福祉施設SX

全国施設最前線

第2回 北海道稚内市 社会福祉法人 稚内市社会福祉事業団

社会福祉法人 稚内市社会福祉事業団
地域ニーズに沿う施設づくりと職員が誇りをもって働くことのできる職場環境を目指し、2009年、民営化。経営理念は「尊敬と感謝、自己発展を忘れず、社会貢献と信頼の確保に努めます」

目指すのは
〝働きがいのある〟
職場づくり

行政主導の組織を2009年に民営化

 空港から車で約30分。社会福祉法人 稚内市社会福祉事業団の拠点があるのは〝日本のてっぺん〟とも称される最北端の街、北海道・稚内の西側。

 ノシャップ岬に程近く、後方を山に、前方を日本海に挟まれた当地からは、晴れた日には海の向こうに雄大な利尻富士を望むことができます。

 そんな風光明媚な自然環境のなか、広大な敷地内では従来型特養「富士見園」を中心に、ユニット型特養、養護老人ホーム、デイサービスセンターなど6事業所が運営され、当地から車を20分ほど走らせた市内には、単独型デイサービスセンターや居宅介護・在宅介護支援センターが設置されています。

 「社会法人格をもつ団体として法人設立されたのは1989年のことです。当初は地方自治体からの受託経営を行う第三セクター方式で運営を行っていました。その後、名称と業務のすべてを継承し、2009年に民営化を果たしました」と話すのは、同法人の常務理事で総合施設長の満保和吉さん。  

 念願だった民営化を果たした後、就労継続支援B型事業所や共同生活援助事業所などにも事業を広げ、今日まで地域の福祉ニーズに沿う業務に取り組んできました。

事業継続のために必要なのは働きがい改革

 「現在、特養の入居率は約98㌫、デイの稼働率も85㌫と全国平均と比較しても高水準。その背景にあるのは稚内市の高齢化率です」と話す満保さん。人口3万572人のうち、65歳以上が約35㌫を占める稚内市(2024年4月1日現在)。その一方で、働き手世代の流出が進んでいるといいます。

 「そこで大切になるのが職員の確保です。稚内は風が強く、冬は暴風雪で通行止めになることもあり、それがリクルート活動のネックですが、地域の福祉ニーズに応えるために、利用者さんや職員にとって魅力ある職場をつくり、事業継続することが重要だと考えています。最近、働き方改革といわれますが、我々が目指すのは〝働きがい改革〟です」

 早速、同法人の取り組みをご紹介しましょう。

❶法人内では施設の職員の声を通して仕事のやりがいを紹介する動画撮影も実施。YouTubeでも公開中 ❷特養や養護の食事は旬の食材と献立にこだわり、総合厨房で自前調理し提供 ❸特養ではICT機器を積極的に導入し職場環境の整備や業務効率化を図っている ❹個室と多床室が並ぶ従来型特養。ここからユニット型特養や養護へは渡り廊下でつながっている

 

「求められる施設であるために、
ブランド力を高めたい」

水耕栽培事業で利用者の自立をサポートしながら地域に貢献

 働きがいのある職場づくりで職員の定着を図り、よりよいサービスをもって事業継続を図る。そんな好循環を生み出す取り組みの一つが、福祉事業による地域貢献―事業所内での水耕栽培活動です。

 「当法人では、就労継続支援B型事業所(一般企業などで雇用契約を結んで働くことが難しい方に対して就労の機会や生産活動の場を提供する施設)の活動として、以前から事業所内で病院のユニホームなど〝公共機関〟を対象としたクリーニング業務を行ってきました。それに加えて2017年からは施設内でフリルレタスの水耕栽培をスタートさせたのです」

 事業所内の空きスペースを改装して設置した完全閉鎖のクリーン環境に5台の装置を並べ、自然環境を人工的につくり出し、フリルレタスを無農薬で栽培。えぐみが少なく日もちのよいフリルレタスは「最北の野菜工場ひかり菜」と名付けられ、現在、市内や離島のスーパーなど22店舗で販売中。その年間収穫量は約9㌧、安定した利益につながっています。

 「この活動で利用者さんの活動収入を上げるとともに、生産活動をしながら地域貢献を行い、事業所の認知度アップを図れれば。そして、施設法人としてのブランド力を高めていきたいと思っています」

内部研修や発表会、実習生の受け入れなど地道に丁寧に

 同法人では2017年から年に数回、外部講師を招いて人材育成やスキルアップのための研修会を開催。そして2022年からは全職員を対象とした「実践発表会」もはじまりました。

 「『実践発表会』というのは、自分の仕事の成功事例や失敗事例を20分ほどの時間にまとめて発表するもので、介護職のほか、看護や事務、厨房など、職種や肩書不問で参加してもらっています」

 こうした機会を通して普段の仕事を振り返り、新たな気づきを得ることで、業務への向き合い方を明確にし、仕事へのやりがい、よりよいサービスの提供につなげようとしているのです。

 「前年度は退職者の多い年ではありましたが、一方で今年4月までの間にこの小さな街で12人の職員を新たに採用できました。法人HPのリニューアルや職場紹介動画作成、地元ハローワークとの連携など、我々の地道な取り組みが奏功していると感じます」

 一昨年からはインドネシアから外国人技能実習生3人の受け入れも開始。そのための職員住宅には、仮設住宅などで近年注目を集めるムービングハウス(移動式の木造住宅)が選ばれました。

 「この住宅はもともと北海道で生まれたものなので、高断熱・高気密。しかも工場で完成させて搬入されるので、運び込まれた日の夕方には完成しているという迅速さも魅力です。敷地内には現状4住戸ありますが、今年さらにインドネシアから4名の実習生が来るので、新しい職員住宅を今ある職員住宅の隣に建てる予定です」

 加えて2020年には、福祉法人の理念を内外に伝えるロゴマークも誕生。満保さんいわく、「オレンジは大地、グリーンは利尻富士や最北の碑をイメージし、全体で見ると人が笑っているように見えます。このマークを通じて、福祉の力で稚内を支える我々の使命をあらわすとともに、笑顔を絶やさずに職務に邁進する誓いを表現しています」

 働きがいのある職場の礎となる、組織のブランド力アップの取り組みは、これからも続きます。

❶温水を用いて行われるクリーニング業務。現在、33名の施設利用者がプレスや乾燥などを行っている ❷就労継続支援B型事業所内にある完全密閉型の植物工場。ここでは利用者7名が作業にあたる ❸種まきから収穫までは35日間。無農薬で育った「ひかり菜」は洗わずに食べることができる

❹「希望の家」と名付けられた敷地内に建つ職員住宅。1戸あたりの専用面積は33.14平方㍍ ❺職員住宅の内部には木が多用され、冷蔵庫やエアコンも完備されている ❻年1回、自身の業務における”気づき”を発表する「実践発表会」は、職員同士の学び合いの場

 

 

 

 

昨年開催された「第2回JSフェスティバルin岐阜」の実践研究発表において、社会福祉法人 稚内市社会福祉事業団が運営する養護「富士見園」の施設長・山内正人さんの『災害は〝もしも〟の話じゃない‼ ~防災力強化の実践~』が最優秀賞を受賞。その取り組みについてお話をうかがいました。

 

―この研究をする背景について教えてください

 稚内は自然豊かな半面、我々の施設の一部は土砂災害警戒区域で津波浸水地域にも該当しています。また、冬には毎年のように暴風雪が発生するなど、災害リスクの高い地域でもあります。そのため、これまでさまざまな災害対策をしてきましたが、訓練の中心は避難誘導実技で、マンネリ化が否めませんでした。もっと職員一人一人の防災意識を高め、発生時に生きる対応力・判断力を養わなければと思い、有効な訓練を考えるなかで行き着いたのが、災害図上訓練です。

 そして、我々が行った初回の訓練から参加者が職種や立場を超えて積極的に発言をし、ポジティブな結果が出たことから、これは防災力強化につながると実感し、研究テーマに選びました。

 

―災害図上訓練とはどういうものですか?

 この地域で起こりうるリアルな災害想定シナリオを作成し、それをもとに当施設でどんな被害が想定されるか、またどんな対応ができるか、被害を防ぐためにどんな事前対策が必要かなどをグループごとに自由に話し合い、その内容を施設の平面図にどんどん書き込んでいくというものです。

 普段自分たちが働く施設なので、平面図を見ただけで、どういった被害が起こるか想像がつきます。例えば、「ここには大きなガラスがあるから、割れてケガをする人が出そうだ」→「ならば最初にこの場所の対処が必要だ」→「この時間帯に対処にまわせるスタッフは誰がいるだろう?」といった具合です。

 

―災害想定はどのように設定するのですか?

 稚内で過去に発生した災害や起こりうる可能性が高い災害を想定しています。例えば2022年度の訓練では「数日前に強い地震が発生した中、今夜から激しい降雨が予想されている。土砂災害に警戒が必要」という状況からスタートしました。その状況への対応をグループごとに20分ほど話し合った後、「翌日には市内全域に避難指示が発令された」など、複数の情報や被害想定を付与し、さらに対応を話し合っていきます。

 

―参加者の意見をうまく引き出すのが重要ですね

 そうです。そのために訓練では役割分担を決めています。最初に「コントローラー(進行管理者)」が訓練の目的や方法を参加者に説明した後、各グループのファシリテーターが、災害想定に対して今何をしなければならないかを前提に、皆が活発に意見を言える場づくりを行います。

 

―話し合う際のルールなどはあるのでしょうか?

 参加者には最初に、「判断・結論を出さない」「ユニークなアイデアを歓迎する」「質より量を重視する」「出たアイデアを合体して発展させる」といったことを話します。それでも話し合うなかで一つのことにこだわり、その話ばかりになることもありますが、訓練では狭い部分を深掘りせず、広く浅く、気づいたことをどんどん言ってもらうことが大切です。

 

―この訓練によってどんな変化がみられますか?

 参加者のアンケートを見ると「各施設のスタッフと話し合うことで、他施設の環境を把握でき、事業所の垣根を越えたやりとりができた」「楽しみながら訓練できた」といった意見が多く寄せられています。実際、身のまわりで起こりうる危険や被害が可視化できるので、年に一度、この訓練をすることで防災力強化にとどまらず、組織力や地域への信頼性も高まってきたと感じています。  これからも何のために訓練をするのかを明確にした上で、継続的に行っていきたいと思っています。

 

〈災害図上訓練の流れ〉 ❶最初に訓練の目的や方法などを説明。その際、地域で起きた直近の災害映像を流して臨場感を出す ❷自治体の防災計画を参考に作成した災害想定シナリオを、訓練参加者の前で発表する ❸その災害想定から、どんな被害が考えられるか、どんな対策が必要かをグループごとに自由に話し合う

 

❹テーブルに置いた施設平面図に発言内容を直接書き込み、共通理解を深めながら議論を発展させる ❺最初の災害想定の翌日といった設定で2回目災害想定を付与し、対策について再びグループで話し合う ❻訓練の後に、地域の消防署や警察署、町内会など、外部立会者から講評をもらう

 

 

社会福祉法人 稚内市社会福祉事業団
●稚内市富士見5丁目1178番地の1 ●tel.0162-28-1060●定員:特養140 名、養護50名、デイサービスセンター41名、グループホーム15名 ●https://www.wakkanai-fukusijigyodan.com/

撮影(満保氏、山内氏)=出村賢志/写真提供=社会福祉法人 稚内市社会福祉事業団/取材・文=冨部志保子