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働きやすい職場環境にするための「要」 介護施設の腰痛対策 PART.02 職場環境の改善と福祉用具の導入で「腰痛の職員ほぼゼロ」を実現したひのでホームの取り組み

職場環境の改善と福祉用具の導入で
「腰痛の職員ほぼゼロ」を実現したひのでホームの取り組み

介護福祉士として勤務する中で 一年間に3回も「ぎっくり腰」に
「20年ほど前、介護職員として働いていた当時は、ご利用者の移乗や入浴介助は人力による抱え上げが当たり前とされていました。腰痛予防のためにコルセットを着用し、仕事の負担が偏らないように『代わりますよ』と声をかけ合う光景が日常的に見られましたが、このような配慮だけでは根本的な解決には至らず、多くの職員が腰痛に悩まされ続けていました」と森谷さんは語ります。
「私自身も、身長が高いこともあって前かがみの姿勢を強いられ、慢性的な腰痛に加えて、1年間で3回ものぎっくり腰にも見舞われました。鎮痛剤を服用しながらだと薬の影響で判断力が低下しがちになり、業務中にヒヤリとする経験も。そこで、腰痛の根本的な解決策を探りたいと思ったのと、もともと興味のあったシーティングの知識をより深めるために作業療法士の道を選びました」
介護職員として勤務しながら夜間学校に通って国家資格を取得し、体の構造や機能について専門的な知識を身につけた森谷さん。この経験が施設全体の腰痛対策の礎となります。
「抱え上げない介護」を推進するため リフトを2台、6台、36台と増加
ひのでホームが最初にリフトを導入したのは2005年。2台導入したもののマニュアルも簡素なもので職員全体への指導も行き届かず、活用は進みませんでした。2010年になり、補助金を活用して浴室にもリフトを設置し、計6台で運用し始めました。
「最も体重が重いご利用者を部屋からお風呂まで一度も人力で抱え上げることなく移動できるルートが確立でき、リフトの有効性が実感され始めて『もっとたくさん入れたい』という職員も増えてきました」
そして2013年には据え置き型のリフトを36台一気に導入。導入前には理学療法士による職員の意識改革のための研修を4回実施しました。
「当時20数名の職員ほぼ全員が、リフトなど福祉用具を導入するための知識や技術を学ぶリフトリーダー養成研修をすでに修了していましたが、さらに資格取得を推進し、上を目指せる施設にしたいと思い『 ノーリフターズ』というプロジェクトチームを結成しました」
処遇改善加算を活用し モチベーションと技術の向上に成功
加えて、森谷さんが発案し設置した制度が功を奏しました。それは処遇改善加算を活用し、上級を取得した職員には月額5000円の手当を支給するというものです。
リフトの大規模導入により、職員のモチベーション向上と技術習得が同時に実現され、施設全体の介護方法が根本的に変革されることになったのです。
「特に入浴介助では、濡れた状態のご利用者を人力で移動させることは職員にとって大きな身体的負担であると同時に、ご利用者にとっても転落のリスクを伴う危険な作業でした。しかしリフトやスライディングマットの導入により、安全かつスムーズな移乗が可能となり、職員の負担軽減とご利用者の安全性の両方が飛躍的に向上しました」
継続的な研修や職場環境の 見直しも職員の腰痛軽減に
福祉用具を使用しない場面でも腰痛予防に向けたさまざまな対策が実施されています。
「例えば、リフト移乗する時間をシミュレーションし、各フロアに重度のご利用者が均等になるように振り分けました。それによって深夜まで続いていた就寝介助が適切な時間内に完了するように。精神的にも余裕をもって作業できるようになり、心身両方へのポジティブな効果がありました」
もう一つが腰痛対策に関するボディーメカニクス研修です。年間を通じて3回、職員は理学療法士から正しい体の使い方や、腰痛の基礎知識、実技指導まで幅広く学んでいます。
リフトなど福祉用具の積極的な導入との相乗効果によって、2010年の時点では職員の約40%が腰痛を感じていたのに対し、現在は、ヘルニアの持病がある職員を除いて、腰痛に悩む職員は「ほぼゼロ」を実現しています。

「安心と充実の人生をご一緒に。」 理念の実現のためにも腰痛対策を
「私たちが業務を進めるうえでもっとも大切にしているのはご利用者の『安心』と『快適』です。それは職員が心身ともに健やかに業務できてはじめてかなえられることだと思っています。そのためには介護職にとってもっとも大きな悩みである腰痛の解消が不可欠なのです」
抱え上げる介助では、職員はご利用者の表情を確認できませんでしたが、リフトの使用によって目線を合わせながら会話を続けることが可能となり、コミュニケーションの質も大幅に向上。腰痛対策の取り組みが、ご利用者が快適に介護を受けられることにもつながったのです。
地域ぐるみや国を挙げての 腰痛対策で福祉事業を守りたい
腰痛対策に関して、森谷さんは、施設内だけにとどまらず、地域ぐるみ、さらには国を挙げての対策も重要であると訴え、2009年にリフト調査で訪れたスウェーデンの状況を挙げます。
「スウェーデンでは重量物の人力搬送は法律で罰則が設けられているため、施設や家庭を問わずリフトの導入が義務化されています。その背景には、腰痛のような職業病を防がなければ経済や福祉事業そのものが成り立たなくなるという危機感があり、日本との違いにカルチャーショックを受けました」
腰痛の根本対策には、施設全体での取り組みはもちろんのこと、今後は福祉用具を使うことが当たり前になる社会の仕組みづくりも必須の課題です。

腰痛予防のための基本的な作業姿勢


*介助実演のご利用者役は、編集スタッフです。


オリジナルソングなども作成!
“楽しみながら”取り組むのが「ノーリフターズ」
“腰痛による離職者ゼロ”などの目標を掲げて立ち上がった「ノーリフターズ」。発足当初はプロジェクトを盛り上げていくために、生真面目になり過ぎず、何かしら楽しみを交えることを大切にしてきたそう。その一つがオリジナルソングの作成。「笑顔の魔法」というシーティングソングはプロジェクトのメンバーが作詞、作曲、弾き語りを担当しCD化。全国の施設関係者に購入され、その売り上げは被災地支援として寄付されました。

取材・文=池田佳寿子