福祉施設SX
地域共生社会の社会福祉法人 誰もが役割をもち支え合う地域を目指して PART.01 特別養護老人ホーム 稲村ガ崎きしろ

「地域共生社会」とは、制度・分野ごとの「縦割り」や「支え手」「受け手」という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えてつながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会を目指すと、厚生労働省は記しています。
なかでも少子高齢化によって人口減少が進行している日本では、担い手の不足や、福祉ニーズの多様化が求められています。そこで今回は、誰もが支え合う共生社会の実現も念頭に、地域の人材を上手に活用している社会福祉法人を紹介いたします。
特別養護老人ホーム 稲村ガ崎きしろ
求人のハードルを 下げることで実現した
地域のシニア層の介護助手採用
施設にとって必要なのは介護職。そう思い込みすぎることでの失敗を経て、たどり着いたのは介護施設での仕事の全てを棚卸しして可視化し、任せられる部分だけを、求人者の都合に合わせてやってもらうという方法でした。
「鎌倉に『きしろ』という拠り所を つくる」という地域社会への誓い
鎌倉という地域にどのように貢献できるかを追求して、広くアンテナを張り、行政や他の社会福祉法人、さまざまなな企業・団体と力を合わせてきたきしろ社会事業会。
こうした考え方は職員の採用や実際の働き方にも実践され、それぞれが個性を活かし、のびのびと働ける職場環境づくりを行ってきました。そしてこれは介護助手として採用するシニアにもいえることだと施設長の小寺さんは語ります。「私たちは地域の皆さまとの交流のなかで信頼関係を築き、どんな時も頼りにされる社会福祉法人を目指し、施設のご利用者のため、そして、現場の職員のため、さらには長く働き続けたいと願う地域の方々のために、シニアの介護助手の採用を成功させたいと願いました」

採用のハードルを下げることで とにかく働いてもらえる人を増やす
令和5年度から介護助手としてシニアの採用を試みたものの、思うような人材が見つからなかったり、採用しても長続きしなかったりしたと小寺さん。
「当初は施設にとって必要な人材を施設目線で選び、今、足りていない部分に補充したいと思っていました。募集も『介護士』を条件にしていたせいで、せっかくの有益な人材を採り逃していたかもしれません。またやっと採用にこぎつけても、既存職員との役割分担や指示系統がうまくコントロールできずに、退職に至ることもありました」
そこで施設では人材サービスのプロにもアドバイスを受けながら、介護助手採用の全面的な見直しを行いました。それは、施設で働きたいと願うシニア一人ひとりのできそうなこと、働ける曜日や時間などの希望に可能な限り合わせて、その方にできることをお任せできればよいと、採用のハードルを下げることでした。
既存職員との上手な役割分担を 組織的な意識改革で解決
採用のハードルを下げる際に重要になったのは、介護職や有資格者でなくてもできることがどれくらいあるかを洗い出すことです。
「人材サービスのプロのアドバイスをもとに仕事を全部書き出してみると、そのなかには資格や経験がなくてもできるものがありました。こうして仕事を分解することで、外回りの営業をしていた方なら送迎のドライバーに、長く専業主婦だった方なら洗濯物のたたみやお掃除など、求職者の方々にとっても、 『これなら私にもできる』と言っていただける仕事が多くなりました」
こうして採用者は増えましたが、そのことがかえって既存職員の負担になるという失敗を繰り返すわけにはいきません。そこでなぜシニアを雇うのかという意義や、法人としての理念をしっかりと施設内で共有したという小寺さん。さらに、指示系統を一人に集約し、個々の特性に合わせた作業分担やシフト組み、作業のマニュアル作りから指導までのすべてを瀬下さんに任せました。

地域住民が施設を身近に感じ 施設を知ってもらうことにも貢献
「採用したシニアの仕事内容についての注文や、これもやってほしいというその場での指示などは、絶対に直接言わず、全部、自分を通してもらうことを徹底しました」と瀬下さん。「当初は相互に気になることもあったと思いますが、今は『あ、今日も頑張っているな』と横目で見るような感じです。シニアの介護助手のおかげで既存職員にも時間的な余裕が生まれて、今では『なくてはならない存在だからもっと人数を増やしてほしい』と思ってもらえるまでになりました」
そして近隣のシニアを採用することは、稲村ガ崎きしろの存在を、広く多くの人に知ってもらうきっかけにもなったと小寺さん。
「なかなか足を踏み入れる機会がなかった方にも施設の様子を見ていただけるようになりました。今後、ここが地域の福祉の中核として機能していくためにも、シニアを積極的に採用することは意義があると思います」

残業が減り、人件費はコストダウン ご利用者の安心感につながる効果も
稲村ガ崎きしろでは、総職員数は令和4年4月の49名から令和7年現在72名に増加しているものの、パート職員を倍増させることで人件費は以前よりもコストダウン。既存職員の残業時間も減り、令和6年度の介護職の退職者はゼロと離職率が劇的に改善しました。シニアの介護助手も体調への配慮から退職した方が1名いるのみにとどまっているといいます。
「シニア職員は欠勤や遅刻が少なく、振替出勤にも柔軟に対応してくれるのが助かります。総職員数が増えたことでフロア待機の人員も確保できるようになり、ご利用者にとっても常に職員の存在を感じられ、気軽に雑談しやすくなったという心理的な効果もありました」と小寺さん。 現在、きしろ社会事業会では、働き方に関する意見交換会を法人内で月1~2回実施し、シニアの介護助手導入のメリットについても情報共有しているといいます。
「シフト管理の負担は増えたものの、既存職員の負担は軽減し、これが介護助手導入への理解につながっています。体力的な制約が出てきた職員が長く就労するための選択肢ともなり、多様な働き方の実現にもつながるのではないでしょうか」
コンビニエンスストア、運送業など
他業種のモデルともなり得る介護業界の業務分解

長く続けられる仕事として シニアに評価される介護業界
早期退職や定年退職をしても社会とのつながりを求めたり、将来を見据えて介護への関心を高めた50〜70歳代の方の医療・福祉領域への人材流入が増加しています。全体数は少ないものの、未経験で介護をやってみたいというシニアの応募者は確実に増えています。
シニア層にとって介護の仕事の一番の魅力は長く続けられることです。実際、派遣やパートタイマーから始まり、介護の仕事に深く興味をもつようになって、直接雇用へと転換した例も多数あります。

業務分解することで 非専門者にもできる仕事を可視化
介護の仕事に興味をもつシニア層は少なくないものの、「大変そう」「責任が重そう」と尻込みしてしまうことも。そこで私たちは介護施設での朝7時の起床から夕方5時までの仕事を48項目に分類して、それを専門職にしかできない仕事と、未経験の非専門職でできる業務に区分けしました。これをさらに難易度・対人度・身体負荷レベルなどで分類することで、求職者のスキルや条件にマッチングしやすくできます。
今後、介護業界でこうした業務分解によるシニアなどの就労が進めば、そこで培われたメソッドは人手不足が続く他職種にとってもよいモデルにもなり得ると考えています。

撮影=松浦幸之助/取材・文=池田佳寿子