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第9回 利用者から受けるハラスメント。上手に向き合うにはどうしたらよい?
2022.12 老施協 MONTHLY
健康社会学者として活動する河合 薫さんが、介護現場で忙しく働く皆さんへ、自分らしく働き、自分らしく生きるヒントを贈ります。
介護現場で起こる理不尽は「スキル」の問題ではない
「介護士の虐待は大問題になります。でも、介護士が暴力を受けても、なかなか注目されることはありません。自業自得って言われるんです」―。30代の男性介護士がこう話してくれたことがあった。
無論、利用者への虐待は絶対に許されることではない。だが、「人」が主役の介護の現場は、正論通りに動くわけでもない。それでも、男性は耐えた。「暴言や暴力は利用者の不安な気持ちの表れ。もっとスキルを磨かないとダメ」「利用者さんがたった一回でも『ありがとう』って言ってくれると、しんどいことも忘れられる素晴らしい仕事」。新人のときに先輩に言われた言葉を胸に耐えた。実際、利用者から感謝され、心がスッと軽くなることがあったため、「利用者の暴力=自分の問題」と考え、必死でスキルを磨いてきたという。
介護士の7割以上が身体的・精神的暴力を経験し、性的な嫌がらせを受けた人は4割もいる。高齢になると感情をうまくコントロールできずに暴力的になることもあるし、老いた脳は繰り返し暴言や暴力の指令を出すことだってある。そんな〝お年寄りの事情〟も分かるだけに、SOSを出せず一人苦悩する介護士は多い。
しかし、介護現場で起こる理不尽は「個人のスキル」の問題ではない。どんな介護のプロでも「人」。「いい介護」はお年寄りに寄り添うだけでできるものではない。お年寄りの笑顔を増やすには、ケアする側の心のメンテが必要不可欠。
特に夜勤は、少人数でのケアを余儀なくされるので、朝の申し送りの際には、利用者の状態だけではなく、スタッフの心の状態のチェックも徹底してほしい。真面目な人ほど隠そうとするので、周りから声を掛け、「感情」をチームで共有していただきたい。
そして、あなたが暴力や暴言に直面し、対応し切れないと感じたときは必ず助けを乞うこと。もし、同僚が間に合わず、「もう無理」と感じたら逃げる。その場から逃げてほしい。だって「人」なのだ。
介護士たちにインタビュー調査を行った際、「私は優しさが取りえだから介護に向いてると思ったのに、おばあさんに手を上げそうになった」と泣きじゃくる新人介護士がいた。生身の人と接する介護現場では、優しさは最も簡単に崩れる。最後まで求められるのは、とっさにおじいちゃん、おばあちゃんを突き飛ばしたり、たたいたりしてしまう前に「逃げる」勇気だ。最悪の事態にならないために…。
健康社会学者(Ph.D.)/気象予報士
河合薫
Profile●かわい・かおる=東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士として「ニュースステーション」(テレビ朝日系)などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究に関わるとともに、講演や執筆活動を行う
イラスト=佐藤加奈子