アーカイブ
第16回 物忘れやミスが多くなり、利用者のことを思うと不安を感じてしまう…。
2023.07 老施協 MONTHLY
健康社会学者として活動する河合 薫さんが、介護現場で忙しく働く皆さんへ、自分らしく働き、自分らしく生きるヒントを贈ります。
間違いは誰にでもある! 年齢の問題にしない意識を
介護職員歴20年のベテラン、春子さん(仮名68歳)の独白から。
「私、利用者さんを他の方のお部屋に誘導してしまったんです。そのお部屋の方が戻ってきて『知らない人がベッドで寝ている』と大騒ぎになって。そのとき、私は洗濯物の処理をしていたので、他のスタッフがフォローしてくれました。それで施設長に『あなたが気付いていないだけで、今までもミスがあった。仕事を続けるなら緊張感を持ってやってほしい』と怒られました。私は自分が年を取って利用者さんの気持ちが分かるようになったからか、仕事が前よりも楽しくなっていました。でも、辞めなきゃですよね。介護職員のミスが利用者さんの命を脅かす可能性だってありますから…。本当はまだ辞めたくない。この先どうすればいいのか決められずにいます」
確かに、介護現場のミスはご法度だ。しかし、同世代の介護職員ほど利用者さんにとって心強い存在はない。「私もこの間こんな失敗しちゃってね」だの「えーとあれあれ、何でしたっけ?」なんて会話を介護職員がしてくれるだけで、「ああ、私だけじゃないんだ」とホッとするのだ。若い介護職員には恥ずかしくて言いたくない本音も、同世代の介護職員には言えることだってあるだろう。人生100年時代、多少周りの助けを借りながらでも、春子さんには納得いくまで働き続けてほしいと私は思う。
そもそも間違いは誰にでもある。年齢の問題ではない。大切なのは「人は間違いをする」という当たり前のことを職場で共有し、間違いを未然に防ぐ対策を取ることだ。
重大な事故の8割は人為的ミスで、一つの大事故の背後には300のニアミスが潜んでいる。これはハインリッヒの法則と呼ばれ「ヒヤッとした」という状況をチームでシェアし、それが起きた状況分析を徹底すれば、大事故の98%を予防できる。病院に入院すると、手首に名前などが書かれたタグを着けさせられ、個人専用の薬箱が用意され、声出しによる相互確認が看護師の方たちの間で行われるのも「ヒヤッとした」という状況の把握から予防策を講じたもの。
介護の現場でも「ヒヤッとした」という状況を言い合える空気をつくるのが最善策。若手がベテランのミスを指摘するのは気が引けるかもしれないけど、人間は完全じゃない。ならば、互いに支え合っていい仕事をした方がいい。そういう職場は温かい、働きやすい職場だ。自分のためにもぜひ。
健康社会学者(Ph.D.)/気象予報士
河合薫
Profile●かわい・かおる=東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。退社後、気象予報士として「ニュースステーション」(テレビ朝日系)などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究に関わるとともに、講演や執筆活動を行う
イラスト=佐藤加奈子