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介護のかくしん

介護現場をとりまくハラスメント対策 その3 施設対応のポイント


| 今月の監修(対談)外岡 潤さん × 長野 佑紀さん
2号にわたって取材した中で、介護施設の現場に精通するお二人が共通して語っていた ハラスメント対応のポイントについて、さらに深くお聞きしました。

 

ポイント①  ハラスメントの対応窓口を作る

外岡さん 2022年からパワーハラスメント防止措置が全企業に義務化され、厚生労働省が顧客からのハラスメントに対しても、適切に対応するために体制を整備するように呼びかけています。介護施設であっても、職員がご利用者からのハラスメントを受けたら、それをすぐに把握するために相談者を決めておくことが望ましいのではないでしょうか。

長野さん 施設の規模にもよるので一概にはいえませんが、ご利用者のご家族からのハラスメント対応も含まれるので、ある程度経験を積んだ事務職員などを担当にしているところが多いようです。ただし、その方に全部押し付けるというのではなく、あくまでも組織として対応し、窓口やとりまとめ役として担当を決めておくのがよいと思います。

外岡さん 現場の方の人権を守ることは、これからの時代に非常に重要です。ハラスメントの担当者を決めていることを施設のホームページなどにも書いておくことが、職員採用に優位に働くはずです。

ポイント②  内部記録を残すことをルールにする

外岡さん 介護の現場には介護保険やご利用者に関する記録など開示請求に応じなければならない記録があります。しかしハラスメントの記録は、相手に見られると思うと、オブラートに包んだような表現になってしまう場合もあります。なので私はこれは内部記録として残しておくのがよいと思います。受けた本人がすぐにメモをとれればそれに越したことはないのですが、窓口となる担当者が聞き取った段階で記録するのでもよいでしょう。それも「暴言を吐かれた」「不適切なことをされた」などの具体性に欠ける書き方ではなく、どんな場面でなんと言われたか、第三者にもわかりやすく記録しておくことが大切です。

長野さん 私へのご相談の中にも、「ひどいことを言われ続けてずっと我慢してきたけれど、もう限界です」というような方が多いです。しかしハラスメントに関する記録が乏しかったり具体性に欠ける場合、ご利用者やご家族から「そんなことは言っていない」と突っぱねられると、施設として毅然とした対応が取りづらくなります。ハラスメントに関する記録をどのような形で残すかについて、施設内で方針を決めて、職員に周知徹底することをお勧めします。

 

ポイント③ 第三者に相談する

外岡さん 『第三者委員会』ということばを耳にすることが増えています。企業や団体で問題が起きたときに、中立・公正な立場で判断や助言をしてくれる人やその集まりを指します。介護の現場でも例外ではなく、何か問題があったときは、問題をこじらせたり大きくしたりしないために、第三者にただちに報告し、相談することが望ましいです。第三者としては介護施設の活動内容をよく知っていて、社会福祉の知見のある人なら、特に資格などは必要としませんが、弁護士もその一人として相談を受けることが増えています。弁護士に依頼するとなると、費用や手続きの点で敷居が高いと思う方もあるかもしれませんが、費用については基本的に『日弁連の基準』があり、それにのっとっています。

長野さん 弁護士がどこまで関与するかによって、費用も変わります。たとえば私の場合、顧問弁護士として契約をしていれば、顧問先からのハラスメントに関する個別の相談や家族に渡す書面のリーガルチェックは無料で対応しますが、代理人として家族と対応する場合には別途費用を頂いております。

外岡さん 費用については、カスハラ等による目に見えないロスと考え合わせて、どこまでその対策に費用をかけるかを判断してください。

長野さん 私の顧問先の社会福祉法人には大規模な法人から一法人一施設の比較的小規模な法人までいろいろなところがありますが、顧問弁護士がいる、ということを伝えていただくと、それだけで「なんだ相談できる弁護士までいるのか」と、相手の行動に一定のブレーキがかかりやすくなります。早めに専門家が対応することで、裁判などの大きな紛争に発展する件数を減らせ、職員の皆さんも本来の業務に専念できるようになります。

 

ハラスメント対策をしていることをホームページなどに明記して職員を守る姿勢を表示する

外岡さん これまで3つのポイントについて話し合ってきましたが、3つともホームページなどに明示することで、施設が職員を守る姿勢を表せます。これから介護職員として若い人を送り出す高校や専門学校の先生や親御さんにとっても、こうしたことが書かれている施設であれば、安心して就職させることができるのではないでしょうか。「私たちの施設では顧問弁護士と契約し、何かトラブルがあったときには問題解決に当たります」という文言を施設のホームページに掲載しておくこともとても有効です。

〈 契約解除のむずかしさ 〉

 カスハラを受けた施設が最後に切るレッドカードが「契約解除」です。しかし裁判で「契約解除」を勝ち取れたとしても、ではそのご利用者を次にどこに居住させるのか、誰も引き取り手がない場合、放り出すことにならないか、という人道的な問題が残り、単純に「契約解除」とはいかない場合があります。
 施設とご利用者の双方のためにも、早い段階から注意や警告を繰り返して、できるだけ契約解除を避けることが望ましいと思います。(長野 佑紀)

職員間の パワーハラスメントについて

ーーご利用者やそのご家族からのハラスメントに加えて職員間のハラスメントも問題になっています

長野さん 私が今までに対応した社会福祉関係のご相談で特に多い案件は、1つ目が『介護事故』、2つ目が『カスタマーハラスメント』、そして3つ目が『パワハラ・セクハラを含む労務問題』です。これは介護の現場に限ったことではないのですが、特に業務上の指導の場合、正当な職務行為の範囲内かパワハラかの判断が難しいこともあります。

外岡さん また今はパワハラといっても必ずしも上司から部下にするものとは限りません。若くして施設長になると、年長のスタッフから高圧的な態度をとられたり、指示を聞いてもらえないなどの逆パワハラのようなケースもあります。また施設の規模が小さくなるほど人間関係が密接で声を上げづらくなります。パワハラをしている人の仕事の能力が非常に高かったり、リーダーや管理者も職員のスキルを考えると自由にポストを変更できないなど、一筋縄で解決しにくいのも事実です。

 

パワハラ・セクハラ問題は 経営陣の考えが色濃く表れる

長野さん では、パワハラ・セクハラが起きてしまったらどうすればよいか。まずは通報があったら目を背けずに、きちんとその事実を調査すること。職員間のパワハラやセクハラの実態は、各経営陣がそれをどう考えているかが色濃く表れます。「そういったものは許さないのだ」という考えを、経営陣が強く発信して、研修会などを継続して行っていくことが、職員の意識を変えることにつながります。

 

介護現場での身近な実例を 取り入れながら研修を

外岡さん パワハラ・セクハラについての研修のためのコンテンツは、ホームページなどから探すこともできますし、弁護士事務所などでマニュアルを作ったり、研修を請け負ったりしていますので、利用してみることをお勧めします。 長野さん パワハラ・セクハラに関するニュースは後を絶ちませんが、やはり違う世界の事例だと思うと自分ごととして捉えにくくなります。研修では介護現場で実際に起きた事例や裁判例を、題材にして、“自分たちだったらどう解決するか”を考えることからぜひ始めてみてください。

 

撮影=柿島達郎