プレミアム

福祉のかたち

一人ひとりのウェルビーイングを高めることが福祉の大きなテーマ

2021.6 老施協 MONTHLY

これからの“福祉”を新たな視点から探る本連載。今回は、海外の高齢者ケアの現場をよく知る山崎摩耶氏に、諸外国における高齢者向け住宅に対する考え方やICTの先進的な取り組みとともに、日本の介護施設が進むべき方向性についてお話しいただきました。

今月のゲスト

山崎摩耶・ヘルスケア・コンサルタント/日本認知症グループホーム協会顧問/元衆議院議員

山崎摩耶・ヘルスケア・コンサルタント/日本認知症グループホーム協会顧問/元衆議院議員
やまざき・まや
1970年代から訪問看護師のパイオニアとして、日本の訪問看護制度創設に尽力。介護保険制度創設にあたり、「高齢者介護・自立支援システム研究会」など多数の委員会委員として貢献した。1995〜2005年、日本看護協会常任理事。08年、岩手県立大学看護学部教授。09〜12年、衆議院議員。14〜18年、旭川大学特任教授など。近著に『世界はチャレンジにあふれている』(日本医療企画)がある


ヨーロッパで定着する“住まい”と“ケア”の分離

——2019年まで毎年、海外の高齢者ケア、医療、看護、介護の現場の視察を続け、昨年暮れ、その成果を一冊の本(『世界はチャレンジにあふれている』)にまとめられました。諸外国の介護・福祉の現場を目の当たりにされて、日本との違いをどのように感じていらっしゃいますか。

まず、高齢者の住まいに対する考え方が日本とヨーロッパの国々では大きく違っているということが挙げられます。たとえば、デンマークでは四半世紀も前から日本の特養に相当する「プライエム」という老人ホームを解体し、ケア付き住宅の「プライエボーリ」を普及させてきました。
デンマークの新しい住宅法では、高齢者向け住宅は30㎡で1DK+バス・トイレ付きが最低基準と定められています。新築の「プライエボーリ」の場合、約60㎡の広さに、リビングと寝室の2部屋が設けられています。いまだに多床室が残っている日本の特養と比べると、その違いは歴然としているといえるでしょう。
このように、デンマークをはじめとするヨーロッパの国々では、“住まい”と“ケア”を分離させるという考え方が定着しており、介護が必要な人であっても、一般の人たちと同じように、その人らしい生活を維持させることが当たり前になっているのです。

——“住まい”と“ケア”が分離していないと、どのような問題があるのでしょうか。

「ケア」が中心で「生活」が保たれなくなり、利用者の尊厳も保たれなくなります。日本の特養などを見ると、居室が狭いので、部屋がベッドでいっぱいになってしまっている。利用者はベッド中心の生活を送るしかありません。それまでの自分が歩んできた人生や生活スタイルが尊重されなくなってしまうのです。
プライバシーの問題もありますね。居室はプライベートな空間なのに、部屋の“主”である利用者自身が鍵を持たせてもらえないのが一般的です。そもそも鍵がついていない部屋もあります。実は、デンマークも昔はそうでしたが、個人の尊厳を守るケアへと方向転換を図ったのです。日本も見習うべきだと思います。

介護施設を地域包括ケアの拠点に

——ヨーロッパでは、地域との関わりを大切にしている施設も多いそうですね。

フランスのパリ近郊にある「ABCD」という高齢者住宅では、居住者のプライベートな空間と、地域の人が自由に出入りできる公共の場との「共役」が特徴となっています。建物の上の階が高齢者の居住スペースで、1階は劇場ホールや保育園、中2階は地域の人たちに開放されているショッピングアーケードになっています。
ショッピングアーケードの賃料は相場よりも安く設定されており、地域の若い人たちが手軽に出店できる仕組みになっています。独り立ちしたばかりの若い美容師が開業すると、地域の住民がお客としてやってくる。上の階から高齢者も下りてきて、店を利用する。こうして地域交流が生まれるわけです。

——日本の多くの介護施設では、利用者や関係者しか出入りができません。

そうですね。「ABCD」の建物内には、認知症予防に効果があるといわれる「スヌーズレン療法」(感覚統合訓練)を行うトレーニングルームもあり、ここは入居者はもちろん、地域の家庭医や訪問看護師などが患者さんを連れて来て利用することもできます。まさに、地域包括ケアの拠点になっているのです。日本の介護施設も、もっと地域に開かれた施設をめざしてほしいと思っています。

海外の高齢者住宅

医療と施設をつなぐ遠隔医療の試み

——日本は諸外国と比べ、ICTの活用においても、かなり後れをとっているように見えます。日本の介護業界が学ぶべき、ICT化の先進的な事例をご紹介いただけますか。

海外も日本も同じですが、今、施設入居者の高齢化(長寿化)と重症化が加速し、医療ニーズが高まっています。その一方で、医療側は患者の入院期間の短縮化を図っており、高齢者といえども長期入院は難しいのが現実です。
ヨーロッパ各国とも急性期病院の在院日数が平均5〜6日間と短く、回復半ばで早期退院するケースが増えています。そうなると、施設でその継続医療を充実させなければならないので、各国の高齢者住宅では看護師の増員を図っています。
そうしたなか、デンマークのドラワー市にあるケア付き高齢者住宅「インゴーン」では、コペンハーゲン市の高機能専門病院の創傷センターとオンラインでつながり、遠隔医療を行っています。高齢者に多い創傷や心疾患、呼吸器疾患に関わる医療は特にニーズが高いといわれています。持病のある入居者に異変が起きたときは、施設内のスタッフが遠隔医療で専門医の指示を受け、施設にいながらにして、すぐに専門医の高度な治療を受けることができるのです。

——かなりハイレベルですね。日本の介護業界においても、ICT化の促進は不可避です。

単にICT化を進めれば良いのではなく、目的と方法論を明確にしておく必要があります。今、日本の介護現場もLIFE(科学的介護情報システム)の導入が話題になっていますが、ICT化を進めるなら、きちんとデータが集積されてビッグデータとして活用できる形にならなければ意味がありません。
ICT先進国のフィンランドでは、要介護認定をアセスメントツールであるMDSを用いて行い、ケアの質の評価をインターライ方式で行っています。現場のデータは、国家厚生局に集められ、個々の施設の質の測定と結果がベンチマーキングで公表されます。こうした取り組みは日本も大いに参考にすべきでしょう。

——最後に、読者にメッセージをいただけますか。

これからの介護・福祉の大きなテーマは、利用者のこれまでの人生のウェルビーイングをどう充実させられるかということだと思います。現在は、それをコミュニティの中で、コミュニティと関わりながら実現していこうという流れになっています。今後は、コミュニティのウェルビーイングを高めることで、一人ひとりのウェルビーイングも高められるような「福祉のかたち」が展開されていくのではないでしょうか。

今回のポイント

1)ヨーロッパ諸国では、個人の尊厳を守るケアに向け、“住まい”と“ケア”の分離が進む。
2)諸外国では、医療ニーズへの対応や、ケアの質の評価等でICTの活用も進んでいる。
3)日本の介護施設にも、地域に開かれた地域包括ケアの拠点、コミュニティ拠点としての役割が期待される。
4)コミュニティ、そして個人のウェルビーイングの充実こそ、これからの介護・福祉の大きなテーマ。
紀伊信之

紀伊信之
株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門高齢社会イノベーショングループ部長
きい・のぶゆき
1999年 京都大学経済学部卒業後、株式会社日本総合研究所入社。B2C分野のマーケティング、新規事業開発等のコンサルティングを経て、2018年4月より現職。介護現場へのテクノロジー活用をはじめとする介護・シニア・ヘルスケア関連の調査・コンサルティングに従事。在職中、神戸大学にてMBA取得