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第7回 会話は言葉のキャッチボール。利用者とどうやってうまくやりとりする?
2022.10 老施協 MONTHLY
健康社会学者として活動する河合 薫さんが、介護現場で忙しく働く皆さんへ、自分らしく働き、自分らしく生きるヒントを贈ります。
お年寄りは魔球の名手
多種多様な球を投げてくる
「会話は言葉のキャッチボール」と言うように、投げる方はあれこれ悩んで〝ボール〟を投げても、相手がちゃんとキャッチしてくれないと言葉は伝わらない。だからコミュニケーションはとっても難しい。特に年を重ねた老人たちとの会話は、ちゃんと投げたつもりがうまくキャッチしてもらえずワイルドピッチになることもしばしば。「ならばこっちがちゃんとキャッチするぞ!」と意気込むも、サラリと何食わぬ顔で〝魔球〟を投げてくるのだから、さて困った。
「83歳のおばあさん、突然不機嫌になっちゃうんです。お薬をごくごく飲んだ直後に、『毒を飲まされてる!』って怒りだしたり、うめぼし体操(高齢者向け体操)をノリノリでやった直後に、『〇〇は私をだましてる』と不信感をあらわにしたり。とにかく共感しなきゃと努力するんですけど、ネガティブ発言が止まらなくなってしまうんです。対応に困ったときに使える言葉とかあったら教えてほしい」―。利用者さんとのコミュニケーションに悩むのはベテラン介護士の廣瀬さん(仮名)。10年近くお年寄りと毎日接し続けた廣瀬さんでさえ頭を抱えるのだから、83歳のおばあさんは、多種多様の魔球を投げるよほどの名手に違いない。
年を取れば誰もが、「あれそれこれボール」を投げるようになるし、「ん? 何言おうとしてたんだっけ?」と記憶が飛ぶこともあるだろう。そこに時空を超える跳躍力と、創造性あふれる話を作る力が加わると、お年寄りの魔球の出来上がりだ。一 見ネガティブ発言に思える言葉は、体や心に何らかのストレスがかかっていることを「分かってよ~」というメッセージ。極論を言えば、言葉自体に意味はない。セリフはいつだってうそをつく。人は事実だけを話すわけじゃないのだ。当然「私」も。
ならば、ちゃんと目を見て聞いてほしい、耳を近づけてゆっくりと聞いてほしい、「大丈夫ですよ」と安心させてほしい、というストレスの雨に降られているときに「私」がやってほしいことをやればオッケー。それでも魔球を投げ続けるときは、「ごめんなさいね」ととりあえず謝ってみたり、「いつも本当にありがとうございます」と、感謝してみてはいかがだろう。
年を取ると、不安や孤独感を抱きがち。言葉より「心」を投げるつもりで。球種はストレートで。相手は人生の大先輩だ。「相手の心」をキャッチする力は「私」たちより断然上なのだからして。
健康社会学者(Ph.D.)/気象予報士
河合薫
Profile●かわい・かおる=東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士として「ニュースステーション」(テレビ朝日系)などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究に関わるとともに、講演や執筆活動を行う
イラスト=佐藤加奈子