アーカイブ

特集(制度関連)

[スペシャル対談]大山知子(全国老人福祉施設協議会会長)×北本佳子(昭和女子大学大学院教授)多様化する介護業界の中で女性が活躍できる職場環境創出へ!

2023.07 老施協 MONTHLY

女性初の会長となった大山知子新会長と10年来のお付き合いだという北本佳子理事。
今回は“戦友”とも言えるご両名に、介護報酬や女性活躍についてざっくばらんに語り合っていただいた。



全国老人福祉施設協議会会長

大山知子

(写真左)Profile●おおやま・ともこ=全国老人福祉施設協議会会長、栃木県老人福祉施設協議会会長、社会福祉法人蓬愛会理事長


昭和女子大学大学院教授

北本佳子

(写真右)Profile●きたもと・けいこ=昭和女子大学大学院生活機構研究科福祉社会研究専攻、人間社会学部 福祉社会学科教授 博士(人間学)、社会福祉士、精神保健福祉士、全国老人福祉施設協議会理事


プラス改定は命を守るため その理解を促し交渉に挑む

 会長当選のあいさつでは、今後取り組む課題として「4つの柱」を掲げた大山会長。中でも最重要課題として、次期介護報酬改定でのプラスを勝ち取ることを挙げる。ここに切り込んでいく戦略について、まずお二人に聞いてみた。

大山「それは秘密兵器ですから明かせないです(笑)。微々細々に組み立てていかないと。ただ言えるのは、マイナス改定は法人経営に打撃を与えるだけではないということ。介護崩壊につながりご利用者や地域にも間接的に影響を与えて、ひいては社会崩壊にもつながり得るのです。そこをきちんと整理した上で、丁寧に交渉を重ねていく必要があると思っています。特に収支状況等調査などのエビデンスも非常に大切になりますね」

北本「そうですね。その点のエビデンスについては、私たち研究者も協力したいと考えています。また、私の立場から改めてお伝えしたいのは、皆さんの仕事は、入居者の方や地域住民の方の生活や命を守るための仕事であること。それをご理解いただくことが大切ではないかと思います」

大山「おっしゃる通りです。極端に言えば命=(イコール)財源。命を守るためには安定した財源が必要とご理解いただけるよう訴えていければと思います」

“無意識の偏見”を捨てて男女問わない適材適所を

 初の女性会長となった大山会長は、「4つの柱」の一つに「女性活躍の社会実現の促進」を掲げた。女性管理職の3割増を目指しているが、現状ではなかなか女性が管理職に上がってこないという実態がある。なぜなのだろうか。

大山「個々人がそれまで培ってきた価値観や家庭生活の在り方などさまざまな状況が影響しているので、一概に何が原因かを述べるのは難しいです。分析が必要と思いますが先生はどう思われますか」

北本「女性にも男性にも、“アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)”があります。女性は管理職になりたくないのではないかと考えたり、女性自身が自分は管理職には向いていないのではないかと考えたりしてしまう。そうではなく、男女問わず適材適所で考えることが大切です。今回、大山会長がトップに立ったことで、『女性でもトップになれる』『女性がトップになったのだから私も頑張ろう』という大きなエンパワーメントが現場に届くように思います」

⼥性の視点が⼊ることで政策提⾔もプラスに(北本)

女性が多いこの業界だから積極的に女性活躍を推進

 北本理事はバイアスにとらわれず適材適所を求める大切さを語る。しかし、女性が多い介護業界で、女性の積極的な発言は決して多くないのが現状だ。発言の機会が増えていくことで、女性の思いも伝わりやすくなるはずだが。

大山「例えば総会などで、意見を言うのはほぼ男性だけ。女性も発言する勇気を持ってほしいですね。そこで意見でも反論でも、やりとりが生まれることで、生きた会議になっていきます。指名すればしっかりと答えるのに、どうして引っ込んでしまうのでしょう?」

北本「総会のような場で、女性が発言すべきではないと思っているのかもしれません。その意識を変えていくことは大切ですね」

大山「そうですね。誰でもディスカッションできる雰囲気づくりは、私たちの責務の一つでもあります。そういう小さなことから少しずつ変えていかないと、いきなり女性のキャリアアップといっても浸透しませんから。女性が多いこの業界だからこそ、意識改革、女性活躍に着手していかないと」

北本「今回、大山会長もそうですが役員の3割が女性になりました。この方たちの活躍をもっと全国老施協がどんどん発信してほしいです。研究によると、女性同士のネットワークがあるとそこから発信しやすいと言われています。施設の中にとどまらず、施設を超えたネットワークをつくり、発信していってもらえるといいですね。そして介護業界の中だけでなく、社会全体に対して女性がどんどん活躍していることが伝わると、福祉や介護の仕事のイメージアップにもつながっていくと思います」

女性が活躍できる社会は男女共に働きやすい社会

 一方で「女性活躍」の強調は、「女性を優遇するということではないか」という誤解を招く恐れもある。その点について、どのように考えているのかを尋ねてみた。

大山「確かに、女性のキャリアアップとか女性進出とか掲げなくても“男性も女性も”働いている現場であり、なぜあえて“女性活躍”なのか?という声も聞きます。ただ、日本はまだ男女共同参画の意味合いが十分に浸透していない面があります。男女共に特性を生かしながら切磋琢磨し、お互いにレベルアップしていく。それをサポートできる団体でありたいし、そういう機会を設けることで皆さんにも意識していってほしいです」

北本「生活の視点は、男性だけでは分からない部分が多分にあると思います。女性管理職を増やすことは単なる数の問題ではなく、女性の視点が入ることでのプラスが大きい。生活の場の実態がより分かるので、ご利用者にとっても、政策提言の際にも強みになるのではないかと思います。それに女性が働きやすい社会は男性にとっても働きやすいはず。男女共同参画社会とは、“男女共に働きやすい社会をつくる”ことなのだと、理解していただくことが大切ですね」

女性が働きやすい社会は男性にとっても働きやすいはずです

職種別性別
※介護労働安定センター「令和3年度介護労働実態調査」より
介護職員の平均給与額等(月給・常勤の者)、性・年齢階級別
※厚生労働省「令和4年度介護従事者処遇状況等調査結果」より

自身の趣味や特技を生かして各々が地域貢献に取り組む

“男女共に働きやすい社会”となった先には、果たしてどんな社会が待っているのだろうか。

北本「もう少し進んでいくと、“男性・女性”の枠を超えて、“一人一人”になっていくと思います」

大山「ダイバーシティー(多様性)の実現ということですね」

北本「そうです。男性だから力仕事、女性だから調理という考え方をやめて、一人一人の強みを生かす。この発想がない限り、ご利用者一人一人の個別支援はうまく進まないと思います。ご利用者の支援をするためには、職員も個々の強みや特技を活かしていくことが大切です。大山会長の法人では職員の方がヨガ教室など、特技を活かして活躍されていますよね」

大山「そうです。事務のAさんはヨガが得意、介護職のBさんは歌が大好きなど、特技をチョイスして地域交流のスケジュールを組んでいます。それを見た地域の方が、例えば『ヨガをやりたい』と集まってくださって。無料で提供しているので、職員の勤務時間内に特技を活かしながら、好きなことを通して地域の方にも喜んでいただける。入所している厳しい状態の方たちだけではなく、元気な地域の方たちとも触れ合う機会があることは、職員にとっても大変意義があると考えています」

 大山会長の法人でのそうした取り組みをはじめ、意義深い独自の取り組みをしている法人は少なくない。良い取り組みを共有し横展開できれば、施設全体のレベルが上がっていくのではないか。

大山「例えば、令和3年から4年にかけて、ICT導入モデル事業を全国8カ所の実証モデル施設で実施しました。今はまさにこれを横展開しようとしているわけです。それと同じように、女性のキャリアアップ推進も横展開したい。プライベートとの両立、セクシュアルハラスメントへの対応など、好事例の推薦を受けて、その取り組みを伝えていく。そうすることで、女性活躍がもっと浸透するのではないかと思っています」

女性活躍推進を横展開でもっと広めていきたい(大山)

女性活躍の先駆けとなった30年前に誕生した女性施設長

 女性活躍のロールモデルでもある大山会長の法人では、約30年前の’94年に、大山会長の後任として栃木県で初めてとなる現場出身の女性施設長が誕生している。当時は行政のOBが施設長に就任することが多かった時代。現場生え抜きの女性施設長は、どのようにして誕生したのだろうか。

大山「一番には、もう行政OBに頼る時代ではないと感じたことですね。現場を知っているのはやはり現場職員ですから。当時は女性が約9割で、男性は管理職の生活相談員と施設長がほとんどでした。そして現場は女性ばかり。そんな中で、子育てを終えた40代の女性職員で、非常に向学心にあふれ、現場で経験を積んで介護福祉士の資格を取得した人がいました。その女性が適任と思い『施設長になりませんか』と声を掛けてみました。驚いた女性は『えー、困る』と。でも家族に相談したら『こんなチャンスはめったにない。やらないで断ったらもったいない』と応援してもらえて。施設長になった彼女は周囲からお手本として憧れられました。現場職員でも女性でも施設長になれると。その後、女性の施設長が増えていきましたからその先駆けだったと思います」

北本「そうして女性が地位を得て活躍することで、男性も楽になる部分、安心できる部分があると思います。男性が大黒柱で、全てを背負う。それは結構男性にとって心理的に負担ですよね。それが、女性が活躍することで、家庭に2本の柱ができる。女性活躍は介護現場にもプラスですが、家庭の中でもプラスになります。奥さんが活躍することは、男性にとっても誇りになると思います」

大山「でも実はこの業界、性格的に優しくておとなしい人が多いからか、企業のように競争してリーダーを目指す人は、男女問わず少ないかもしれません。現場が好きな人が多いのです。人が好きなのか、何なのか…これも分析していかないといけないですね」

初の女性施設長は女性職員たちの憧れの存在になりました

現在の仕事を選んだ理由(複数回答)
※介護労働安定センター「令和3年度介護労働実態調査」より

高齢者を支える自分が高齢者に支えられている

 高齢化のピークと少子化が重なり、さらなる人材不足が懸念される“2040年問題”が徐々に近づいてきた。若者たちに、介護の仕事の魅力を伝えるとしたら、どんな言葉になるだろうか。

大山「介護の仕事は、自分の心模様の中に“何か”をキャッチできる。触れることができる。高齢者を支えるために働いているのだけれど、反対に自分が支えられてもいる。そんな意識があるんです。先ほど介護職は優しいという話をしましたが、優しい部分は弱い部分でもあります。高齢者の持つ弱さと自分の弱さ。それをやりとりするコミュニケーションが、支え、支えられることであり、対人援助職の醍醐味かもしれません。先生からご覧になるといかがですか」

北本「かつて介護は、『危険・キツい・汚い』の3Kだと言われていました。でも今は、『感謝・感激・感動』の3Kだと。人は、助けられるより助けることで、自分の存在意義を感じられると言います。そういう意味で、介護はその意義を感じやすい仕事ですね」

大山「先ほど、当法人では趣味や特技を活かして活躍する職員がいる話をしました。そうして特技を活かしながら地域との接触が増えていくことで、仕事の意義も意識も変わってきています」

北本「そうなのですね。今の若い人たちには、社会の問題を解決したいと考えている人がたくさんいます。介護現場で人の役に立ちたいという純粋な気持ちは素晴らしいですが、それだけで続けていくのは結構しんどい。しかし今は、地域共生社会、地域包括ケアがうたわれ、地域との関係でできることが増えています。介護の仕事も施設の中だけでなく、広がりが出てきていると思います」

大山「それを内にこもらず、発信していくことが大事ですね」

北本「そう思います。これまではそういう魅力の発信が弱かった。これからは保護者の方々にも、介護を仕事にしている自分の子供は、ただ介護をしているのではなく、自分を生かしながら地域の生活を支えているのだと理解していただけるといいと思います」

 本日はありがとうございました。

対談を終えて
10年来のお付き合い。立場は違うが目指す方向が一緒だから波長が合う

大山「先生とは、老健事業の頃からもう10年のお付き合いになりますよね」

北本「そうですね。栃木に講演で呼んでいただいたり、東京でも委員会の後にみんなでお食事に行ったりね」

大山「先生とはリズムが合いますね」

北本「大山会長とは立場は違うけれど、目指す方向が同じなので、多分、波長が合うのではないかと。大山会長は、大胆に行動しつつ、いろいろな気配りをしながら進めていく。この進め方は、これからの新しいリーダーシップの象徴になるのではないかなと思っています」

大山「あら、褒められちゃった(笑)。先生は、会議などでご一緒すると、鋭いコメントをしっかりされるんですよね。言うべきことをきちんと整理しておっしゃる。こちらもそれに引き込まれていくのか、話しやすいんです」

北本「言い方もストレートだからね。何でもはっきり言うし、裏表がないのです」

大山「そこは共通していますね。先生には、ハッパをかけられることもあります。『自分からもっとどんどんいくべきよ』って、背中を押してくれますね」

北本「主体性を持ってもらいたいことについては、結構強く言ってます(笑)」

大山「今後ともよろしくお願いします」


撮影=磯㟢威志/取材・文=宮下公美子