福祉施設SX
養護老人ホームの現状と課題 措置の正しい理解と、サービス提供の継続のためにPART.01

日本の高齢者福祉の原点とも言える養護老人ホーム。その歴史と経験は、これからの地域福祉を考える上で貴重な財産となっています。しかし今、全国で定員の8割程度しか埋まらず、閉鎖に追い込まれる施設も増えています。その背景にあるのは、自治体の誤った認識による、いわゆる「措置控え」と複雑な財政制度です。


変わりゆく入所者像 虐待ケースの急増
養護老人ホームは、経済的困窮や家庭環境など、生活に課題を抱える高齢者を支える施設として長い歴史を有していますが、近年、入所者の属性が大きく変化しています。虐待を受けた高齢者の入所が急増しているのです。
虐待は家族からの身体的暴力だけでなく、夫婦間や子どもによる金銭的搾取や心理的虐待を受けて保護されるケースも目立つようになりました。こうした虐待案件は緊急性が高いため、自治体も比較的速やかに措置決定を行う傾向にあり、結果として養護老人ホームの入所者に占める虐待被害者の割合が高まっています。
経済的困窮だけでない 複合的な課題を抱える人の よりどころ
虐待を受けた入所者の生活を観察すると、精神疾患や知的障害、発達障害など、何らかの障害や疾患を抱えているケースが非常に多く、養護老人ホームに入所されるなど、適切な支援がなければ家庭での生活は困難な状況にあることがわかります。
これは養護老人ホームの役割が、単なる経済的困窮者の支援から、より複合的な課題を抱える高齢者の生活支援へとシフトしていることを示しています。しかし、こうした変化に対応するための制度設計や財政措置は十分とは言えない状況が続いています。
「措置控え」で入れない 入所希望者 埋まらない施設の定員
養護老人ホームは特別養護老人ホームのような契約による入所ではなく、市町村が入所の可否を判断する措置によって決定されます。平成18年に養護老人ホームの運営費が一般財源化されて以降、多くの自治体が養護老人ホームへの措置を控えるようになりました。その結果、全国的に定員の8割程度しか埋まらない状況が常態化しています。入所させるべき人を入所させられず、施設は定員割れとなり、経営が苦しくなるという矛盾した状況が続いています。
「措置控え」の原因となっている 「市町村の持ち出し」という誤解
市町村の措置控えの理由となっているのが「一般財源化により、養護老人ホームの運営費が市町村の持ち出しとなった」という認識です。しかしこれには大きな誤解があることがわかりました。総務省の地方財政担当課長は市町村向けの説明会で「養護老人ホームの措置費は、入所者1人当たりで算定され、入所させれば相応の財源が交付され、入所させなければ交付されないという仕組みであり、制度設計上、市町村が持ち出しで損をする構造にはなっていない」と発言しています。
この発言が総務省からなされたことからわかるように、市町村への財源配分を管理しているのは総務省ですが、養護老人ホームの所管は厚生労働省で、この複雑な構造も、長年にわたる誤解の原因になっています。
現在は、財政面での誤解を解消するため、厚生労働省が市町村向けの説明会を開催し、総務省の担当者も同席して正確な情報を伝える取り組みをはじめ、さらに全国老施協では、会員施設に対して資料を提供し、各施設が地元の市町村と交渉できるよう支援しています。しかし、長年の誤解を解消するのは容易ではなく、なかなか理解していただけない状況が続いています。
定員割れを防いで 社会資源としての 養護老人ホームを守るために
平成30年から令和6年までの間に、全国で20以上の養護老人ホームが閉鎖されました。新設される施設はほとんどなく、養護老人ホームという社会資源は確実に減少しています。閉鎖に至る経緯はさまざまですが、共通しているのは長期にわたる定員割れによる経営難です。民間の社会福祉法人が運営する施設では、毎年1、000万円から2、000万円の赤字を補てんし続けられず、やむなく閉鎖を決断するケースが増えています。
公立施設の場合は、定員割れが続く施設に対し「税金の無駄遣いではないか」という議会での追及が閉鎖の引き金となることが多くなっています。
しかし、独居高齢者は増加の一途をたどり、虐待案件も増えています。養護老人ホームへのニーズは確実に存在するにもかかわらず、措置制度という壁によって、必要な人が必要なサービスにアクセスできない状況が生まれています。これは社会全体にとって大きな損失と言えるのですから、一刻も早く「措置控え」の要因となっている誤解を解かなければなりません。
未来への展望 養護老人ホームの可能性
実際に、粘り強い交渉によって措置費の単価を1.3倍程度まで引き上げた施設もあり、こうした成功事例を共有し、全国に広げていくことも重要です。養護老人ホームの真の価値を理解してもらうための地道な努力は欠かせません。
養護老人ホームは長い歴史をもつ施設が多く、地域との深いつながりをもっています。しかし、そうした活動を当たり前のこととして、積極的に発信してこなかった面があるのも事実です。民間企業では当たり前に行われているSNSやホームページなどを活用した広報活動を積極的に展開し、施設の知名度と存在意義を社会に訴えていく必要があります。
厚生労働省がここ数年実施している、市町村の担当者や地域住民に養護老人ホームの役割とその可能性を知ってもらい、地域共生社会の実現を目指す「老人保健健康増進等事業」に、全国老施協として参画し、会員施設がモデル事業として実施しています。
制度の見直し、適切な財政措置、職員の処遇改善など、解決すべき課題は山積していますが、こうした先進的な取り組みを広く発信し、養護老人ホームが地域に開かれた多機能な施設であることを示していくことが、これからの時代には非常に重要だと考えています。
PART.02へ続きます
文=池田佳寿子