミー」に2年間通い、専門性や知識を高めてきたといいます。

 「アカデミーでは、何が職員の定着につながるのかをテーマに研究論文を書きました。その過程でわかったのは、学ぶための環境が身近にあることと、先輩職員とのコミュニケーションの質が重要だということです。この気づきから、今では六心会のリーダークラスに向けて、重点的にコミュニケーションスキルを獲得するための研修を行っています」(高口さん)

 成果は徐々に現れているようで、高口さん自身が意識的にリーダークラスの職員とコミュニケーションをとるようになって以降、中堅職員6名の離職防止につながったと話します。

 「もちろん、なかには辞めていった職員もいますが、『あのとき、面談をして話を聞いてもらえたから続けることができています』という言葉をもらうこともできました。心が折れそうなときに先輩職員が話をしっかり聞くことが職員の気持ちの整理につながることを実感しています」(高口さん)

コミュニケーションの核は 聞くチカラにあり

 職員の話を聞くときに大切なのは、ただ聞くのではなく、聞く技術を身に付けたうえで聞くことだと高口さんは言います。

 「よくいわれるリーダーの悩みの一つに、いくら言ってもまわりの人がわかってくれないというものがありますが、実はそれは伝え方に課題があると思っています。要するに、相手とチャンネルが合っておらず、メッセージをちゃんとキャッチできていないんです。コミュニケーションは得意・不得意ではなく技術。リーダーが、相手がどう感じているのかを丁寧に確認することで、職員が『なるほど、こういうときはこう聞くといいのか』と、身をもって理解することができます。ですから私自身も、リーダーがチームスタッフへの声かけを丁寧に行っているのを見ると『最近、聞き方が変わってきたね。見ていて気持ちがいいよ』などと相手がポジティブに捉えられるような形でメッセージを送ります。そうやって相手を承認することで、よいコミュニケーションの空気がチーム全体に広がっていくと感じているんです。もちろん、コミュニケーション技術はすぐには身につかないかもしれませんが、だからこそ大切だと伝え続けることが重要。そうするうちに、『こういうことか!』と腑に落ちる瞬間がやってきたりしますから」(高口さん)

 まさに「継続はチカラなり」。

 なお、中堅職員向けの研修ではコミュニケーション技術のほか、介護保険制度の中身や、マイクロソフトオフィスを使った資料作成の方法など、幅広いテーマの研修が用意されているそうです。

 「こうした研修のテーマは状況に応じて臨機応変に変えています。それも事務局内で決めるのではなく、職員から今の困りごとを聞き、それをテーマに据えるようにしています」(高口さん)

 一法人ではなし得ない充実した研修システムを取り入れた、六心会の人材育成。これからの地域福祉にとって不可欠なものだと感じました。

 

撮影=本田真康/取材・文=冨部志保子