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第3回 福岡県田川市 社会福祉法人明和会 特別養護老人ホーム寿楽園
2022.06 老施協 MONTHLY
独自の取り組みでキラリと光る各地の高齢者福祉施設へおじゃまします!
※令和3年度全国老人福祉施設研究会議(鹿児島会議)入賞施設を取材しています
カフェ営業などのユニークな取り組みで、特養の新たな価値を創造
’19年に大幅リニューアルした特別養護老人ホームが中心
福岡県の中央部、福岡市と北九州市の中間地点となる田川市の山に囲まれたのどかな丘の上にある特別養護老人ホーム「寿楽園」。
寿楽園は、’78年に社会福祉法人明和会によって設立、’19年に新築移転し、特別養護老人ホーム(定員100人)、空床型ショートステイ、デイサービス(定員40人)、居宅介護支援の事業を行っている。
建物は、鉄骨鉄筋コンクリートの2階建て。部屋数は、1階が個室8室、2人部屋16室、2階が個室60室、合計84室となっている。
田川市は、人口約4万6000人、高齢化率は約34%となっているものの、それに対して特養の数が多く、定員に空きがある傾向があるため、北九州市や大分県の日田エリアからも入居希望者がやって来て、受け入れているという。
おしゃれな雰囲気のカフェが施設のシンボルマークに
エントランスを入り、すぐ左には、全国展開しているカフェチェーン並みの高いクオリティーであるスタイリッシュなカフェ「チャコールボトル」が併設されている。
寿楽園の施設長である下薗 聡さんは、「特養というと、高齢になって介護を必要とする方がサービスを受ける施設なので、小さなお子さんやその親御さん世代は、特養に一度も立ち寄ったことがないという方が大勢います。いざというときに介護の知識がないと、間違った対処をしてしまったり、途方に暮れ、仕事や家庭とのバランスが崩れてしまいます。そこで、地元の幅広い年齢層の方たちに気軽に立ち寄ってもらい、介護を身近に感じてもらえる場所としてカフェを作りました」という。
チャコールボトルは、市場にわずか5%しか流通しない希少な豆を使ったスペシャルティコーヒーやバスクチーズケーキなどを提供する本格的なもの。専門的な教育を受けた下薗さん自らコーヒーを入れることもしばしばあるそうだ。ちなみに、チャコールボトルという名称は、田川市がその昔、炭鉱の街だったことに由来する。
さらに、下薗さんは、「スリッパに履き替えるのは、人の家に上がるという敷居の高さを感じる」という理由から、施設内は入口から居室に至るまでウオークイン=土足で入場可能としている。
また、テクノロジーを積極的に導入。スタッフ全員にiPod Touchを用意、出勤したらログイン、業務連絡にはチャットアプリのSlackを使用。他にも、眠りスキャンセンサーも導入し、入居者の睡眠状態をモニター、睡眠の質の向上を図る。
食事は、最近では珍しくなった直営型の厨房で、管理栄養士や調理師が入居者一人一人の好みに合わせて手作りで用意。冷蔵から温めまで一台で行う装置を導入することにより、翌朝の食事を前日に作り、スタッフの負担を軽減するといったことも行っている。
施設内の行動基準を策定し従業員の離職率の低下を実現
介護業界全体で慢性的に人材不足がささやかれている中、下薗さんは、採用を軸にした離職率の改善にも取り組んでいる。
それは、経営理念よりも抽象度を低くした“行動基準(バリュー)”を策定し、ホームページ上で公開し、面接では行動基準に共感してくれる応募者のみを採用。採用後は、某有名ホテルの施策をヒントに行動基準を掲載した「クレドカード」というものをスタッフに身に着けてもらい、スタッフ同士で価値観の共有を図るというものだ。
その結果、面接者数や採用者数は減少したものの、離職率が大幅に低下、求人サイトなどの採用コストを掛けずに、同施設にとって“親和性の高い”スタッフを厳選して採用することに成功している。
今後も、入社1年未満の離職率の改善をテーマに取り組みを続けていくそうだ。なお、この取り組みは、「令和3年度全国老人福祉施設研究会議(鹿児島会議)」で最優秀賞を受賞している。
ユニークな取り組みで、特養の新たな価値を創造している寿楽園。今後の姿に注目していきたい。
【キラリと光る取り組み】
「抽象度の幅で考える採用戦略ー失い続けた採用経費を1年間で『0』にした方法」
令和3年度全国老人福祉施設研究会議(鹿児島会議)」最優秀賞受賞
寿楽園 施設長 下薗 聡さん インタビュー
ーーこのような取り組みを行おうとしたきっかけは?
下薗:人材不足が慢性的な問題としてある中で、採用が“穴を埋める”というものになっているという自覚がありつつ、それを認めたくない自分もいて、しょうがないというスタンスでやってきていました。しかし、法人の未来を考えるということに視点を置いたときに、未来もこれをやっているということは、事業としてのサイズが大きくならないなと感じたのです。自分一人の力量やレベルを上げたところで、一人でやれることは知れているので、やはりチームで価値を生んでいくということをやらなくてはいけないですから、強いチームをつくる必要があるし、事業が継続できるという未来をつかみにいかないといけないなと。であるならば、価値観を発信した上で、それを共有できる人たちとチームを組んだ方が未来は明るいなと考えたので、今回、施設内の行動基準(バリュー)という価値観をつくって、それを「クレドカード」というものに掲載し、共有化しました。
ーーこの取り組みをなされて具体的にどういう成果が上がりましたか?
下薗:お互いに価値観を前提として共有しているので、言葉を掛けるのに遠慮が要らなくなりました。それまでは、叱咤する場合に相手がどう受け取るのか、真っすぐ伝えるのか間接的に伝えるのか、シミュレーションしなければならなかったのが、この目的を達成するためにはこう行動すべきというシンプルなコミュニケーションで済むようになったのです。しかし、途中からつくった価値観だと初期からいるスタッフとの整合性が取れないことがあるので、これを実行していても離職する方はいらっしゃいます。
ーーそうした問題はどうして起こるのでしょうか?
下薗:スタッフとしては、マインドもスキルも高い人材が最高ですが、マインドが高くスキルが低い人材と、マインドが低くスキルが高い人材のどちらを求めるのか?となったときに、私たちは、スキル不足は時間で解決できるという考え方を根拠に、まずはマインドを上げましょうという取り組みをしています。なぜ離職が起きたのかというと、このマインドが大事という前提をシェアできていなかったのです。やはり、介護は資格や経験が問われる職人のような文化なので、スキルが高い方の存在感が大きかったりしますが、仕事のクオリティーを自分で決める節のある人から離職していきました。組織が掲げた価値観とは違う方が混在していたのですから、これは起こるべくして起こった離職と見ています。
ーーこの取り組みをなされた後、応募者が減っているのですが、なぜでしょうか?
下薗:私たちが求めているタイプはこういう方です、というのをあらかじめ言っていますから、そこに共感できる方しかエントリーしなかった結果ということです。マスに向けて採用を行わず、ターゲットを絞った結果が、離職率の低下という効果に大きく表れています。求人サイトなどに費用を投下せず、自分たちでマーケティングを強化してホームページを充実させ、寿楽園のロイヤルティーを高めた結果、直接応募も増え、そういった方の離職率が低下しているという結果も出ています。そのために、ブログやメールマガジンなどで、価値観なども発信しています。
ーー今後の課題は何でしょうか?
下薗:さらに離職率を減らし、チームを強くするということを考えていて、それにあたり、既に始めていますが、面接内容を見直しています。まず、条件を擦り合わせるための面接をやめようと。給与がいくらで休みが何日でいつから働けますか?みたいなものはテンプレートとしてやりますけど、ここからが大切で、寿楽園はマインドとスキルをこう考えていて、そのための人材はこういう方で、こういう力を高めてもらえるとありがたい、といった具合に、ここから教育が始まっている感じです。それによって、前提となる価値観を共有できるかどうかが選考基準となっています。つまるところ、誰を仲間として迎えるか?というところに神経を使っていますね。
社会福祉法人明和会 特別養護老人ホーム
寿楽園
〒825-0001
福岡県田川市大字伊加利2091番8
TEL:0947-45-7702
FAX:0947-45-8022
URL:http://jyurakuen.or.jp/
[定員]
特別養護老人ホーム:100人
空床型ショートステイ、デイサービス:40人
撮影=山田芳朗/取材・文=石黒智樹
社会福祉法人明和会
’78年、福岡県田川市に設立。多様な福祉サービスがその利用者の意向を尊重して、総合的に提供されるよう創意工夫することにより、利用者が個人の尊厳を保持しつつ、自立した生活を地域社会において営むことができるよう支援することを目的として、特別養護老人ホーム、ショートステイ、デイサービスセンター、居宅介護支援事業の経営など社会福祉事業を行う。