福祉施設SX
第19回 茨城県 社会福祉法人 北養会 特別養護老人ホーム もくせい
社会福祉法人 北養会 特別養護老人ホーム もくせい
東京ドーム約1個分の広さにあたる43,525㎡の敷地に病院や福祉施設が立ち並ぶ複合エリア「スイコウスクエア」内に2008年開設。医療機関と連携したサービスを提供。全館ユニットケア型個室
幸せに働ける介護職を育む風土改革
北養会が運営する特別養護老人ホーム もくせいが昨年「第3回JSフェスティバル」の実践研究発表に据えたテーマは、「稼働率アップの実践と成果」。その背景には、競合他社との差別化を図る方策として2021年、全床に「眠りSCAN」を導入したものの、予想とは裏腹に稼働率は改善せず、このままでは経営にも影響を及ぼしかねないという課題がありました。単に機器導入だけでは成果に繋がらないことが明らかになり、組織そのものを見直す必要があったのです。
職員アンケートが 映し出した現場の壁
施設長の伊藤浩一さんは「ではどうするか。私たちは職員の負担軽減を目的にするのではなく、その先にあるご入居者の価値をどう最大化できるかを考えました。なぜなら、それこそが職員のやりがいにつながるからです」と話します。 そこで施設のパーパス(存在意義)※ を「ひとりひとりが輝くちいき社会をつくる」と定め、外部コンサルタントを起用しつつ、職員6名からなる改革推進チームを編成。「準備8割」を合い言葉に、施設長自身もヒアリングを受けるところからパーパス実現のための取り組みを開始しました。
改革に向けた事前準備としてまず行ったのが、職員を対象にしたアンケートと個別面談。日頃の思いを引き出すなかで見えてきたのが、組織の硬直化です。「現状維持派のベテラン職員に、若手職員が改善のための意見を言いにくい空気があることが浮かび上がりました」
そこで介護職の人事異動を行い、風通しを改善。同時に業務の定量化を進めるべく、夜勤者の動きを10分単位で記録。ムリ・ムダ・ムラの見える化を進めました。「その結果、十分に使えていなかった『眠りSCAN』を活用して不要な巡視を減らしたことで仮眠や休憩が確保でき、また今まで日中に回していた夜間時の記録も夜勤時間内に完結できるようになり、現場で確かな手応えを感じられるようになりました」
そうして生まれた時間をご入居者との交流にあてることで、職員の仕事へのモチベーションも向上。取り組みから8か月後には稼働率100%を達成できたのです。業務改革を経た今、伊藤さんはかつてとの違いを、職員のふとした表情や言葉遣いから実感すると話します。
※企業理念が「内向きの価値観・行動指針」であるのに対し、パーパスは「外向きの意義や使命」を示す。
❶ 地域の方や学生などを巻き込んだアートイベントを積極的に行う、もくせい ❷ 業務の定量化を行い、そのなかに「眠りSCAN」の活用を落とし込むことで、業務時間の短縮につながった ❸ 職員の待遇改善や人材育成、介護現場における生産性向上の取り組みが高く評価され、もくせいは今年、内閣総理大臣表彰を受けた。8月27日、首相官邸において石破茂前総理から表彰状が授与された ❹ 施設の壁面には、ご入居者が身近な小物を用いて描いたアート作品も掲示されていた

「眠りSCAN」導入後も稼働率が改善しなかったという課題を前に、もくせいは“機器任せ”ではなく 組織改革に挑みました。職員の意思を統一し、情報を共有する風土を 築いたことで、ご入居者と職員の笑顔をつなぐ成果へとつながっています。

■ 《現場の課題を 徹底的に可視化
変わることのできる組織づくりのために、介護職員へのアンケートや面談を通して抽出した思いを、ケア・地域づくり・働きがいなど複数のカテゴリーに分類。職員の気持ちの余裕不足や情報断絶などが明らかになり、改革の出発点となりました
▼

■ 連携強化で 組織を再構築
次に、一丸となって動ける組織づくりのために、相談室と介護課を横断的に結ぶチームをつくり、情報を組織全体で共有。紙ベースでは共有が滞っていた進捗状況や課題も、Google Chatの活用でタイムリーに把握でき、連携不足を補う仕組みづくりも実現しました
▼

■ 「眠りSCAN」を核に 連携を強化
職場内に新設した「眠りSCANチーム」が中心となり、取得データの共有や数値化を推進。ご入居者の体調変化の早期発見や空床予測につなげるとともに、こうした強みを対外的な説明に活かせるようになり、従業員の意思統一にも繋がりました
▼

■ 稼働率 99%以上を達成!
2023年4月の取り組み開始から8カ月後に稼働率が好転。以後15カ月にわたり99%以上を維持。2024年6月からは100%となり、「眠りSCAN」導入当初に見られた低下傾向を克服し、持続的に高水準の稼働を実現できる体制を築くことができました
▼

■ 風土改革で 生き抜ける組織へ
ほかにも宿直廃止などにより、年間230万円のコスト削減を実現しましたが、成果は数字だけではありません。目的と意思を全員で共有し、情報をつなぐ体制を築いたことで、変化の激しい時代を生き抜ける組織へと進化する手応えを得ました



組織改革により固定観念が揺さぶられ、視野が広がったという田所さん。稼働率改善の成果を超え、ご入居者と職員の笑顔をつなぐ確かな手応えを、日々実感しています。改革がもたらした変化について、改めてお話をうかがいました。
不安から学びへ。 固定観念を越えて
改革が始まった当初、田所さんの胸には不安がありました。「最初は本当にうまくいくのか、改革なんて進むのかと疑問でした」と振り返ります。
しかし、取り組みに関わるなかで、新しい視点や知識を得られることに気づき、少しずつ前向きな手応えを感じるようになりました。固定化された役割から外れることで、これまで見えなかったことが見えるようになったのです。
外部コンサルタントとの関わりも大きな刺激だったと話します。「職員の多くはコンサルと直接対話をしませんが、ユニットリーダーを通じてGoogle Chatに改革の進捗が共有されることで、今どこまで進んでいるのかがリアルタイムでわかり、自分も取り組みの一員だと感じられました」
そんななか、田所さん自身の意識にも変化が生まれます。「これまで当たり前だと思っていた業務に対して、疑問を持つことが大事だと気づきました。慣習だからするのではなく、本当に必要かどうかを考えるようになったんです」
夜勤業務を細かく記録し、ムリ・ムダ・ムラを見える化したことで、不要な作業を減らし、ご入居者と関わる時間が増えたことは、特に大きな実感につながりました。また、この取り組みを通じて稼働率の意味も理解が深まったと話します。
稼働率の数字の先に 見えたもの
こうした風土の変化は職場全体にも広がり、ご入居者の生活をもっとよくできるのではないかという前向きな発想が自然に出てくるようになったといいます。そして、人材育成の場面でも変化が。もともと人材育成委員会に所属し、研修の企画・運営に携わっていた田所さんは、「以前より研修参加率が増えています。開催日程を調整したり、オンライン視聴ができるようにしたり、委員会自体、参加率を高めるための検討を重ねるようになったのも大きいですね」と話します。
そのうえで、一番大きな変化を「職員同士が意見を交わし合い、支え合えるようになったこと」だと話す田所さん。
「今後は『眠りSCAN』をはじめ、今ある介護機器をもっと活用して、さらにご入居者に還元していきたい。そのために職員同士の関わりをもっと増やして、よりよい循環をつくっていければと思います」と力を込めます。

社会福祉法人 北養会 特別養護老人ホーム もくせい
●茨城県水戸市東原3-2-7 ●tel.029-303-7373 ●入居定員:50名(特養)、20名(短期入所)、35名(通所介護) ●https://hokuyoukai.jp/mokusei-ex/
撮影=池田英樹 写真提供=社会福祉法人 北養会 取材・文=冨部志保子


