福祉施設SX
PART.01 2040年問題とサービス提供体制の維持に向けて

「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方」検討会の概要
2040年問題とは、高齢化と人口減少が進行する中で予想される労働力人口の減少や社会保障の持続性など社会的・経済的問題を指す総称です。厚生労働省は「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方検討会」(座長:野口晴子・早稲田大学政治経済学術院教授)を9回にわたって開催しました。
この検討会ではまず、高齢者サービスについて、既にサービス需要が減少局面に入っている「中山間・人口減少地域」、サービス需要が2040年以降も増加する見込みである「大都市部」、サービス需要は当面増加するがその後減少に転じる「一般市等」の3類型で、時間軸・地域軸の両視点を踏まえて、議論を行いました。
そして、令和7年7月25日に「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方に関する取りまとめ」を公表。少子高齢化と人口減少が地域ごとに異なる現実を踏まえ、高齢・障害・こども分野を横断して、地域の実情に合う支え合いの仕組みを再設計する方針を示しました。
「中山間・人口減少地域」「大都市部」「一般市等」の3類型で需要の見える化とモニタリングを行い、過不足のないサービス確保を目指します。大都市部は土地・建物コストの高さに対応しつつ、質を落とさず設備・人員基準の実態適合を検討。一般市等は既存資源の有効活用を徹底します。中山間地域では、事業者の維持・参入を促す仕組みや配置基準の弾力化、移動支援の強化、既存施設転用に関する「取得後10年」ルールの見直し検討など、柔軟な運用を重視します。
人材とDXは3分野共通の要として、介護では2040年度までに約57万人の新規職員が必要とされ、テクノロジー導入により負担軽減と生産性向上(施設系で約3割の効率化)を目指します。さらに、85歳以上や独居の増加、複合的ニーズの拡大、医療と介護の連携、介護予防・健康づくり、認知症への備えを強化し、在宅生活を支える地域包括ケアを深化させます。
この取りまとめでは、限られた人材と資源で暮らしを支え続けるために、分野横断・地域別最適化・テクノロジー活用を柱に、データに基づく運用改善を積み重ねていくという実行志向の指針となっています。



地域軸・時間軸を踏まえたサービス提供体制確保について
2040年を待たず危機的状況を 迎える地域があるという事実
私たちが今直面している2040年問題は、人口減少と高齢化の波が地域によって大きく異なるスピードで押し寄せているという事実です。
今回のとりまとめでは、時間軸と地域格差を明確に整理し、大都市部、一般市、中山間・人口減少地域という分類で論じる新たなアプローチが採用されました。
確かに東京都などの大都市部では依然として待機者が多く存在していますが、離島や中山間地域では、すでに施設運営が成り立たない状況に陥っているところもあります。もう急がざるを得ない地域と、まだ余裕のある地域の違いが鮮明になり、地域ごとに異なる時間軸での対応策が必要であり、個別の対応が求められています。
民営の施設が増えて、減る待機者 各施設の違いがわからないご利用者
私が理事長を務める施設の一つがある50万都市では、10年前から待機者が減少傾向にあり、2000年の介護保険開始前後にいた100人超の待機者は現在は半数に減少しました。これは単に人口減少によるものではなく、民間の有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅の増加により、ご利用者の選択肢が増えた結果でもあります。そして、もう一つの問題が、これらの施設と特別養護老人ホームとの違いをご利用者やそのご家族はよく理解できていないということです。
たとえばサービス付き高齢者向け住宅では、実際には管理者と相談員が各一人程度しか配置されていないのに、「サービス付き」という名称が、ご利用者に過度な期待を与えがちです。さらに極端な例では医療に特化しているような施設名が誤解を招くケースもあります。 緊急時に医師が常駐していないにもかかわらず、ご利用者やご家族は名称から医療に特化した施設だと誤解して、選んでしまうことがあるのです。
できること・できないことを 地域の連携も活用して 明確に発信
またある事例では、特別養護老人ホームで過度な要求を繰り返していたご利用者が、ご家族の判断でサービス付き高齢者向け住宅に移ったところ、月額費用が約15万円から50万円に跳ね上がり、最終的にはグループホームへの再転居を余儀なくされました。特別養護老人ホームと同じケアを受けるためにはオプションサービスを次々と追加しなければならないことを知らなかったというご利用者の情報不足が招いた事態ですが、このことは私たち社会福祉法人からの情報発信が不足しているということも示唆しています。
「どれだけのケアやサービスをどれだけの金額で提供しているのか」逆に「私たちではここまでしかできない」ということをしっかり明示してお伝えすることも、これからの老人福祉施設にとっては重要なことだと思います。
ホームページを活用した情報発信だけでは限界があるので、地域包括支援センターや民生委員、居宅介護支援事業所のケアマネジャーとの連携を密にして、施設の選択肢が増えているご利用者にしっかり届けることが大切なのではないでしょうか。
人材確保と職場環境改善・生産性向上、経営支援について
たった一人しかいない専門職が 定年退職を迎えるという危機
介護業界の人材不足は、単に働き手が足りないという問題を超えて、専門職の確保が困難という深刻な局面を迎えています。ケアマネジャー、看護職、管理栄養士といった専門職の確保は、都市部でも困難な状況が続いており、地方ではさらに深刻です。
ある施設では、ケアマネジャーが施設、地域包括支援センター、居宅介護支援事業所にそれぞれ一人ずつ配置されていますが、全員が定年退職の時期を迎えています。一人でも欠けると事業所の閉鎖を検討しなければならない状況に追い込まれていて、新たな人材の確保も困難な状況が続いています。
外国人介護人材の活用も進んでいますが、介護福祉士の国家試験に合格していない人材の就労期間延長について議論が分かれていて、質の担保と人材確保のバランスをどう取るかが問われています。また、外国人介護人材の給与待遇のよい国への流出が懸念されていて、根本的な解決策とはなり得ない状況となっています。
介護報酬の引き上げや規制緩和など 制度政策の抜本的な見直しを要求
八方塞がりに近い人手不足の状況にもかかわらず、他産業との賃金格差は未だに8万円以上になっており、この格差が解消されない限り、安定した人材確保は困難です。重労働というイメージも根強く、業界の魅力発信だけでは限界があります。ICT導入やAI活用による業務効率化も進められていますが、根本的な人材不足の解決には至っていません。
介護業界の2040年問題の背景には、介護保険制度が設計当時とは大きく異なる人口構造と社会情勢の中で運用されているという点が挙げられます。措置制度時代には公務員と同様の給与改定が行われていましたが、介護保険制度下では競争原理が導入されました。一方で、収入源となる公定価格には規制がかかるという複雑な構造になっています。
社会福祉法人は、民間企業のような自由な資金調達ができない一方で、市場での競争を求められるという矛盾した状況に置かれています。この制約の中で持続可能な経営を行うためには、制度政策そのものの抜本的な見直しが不可欠だと痛感し、今後も国への働きかけを続けていきます。
人材シェアやオンラインでの専門職サービス提供についても、制度的な壁の撤去が求められています。特に離島や中山間地域では、複数の施設で専門職を共有することで、サービスの継続が可能になるのではないかと考えています。
元看護師、元保健師などリタイアした専門職の活用
人口減少と人材不足に対応するため、多くの施設が地域との連携強化に取り組む中、地域に埋もれている人材、特にリタイアした専門職の活用に注目したいと思います。元看護師、元保健師、元教員、元行政職員などの経験豊富な人材を掘り起こし、ボランティアベースでの相談窓口運営や健康教室の開催などに参加してもらう取り組みが成果を上げています。

「地域包括ケアシステム」を 2040年に向け 深化について
必要な存在であることを知らしめ 地域住民や医療施設と連携
認知症予防のためのオレンジカフェの運営や、管理栄養士による栄養指導教室の開催など、施設の専門性を活かした地域貢献活動も多くの施設で展開されています。これらの取り組みは、地域住民に施設の存在意義を理解してもらい、支援を得るための重要な手段となっています。
地域住民の多くは、施設の経営状況や直面している課題について十分に理解していません。だからこそ施設の実態を知ってもらい、地域にとって必要な存在であることを認識してもらうための啓発活動が重要なのです。地域、行政、施設の三位一体での取り組みが、持続可能な運営の鍵となっています。
その一つ、医療施設との連携も重要な要素です。多くの利用者が医療施設からの紹介で入所するため、医療ソーシャルワーカーとの関係構築や、施設の特色や提供サービスの内容を正確に伝える営業活動も積極的に行う必要があります。
統合・再編も現実となる時代 経営の生命線は稼働率の維持
人口減少が進む中で、社会福祉法人の統合や再編は避けて通れない課題となっています。表面的には「連携」という言葉で表現されていますが、実質的にはM&Aに近い形での統合が進んでいます。小規模法人は大規模法人に吸収される形での再編が現実的な選択肢となりつつあるのです。
ですから各法人は、自らが統合を受け入れる側になるのか、統合される側になるのかを早期に見極める必要があります。人口密度の低い地域でこの判断が遅れれば、施設の閉鎖も選択肢となり、地域にとって大きな損失をもたらす可能性があります。
能登半島地震の事例では、災害時の対応の違いが施設の自立に大きな影響を与えることが明らかになりました。やむを得ず利用者を他施設に避難させた施設では、復旧後も利用者が戻らず、施設機能の回復が大幅に遅れた一方、困難な状況でも利用者と共に施設に留まった施設では、比較的早期の復旧が実現しています。経営の生命線となるのが稼働率の維持であり、空床を作らないための取り組みが不可欠です。

地域の共通課題と 地方創生 について
時代に合わせて施設のあり方も 変わる変化を恐れず変革を
補助金を受けて建設した施設の転用に関する規制緩和については、10年未満の施設が用途変更する際の国庫返還義務の撤廃が前向きに検討され始めています。これが撤廃されれば、高齢者施設として建設された施設を、ご利用者の減少に伴い、障害者支援施設や保育施設として活用することが可能になります。
こうした国レベルでの政策支援も重要ですが、最も身近な自治体の首長や議会がどの程度の問題意識を持っているかが、個別地域での取り組みの成否を左右します。消滅可能性自治体と指摘される自治体では、特に早急な対応が求められています。
重要なのは、変化を恐れずに変革を起こしていく意識です。人が存在する限り、高齢者介護の需要はなくなりません。高齢者が存在する限り、最後の砦としての役割を果たすことは、社会福祉法人の使命です。しかし、現在の施設数がすべて維持される必要はなく、時代の変化に応じた適正規模への調整は避けられないのではないでしょうか。
持続可能な未来への道筋を 今すぐ作っておくことの重要性
2040年問題は確実に到来する未来ですが、適切な準備と対応により、地域の高齢者が安心して暮らせる環境を維持することは可能です。そのためには、現実を直視し、変化を受け入れながら、持続可能な新たなモデルを構築していく覚悟が必要なのではないでしょうか。
2040年問題への対応は、単一の解決策では不可能な複合的な課題です。制度政策の見直し、人材確保策の強化、ICT活用による効率化、地域との連携強化、そして必要に応じた統合・再編などの方策から、それぞれの施設に合ったものを組み合わせて、スピード感を持って実行していくことが必要です。
小学校の統廃合と同様で、介護施設も地域の実情に応じた再編が進むことになるでしょう。この過程で重要なのは、地域住民、行政、施設運営者が一体となって、その地域にとって最適な高齢者支援体制を構築することだと考えます。
PART.02へ続きます。
文=池田佳寿子