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全国老人福祉施設協議会が推進する新しい介護
ロボット・ICTと共存する次世代高齢者福祉①
2023.02 老施協 MONTHLY
介護人員不足解決を目指し、老施協が推進する、全国老施協版介護ICT導入モデル事業とは? 「第1回全国老人福祉施設大会・研究会議〜JSフェスティバル in 栃木〜」で行われた現場のリポートを含めて徹底解説。
介護人員不足を解消するICT・ロボットの導入
これまでも繰り返し述べられている通り、少子高齢化の影響による介護人員の不足は、介護老人福祉施設にとって切実な問題となっている。その上で、入居者へのケアの質を高めながら、職員の負担を軽減しなくてはならず、政府においては、介護職員の処遇の改善や多様な人材の確保・育成、離職防止といった総合的な介護人材確保対策に取り組んでいる。
人員不足を解決する手段として、注目されているのがICT機器・介護ロボットといったテクノロジー。厚生労働省ではここ数年、介護現場におけるICT化を推奨しており、ICT機器・ロボットの導入や開発支援を強化している。
しかし、施設へのテクノロジー導入は進んでいないのが現状。公益財団法人介護労働安定センターによる「令和3年度介護労働実態調査」によれば、原因として「導入コストが高い」「技術的に使いこなせるか心配」「どのようなシステムがあるか分からない」といった回答が多く寄せられている。
そうした現状を打開すべく全国老人福祉施設協議会(老施協)でも、令和3年度から4年度にかけ、全国8カ所の実証モデル施設(特別養護老人ホーム)にICT機器を導入する「全国老施協版介護ICT導入モデル事業」を実施した。
この導入事例からの分析を基に、ICT機器・介護ロボットの導入へ向けたプロセスを、ガイドラインとしてまとめている。最終的には、このガイドラインを基に、ICT機器・ロボットの各施設への普及促進を目指していく。
ここからは、ICT機器の導入が施設にどのようなメリットをもたらすのか実例と共に確認しよう。
介護施設の現状
なぜICTが高齢者福祉を助けるのか?
どのように介護ICTを導入して、どのように生かしていけばいいのか? 導入のプロセスや現場の声、トライアルの必然性などを老施協版の導入ガイドラインから読み解いていこう。
ICT機器を導入する前に現場の問題を洗い出す
厚生労働省老健局認知症施策・地域介護推進課による「令和2年度ICT導入支援事業 導入効果報告まとめ」で、実際に機器を導入した事業所の調査結果が記されている。その中には、介護記録システムやタブレットなどを導入した介護事業所の多くで、「直接ケアにあたる時間が増加した」「職員の心理的負担が減った」「支援の質が上がった」という声が上がった。
顕著だったのが入居者への直接ケア時間の増加(下のグラフ参照)。7割近くの施設で効果が見られ、うち5.8%の施設では180分以上増加したという。
では効果的なICT・ロボットの導入には、どのような考えを持って臨んだらいいのか。老施協では、こうしたデータをにらみながら「全国老施協版介護ICT導入モデル事業」の実績を踏まえた介護ICT機器・ロボットの導入へ向けた行程をまとめている。ここでは、そのガイドラインに沿って、有効的なICT導入へのプロセスを紹介していこう。
まずICT機器を導入する際に、最も重要なポイントは、施設として導入の目的・狙いを明確にすることだ。そのためには、今、現場でどういった問題が起こっているのか、現状を把握するところから始めていくことが必要となる。
施設によっては、入居者の転倒事故を防ぐため、居室の見守りにマンパワーを割かねばならない時間が多いというところもあるだろう。介護記録・確認などの間接業務の負担が大きくなり、本来やるべき入居者のケアに影響が出る、という課題も多く聞かれる。さらにそのケア業務において、情報共有時間の不足などから、職員間の作業の質にばらつきが生じる…など、施設によって問題の質も当然違ってくるはずなのだ。
Check
ICT導入によって、ケアの質を維持できる
介護記録システムなどを導入した介護事業所2553カ所のうち、直接ケア時間が増えたのは計68.6%を示し、増加時間には差があるが、おおむね負担が軽減されたことが示されている。また同時期に調査された「削減した間接業務時間」では、30~60分削減できたと答えた事業所が多く、その分、直接ケアに時間を割けたのだろう。もちろん新規機器の導入には、慣れるまでに効率が落ちる期間もあるが、課題克服をすれば早期のU字回復も見込めるはずだ。
増加した直接ケア時間
施設全体の話し合いによって明確な改善点を打ち出す
こうした個々の課題を細かく把握するためには、管理職などのトップだけで施策を決めるのではなく、現場で働く職員たちを巻き込むことが必要となる。例えば、プロジェクトチームを結成し、課題を洗い出せば、テクノロジーの導入によって何をどのように改善したいのかを明確にしやすくなる。
ただここで、いきなり大きな目標を掲げるのではなく、小さくとも確実な成果を得ることを考えた方がいいだろう。職員たちが機器を日常的に使いこなせる範囲から始めることで前ページに挙げた実態調査のような「技術的に使いこなせるか心配」というハードルを乗り越えることができるはずだ。
そして、コスト面を考える意味でも、中長期的な目線での業務改善を目指し、効率化を果たした上で、施設としての将来的な展望まで方針を立てることが望ましい。こうした議論のコンセンサスを、施設全体で取ってテクノロジーの導入を行うことが、ICT機器導入成功への大きなポイントである。
目的と求める効果を見極めてトライアルを行う
次のステップとして、導入する機器の選定を行うことになる。
現在、複数の事業者によって、さまざまなサービスが展開されている。その中から選択した事業者と十全なコミュニケーションを取りながら、予算や、現場の課題へのマッチ度を踏まえて、デモやトライアルを行っていきたい。
例を挙げてみよう。先述のような、入居者の見守りという課題があるとする。実はこれを解決するための「見守り・コミュニケーション機器」は現在、施設導入率の高いICT機器である(公益財団法人介護労働安定センター調べ)。
だが、見守りのための機器・サービスとしては、「離床・転倒察知型」と「状態把握型」という大きく2つの種別に分けられる。大まかに前者はセンサーなどで危険な動作の予兆を検知するもの。後者はカメラや通信機器で健康状態などを確認するというタイプである。
しかし使用の目的が、重度な症状を持つ入居者の見守りなのか、それとも多数の入居者を見ることに重きを置くのか…というように、ケースによって導入すべきサービスは、当然変わってくる。そもそもの目的と求める効果、その整合性を吟味する作業がかなり必要となってくるのだ。
また、介護記録などのシステムやナースコール、インカムといった機器間での連携も確認しておくと、より効果的な導入が行える。
Check
ICT導入の目的と狙い
下が、「全国老施協版介護ICT導入ガイドライン」による、導入モデル8施設の導入目的を整理した表となる。「入居者の安心・安全、職員の負担軽減」をとってみても、施設によって細分化されていることが分かる。ICTを導入するには、継続して使用し、効果を得なければならない。そのためにも、施設に合った各自の問題を細かく洗い出して、本当に必要な機器を検討・導入していきたい。
導入のための体制づくりと活用・定着のためのサイクル
こうした流れを経て、導入の段に入るわけだが、施設として機器を十二分に利活用するための体制づくりが必要となってくる。
先ほども例に挙げた見守り機器については、どのようなタイミングで職員に対する通知(アラート)を行うかを設定できる。しかし、あまり頻繁に通知されると、現場の混乱を招くこともあるかもしれない。職員たちが実際に運用しつつ、最適な設定を調整していくための時間を要するのである。
これが最後のプロセス、“導入されたICT機器をいかに活用・定着させていくか”というものだ。
各機器の機能や使い方を職員が理解するためには一定の時間を必要とし、慣れるまでには一時的に生産性が下がる。とはいえ、機器の効果が表れてくると、当然生産性は上がる。新たな技術を導入するどの分野でも起こる「U字の法則」だが、この生産性が下がる期間は、工夫によって短くできる。
実際、老施協のモデル事業を行った施設のリポートによると、見守り機器の適度な通知設定に当初のうちは苦心したが、職員と機器メーカーの担当者を交えて検討会を行い、助言を得て活用できるようになったという意見が見られた。
これらの機器によって蓄積されたデータは、入居者個々の状況把握や個別ケアの促進など、ケアの質の向上に活用できるようになる。
また同リポートでは、夜間の見守りについての事例も報告されている。その施設では定期巡回として夜間2時間おきに安否確認を行っていたという。しかし、見守り機器を導入することによって、オペレーションを変更、定期巡回を4時間ごとにした。それによって夜間職員の休憩が従来よりも確保できるようになったそうだ。
以上のような効果をより向上させるには、PDCAサイクルを繰り返し行う必要がある。すなわち作業効率が落ちないようなオペレーションやルールの変更など、継続的に運用の見直しをすることで、ICT機器を引き続き効果的に利活用できる秘訣となるはずだ。
職員の負担を軽減できるICT機器・ロボット
さて、ひと通りICT機器導入へのサイクルを説明してきたが、下の表に準じて、有効的な機器の種類を説明していこう。
Check
目的に合わせて導入すべきICT機器選びを
導入の目的・狙いが明確になれば、具体的にどういった製品・サービスを導入すればいいかが検討しやすくなる。現在ではそれぞれの分野において多くの製品があるため、複数の選択肢を用意し、コストなど施設の現状に合わせて、選んでいくことが可能だ。加えて、機器・サービスの特長、例えば、他の課題とのデータ連携が取りやすいなども見極めることができる。そのため、ICT機器を使って、どのように介護業務・ケアを変えていきたいか、という中長期的なプランもイメージして選定していくことが大事だ。
ここまで何度か説明してきた見守り機器だが、入居者の睡眠、覚醒といった居室状況が分かるものであれば、職員の訪室の最適化や、肉体的および精神的な面でも負担の軽減ができる。また、睡眠や生活リズムが判断できるタイプの機器であれば、入居者の個別ケア促進を重視した介護を行える。
個別ケアという面では、介護記録システムの導入が効果的。タブレットなどの端末で記録を取っていき、職員間でリアルタイムに情報共有できることがメリットとなる。また、サービスによっては見守り機器の情報や、ナースコールとの連携を行えるものもある。さらには帳票への転記も容易となり、職員にとって記録業務が軽減されるのも大きな利点だ。
タブレット、スマートフォンといった小さな筐体でデータを管理できるだけでなく、記述の方法もより簡便なものとなりつつある。
記録システムによって連携に差はあるが、ここ数年は医療用の音声入力アプリ・ソフトの性能が向上し、導入も相次いでいる。専門用語も含め話者の音声を認識し、文字化することで、タイピングよりも短時間での記録が可能となり、従来に比べて技術も必要なく迅速な情報共有が見込める。
そして、この表には記されていないが、駆動系の介護ロボットも、近年さまざまな医療・介護施設に導入が進んでいるテクノロジーだ。
介護ロボットとは「情報を感知(センサー系)、判断し(知能・制御系)、動作する(駆動系)」要素技術を持つ、知能化した機械システムを指す。先述した見守りシステムも、こういった介護ロボットの一つだが、特に介護職員にとっては、肉体業務を補助するロボットの存在も重要な意味を持ってくる。
なぜなら、日常業務ではベッドから車椅子への移乗や、入浴の介助といった力仕事の比重は非常に大きく、体力的な負担を強いられることになる。キャリアが長くなるほど、腰痛など、その負担が身体に表れることもある。また体力の限界による離職も少なくない。
そんな声を聞き、厚生労働省と経済産業省が開発・導入の支援を促進していることも相まって、現在では装着型のパワースーツや、ベッドが変形する離床アシストロボット、入浴支援用のロボットといった機器が登場している。
若い人材も参加しやすい魅力的な現場づくりのために
このように、ICT・ロボットの技術は確実に進化している。これらを導入することで、日常業務による職員の精神的・肉体的な負担を軽減し、時間的な余裕も生まれる。それにより、入居者と接する時間や、他の作業を増やすことができ、より質の高い介護サービスを提供できるようになるだろう。
また、今後、新たな若い人材に魅力を感じてもらい、就職後も定着してもらえるための現場づくりには、こうしたテクノロジーを利活用することが非常に大きな意味を持ってくるのだ。
だが、導入を成功させるためには施設が一体となって現在の課題と導入目的、明確なビジョンまでを構築しなくてはならない。
前述の通り、ICT機器・介護ロボットの導入はなかなか進んでいないのが現状だ。しかしながら、今われわれを取り巻く社会状況を考えたときに、テクノロジーの導入は、効果的に介護の質を上げて介護職員の処遇を改善するための有効な手段の一つであることは言をまたない。
次回からはテクノロジーを取り入れた施設の実例や識者の意見を取り上げ、導入によって起こる効果や課題などについて紹介する。施設が今、抱える問題を踏まえながら、より良いテクノロジー導入の参考にしていただきたい。
構成=玉置晴子/撮影=山田芳朗/取材・文=一角二朗
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介護ICT導入のこれまでの歩み
現場の生産性向上にまい進する、老施協のモデル事業
10年ほど前から内閣府や厚労省、経産省で議論が活発化し、先駆的な社会福祉法人で取り組みを開始。老施協では令和3年9月より業務委託事業者の選定・委託を行うと同時に、8つの実証モデル施設を選定、11月からは各施設での事業を開始した。その後も補助金の申請・支給、各施設の機器導入に伴う効果測定と分析、各施設へのフィードバックなどを行っていった。令和4年11月にはセミナー動画の配信を開始し、より広い普及を目指す。