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第20回 鳥取県 社会福祉法人 鳥取福祉会 養護老人ホーム 鳥取市 なごみ苑

社会福祉法人 鳥取福祉会 養護老人ホーム 鳥取市 なごみ苑
開設は1995年。経済的・家庭的な理由などで自立した生活が難しい高齢者が入居し、生活支援や相談援助を受けながら暮らしている。また、地域との交流を重視した運営を実践

 

地域とともに生きる“もう一つの社会復帰”を目指して

 鳥取福祉会が運営する養護老人ホーム 鳥取市なごみ苑が、昨年の「第3回JSフェスティバル」の実践研究発表に据えたテーマは「自律して地域社会へ参加する」。その背景には、養護老人ホームの存在意義を改めて問い直す姿勢がありました。養護老人ホームは本来、社会復帰を目指す施設です。

 

ビジョンを通し、養護老人 ホームの役割を問い直す

 しかし近年は、「ご利用者の重度化や家庭環境の複雑化などにより、退所して在宅生活を取り戻すことが難しくなっています」と川口弥文所長。  そこで同苑では、「退所することだけが社会復帰ではない。苑で暮らしながら地域の一員として役割を持ち、社会と関わることも社会復帰の一形態ではないか」との仮説を立て、2020年度になごみ苑としての〝あるべき姿〟を示す旗印として、「自律して地域と共に暮らせる支援」との施設ビジョンを策定。同時に2027年までの中期戦略を立て、職員の意識・行動改革、ご利用者の意識の醸成、地域社会への参加という3本柱のもと、ご利用者の自律を促す「やりがい活動」をスタートさせました。  活動を推進するうえで重要だったのは、全体の骨格であるビジョンの浸透です。川口さんは全職員との個人面談を重ね、ビジョンの必要性を語り続けました。そして、ご利用者の自律を重視した「やりがい活動」の実践を通じて、ビジョンは現場に根づいていったといいます。

 活動では、ご利用者個々の「好き」「得意」「必要とされる」「稼げる」という4つの要素を活用。アセスメントで得た得意分野を地域や施設の活動とマッチングし、地域活動の継続と拡大につなげています。また、活動の前後には自律度を客観的に測るため、施設での生活に目的がある、人のためになることをしたい、自分で判断して行動している……といった8項目からなる専用の評価表を使用して、点数化する仕組みを採用。その内容を客観的に分析し、処遇計画にも反映しています。「この取り組みを通して、ご利用者が〝誰かの役に立ちたい〟と思える環境をつくっていければ」と川口さん。支援を受ける側から担う側へ。なごみ苑の挑戦は、養護老人ホームの新たな社会的役割を示しています。その中核となる「やりがい活動」の実際をご紹介しましょう。

 

❶ 植物の世話が「好き」で「得意」なご利用者の「やりがい活動」のワンシーン。他施設にボランティアで通うこともある ❷ 介護職、ケアマネージャー、看護師、生活相談員から構成される「やりがい活動」チームでは、月に一度のモニタリング会議で活動の振り返りを行う ❸ 食後の清掃を行うご利用者。仮に軽度の認知症状があったとしても、職員見守りのもと継続した活動が行われている ❹ 一部のご利用者は市の介護支援ボランティアに登録して活動。作業後のスタンプが、次の意欲を生む原動力にもなっている

 

自分一人の力だけで行動するのが「自立」なら、「自律」とは自分の行動を自分で決めること。 なごみ苑の「やりがい活動」では、ご利用者の考えと判断を尊重し、 自律の力を育む支援を行っています。 実践研究発表の資料をもとに、活動の歩みと変化の過程をたどります。

受賞者のインタビューはコチラから

 

■ 課題を踏まえ、 活動を再構築
令和2〜3年度には「自律」を重視した地域参加を目指し、他施設での清掃やボランティアを実施。一定の成果を得た一方、個々に適した役割づくりなどに課題も残りました。その反省を踏まえ、令和4〜5年度はマッチングプロセスの構築と活動の継続・拡大を目標に据えました

■ 生きがいを測る 4つの構成要素を軸に
「好き」「得意」「必要とされる」「稼げる」の4要素をもとに、生きがいの度合いを可視化。野菜づくりなど具体例をもとに、どの要素が不足しているかを見極め、ご利用者と活動内容を決定。6か月を基本に、精神的自立性尺度の結果も踏まえて継続か終了かを判断しました

※精神的自立性尺度=他者の意思や価値観に過度に依存せず、自分の考えに基づいて行動を選択・決定できる能力を測定する評価基準のこと。なごみ苑では、長寿科学振興財団のホームページより引用し、独自のアレンジを加えて利用している

■ 地域連携で、稼げる仕組みづくりを構築
令和3年からは行政と協議し、介護支援ボランティアへの登録が可能に。活動内容に応じて上限1万円の交付を受けられるようにしました。これにより「稼げる」実感が得られ、ご利用者の意欲向上につながりました。併せて地域団体との連携も広げ、社会との接点を増やしています

■ 活動で自発性が芽生えたAさん
清掃や将棋など得意分野を生かし、他施設でボランティアを続けるAさんは、本活動を通じて精神的自立性が25%アップ。コロナ禍で一時中断しながらも、再開後は自発的に動く姿が見られるようになりました。マッチングの成功例として、処遇計画にも反映されています

■ 地域へ広がる 自律型支援
当初は約20名でスタートした「やりがい活動」ですが、継続によりご利用者の精神的自律度が向上し、今では参加希望者も増加。介護支援ボランティア登録者も増え、公民館や老人クラブとの新たな連携も生まれました。今後は地域の方と共に、新たな活動の発掘に取り組みます

 

 

ご利用者の自発性をどう引き出し、職員自身もどんな気づきを得たのか―。「やりがい活動」の実践を担った介護福祉士の藤井さんと池本さんにお話をうかがいました。現場の想いから、なごみ苑のこれからを見つめます。

 

一人ひとりの「やりがい」が 自分たちの原動力に

 

 ご利用者のやりがいをどう支えるか。この問いから、現場の挑戦が始まりました。

 

 「最初は“活動をお願いする”という感覚がなかなか抜けませんでした。でも、この取り組みを通して、やりがいは私たちが与えるものではなく、ご利用者が見つけていくものだと気づいたんです」と話すのは、長く特養で働いてきた介護福祉士の藤井さん。そして活動をサポートするなかで、数値だけでは捉えられない変化を感じるようになったといいます。

 

 同じく、介護福祉士の池本さんも、こう話します。「『やりがい活動』では、活動の達成感を言葉で表現する方もいれば、そうではない方もいます。でも、黙々と作業をする方が達成感を持っていないわけではありません。そこでチームでの話し合いを経て、一人ひとりの取り組みを記録するモニタリング・評価シートに、参加時の状態を言葉で記録するだけでなく、笑顔・微笑み・無表情といった表情アイコンも加えることにしました」。その結果、文章だけでは伝わりにくかった「やりがい」の実感が、現場で共有しやすくなったといいます。

 

チームで気づき合い、支え合う現場へ

 

  こうした取り組みを支えるのが、多職種によるチーム活動です。池本さんいわく、「毎月の会議で、精神的自立性尺度の推移や表情アイコンをもとに、ご利用者一人ひとりの小さな変化を振り返ります。そして、『最近、表情が明るいね』『今日は疲れているかも』といった気づきを出し合うことで、支援の仕方もその時々に合ったものへと自然に変わっていきました」。

 

 藤井さんは、「ご利用者を支援の対象ではなく“自分の意思で動く生活者”として見る意識が強くなったのも、こうした地道で継続的な活動のおかげ」だと話します。

 

 さらに、活動を通じて仕事にも変化が生まれました。「以前は職員が働きかけるだけでしたが、今ではご利用者の隣で業務をする場面が増えてきたんです。ご利用者との交流があることで、以前にはなかった仕事の楽しさを実感しています。家にいても、ご利用者の顔を思い出して、今日も笑顔で過ごされているかなと思うことがありますね」と池本さん。

 

 なごみ苑の「やりがい活動」は、ご利用者と職員が互いの成長を支え合う温かな循環を生み出しています。

 

 

社会福祉法人 鳥取福祉会 養護老人ホーム 鳥取市 なごみ苑
●鳥取市的場2丁目1番地   ●tel. 0857-53-6551 ●入居定員:90名(養護)、6名(短期入所) ●https://www.tottorifukushikai.jp/fukushi/fukushi-207/

撮影=小野寺 光 写真提供=社会福祉法人 鳥取福祉会 取材・文=冨部志保子