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第6回 山口県下関市菊川町 社会福祉法人菊水会 特別養護老人ホーム きくがわ苑
2022.09 老施協 MONTHLY
独自の取り組みでキラリと光る各地の高齢者福祉施設へおじゃまします!
※令和3年度全国老人福祉施設研究会議(鹿児島会議)入賞施設を取材しています
スタッフが家族のように寄り添う「家庭の延長」としての介護を実践
従来型棟とユニット型棟併設の地域に根差した複合施設
本州の最西端、山口県下関市郊外にある菊川町は、人口7300人ほどの町。菊川温泉や名所・旧跡、そして豊かな自然に恵まれた農村地域である。そこにある特別養護老人ホームが「きくがわ苑」だ。
きくがわ苑を運営する社会福祉法人菊水会の青柳龍平理事長は、かつて開業医として診療所を運営。妻であり、きくがわ苑苑長である青柳祀子さんも経理や看護職として龍平さんを支えていた。
そして、25年たち、患者が増えてきて、往診をすることが多くなってきた頃、農家の高齢者の方が、孤独なまま自宅で最期を迎える状況が多々あることに心を痛めた龍平さんは、高齢者の方が寂しくないようにスタッフが家族のように寄り添ってあげられる場所を作りたいという思いで、’98年に「家庭の延長」「地域に開かれた法人」を基本理念に菊水会を設立、’99年にきくがわ苑を開設した。
現在も利用者の5割弱が地元菊川町の方で、知り合いが多く、寂しくなくていいという声が多いという。他には、隣の豊田町や下関市中心部からも、周りの自然環境の良さやスタッフの対応がいいということで入居されているそうだ。
スタッフは、男女比が1対2.5、そして、外国人の雇用にも力を入れており、現在ベトナム人が6人在籍している。このうち4人は、苑長をはじめ法人幹部がベトナムに渡った上で、面接してスカウトしており、留学生として日本に招いた後、介護福祉士のビザを取得、他2人は特定技能介護のビザを取得している。
地元菊川温泉から湯を引き
毎日温泉が楽しめる大浴場
建物は、’99年に最初に建てられた本棟に、従来型を定員54人、ショートステイを定員16人、デイサービスセンターを定員35人、そして、’07年に別棟を増設して、ユニット型を定員30人としている。
インテリアは、各部屋やリビングに窓を大きくとっており、日当たりが良く、明るくて開放的。家具や床も木目調で統一しており、心安らぐ雰囲気を醸し出している。
ステージが備わり、さまざまな催し物が開催できる地域交流ホームも設置されており、地元住民などにも広く開放されている。
大浴場には、菊川温泉の源泉から湯が引かれており、毎日温泉が楽しめる。泉質は、ナトリウムや炭酸水素塩、塩化物となっており、神経痛や筋肉痛、関節痛、痔、冷え症などに効果が期待できる。
おいしく食事が取れるよう利用者の口腔ケアに注力
同施設で積極的に行っている取り組みとして、口腔ケアがある。
食事が取れない利用者に、歯科医師が義歯の調整をし、スタッフが歯磨きを徹底して行ったところ、経口摂取が可能になったということがあった。そこで、口腔ケアの重要性を再認識したという。
訪問診療に来る歯科医師が、どのスタッフでも同じケアができるよう、「OHAT」という評価指標を用いて記録を標準化する方法を指導。口腔ケア委員会を立ち上げ、勉強会を開き、スタッフがスキルアップに取り組んだ。
その結果、スタッフの意識が高まり、技術も向上。利用者の口の状態も改善されたがまだ理解が十分でなく、改善の余地があるため、今後も継続して学んでいき、利用者がおいしく楽しく安全な食生活を最期まで送れるよう、支援することを目指していくという。
【キラリと光る取り組み】
「口腔ケアの意識改革に向けて」――OHATで共通のスケールを
「令和3年度全国老人福祉施設研究会議(鹿児島会議)」最優秀賞受賞
きくがわ苑 看護職 藤本洋子さん・介護職 西 彰人さん・生活相談員 竹永裕子さん・ インタビュー
――この取り組みを始めたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?
藤本:以前は利用者の方の口腔内に不具合が生じたときに、歯科医師に連絡し往診を依頼していましたが、先生が忙しく、なかなか当施設に来られないことがありました。そこへ、2014年に歯科を開業された先生があいさつに来られ、その先生が訪問歯科診療に力を入れられているということを聞き、訪問診療をお願いしたら週1回定期的に来ていただけることになりました。ちょうどその頃利用者の方が食事を取ることができなくなり、こちらとしても食事形態の工夫や検査、薬の調整などを行ってはいたのですが、なかなか回復しませんでした。そんな中、訪問歯科診療をしていただき、義歯の調整や口腔ケアをすることで食事が取れるようになったのです。終末期の方でも、本人や家族の方の「最期まで口からおいしく食事を取りたい」という思いがある中で、私たちも同様の考えであり、望んでいたケアだったので、歯科医師が訪問されることで、直接歯に関する助言を聞くことができ、私たちも口腔ケアに関することを学んでみたいという気持ちになりました。先生のさまざまな助言の中で、歯磨きの時間が長くなり、いろいろな種類の器具を使うようになって、職員の意識が口腔ケアに向くようになったと思います。
西:利用者の方の歯の汚れを指摘されることも多く、スタッフによって口腔ケアのやり方もバラバラでした。そこで、歯科医師の指導をいただきながら、勉強をしていくことになりました。
――この取り組みは、具体的にどのようなものだったのでしょうか?
藤本:初めにOHATがどういうものか分からなかったので、先生に講義をしていただき、勉強会を行いました。研修を受けたスタッフが一部だったので、それをビデオに撮ってみんなが見られるような体制も整えました。勉強会の後に、先生の助言を聞きながら、定期的にOHATの評価を行っていきました。利用者の方を決めて、2、3カ月おきに評価し、どのように変わっていったか、同じように評価ができているか、というところも見ながら勉強していくのです。また、口腔ケア委員会を立ち上げ、苑長も含め、多職種でこの取り組みについて話し合いました。
――皆さんが勉強会を行った際の気付きがありましたら、教えてください。
藤本:初めにスタッフにアンケートを取ったところ、歯磨きの回数や時間、使用器具などにバラつきがあったことなどが分かり、課題を把握することができました。そこから勉強会を行うことで、スタッフの間にやらなくてはいけないという意識が高まってきて、前向きに取り組むようになりました。
西:今まではただ歯を磨くことにしか意識がなかったのですが、OHATという指標のおかげで、みんなが共通して評価ができ、歯茎まで目が届くようになり、歯を見る視野が広がったように思います。
竹永:私は初めてOHATというものがあることを知りました。また口腔ケアをする前と後ではこんなに違うのかと驚き、口腔ケアの大切さを身に染みて知り、これからこのことを伝えていかなくてはいけないと感じました。
――この取り組みをなされた成果は、どのようなものがあったのでしょうか?
藤本:この取り組みの後に、スタッフにアンケートを取ったところ、やって良かったという意見がすごく多くて、意識が変わったなと思いました。また、利用者の方の口の状態が良くなったことにより、自分たちのケアが利用者の方にいい結果を与えているということが、スタッフの自信にもつながっています。
――利用者の方の反応というのは、どのようなものがあったのでしょうか?
藤本:口臭が少なくなった、唾液の分泌が増えた、あまり食べられなかった方が食べられるようになった、と喜ばれています。
西:口の中がきれいになることに喜びを感じておられ、歯磨きの時間も長くなりました。毎週の歯科医師の往診を楽しみにされ、その曜日になると早めに準備して並んで待っている方もおられます。
竹永:口の中を触られて痛くて嫌がられる利用者の方もおられるのですが、歯石を取ることで、口腔内のいい状態が保てるため、そこをスタッフとしてはなだめながら受けていただくということもあります。
――今後、さらに取り組まれたい課題がありましたら、教えてください。
藤本:勉強会を行うようになってから、OHATを正しく理解できているか聞いてみると、スタッフの半数以上が自信がないという返事でした。今後は精度を上げていくのが課題です。「OHATが正しく評価できるようになると、訪問診療の要否判断ができるようになります」と先生も言われていました。まだまだケアにバラつきがあって統一されていないので、どのスタッフでも同じように正しく行えるよう、もっと勉強していきたいと思います。
社会福祉法人菊水会 特別養護老人ホーム
きくがわ苑
〒750-0317
山口県下関市菊川町大字下岡枝1064番地
TEL:083-287-1220
URL:https://kikusuikai.jp/
[定員]
特別養護老人ホーム:84人
(従来型:54人/ユニット型:30人)
ショートステイ:16人
デイサービス:35人
撮影=山田芳朗/取材・文=石黒智樹
社会福祉法人菊水会
1998年、山口県豊浦郡菊川町(当時)に設立。青柳龍平理事長の下、「家庭の延長」「地域に開かれた法人」を基本理念に、1999年の特別養護老人ホーム「きくがわ苑」開設をはじめとして、ショートステイ、デイサービスセンター、居宅介護支援事業所、グループホーム、障害福祉サービス事業所、さらに複合型ケアタウン「にじの丘」を開設するなど、社会福祉事業を行っている。