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福祉のかたち

テクノロジーを駆使して一人ひとりに対応した介護実現

2021.4 老施協 MONTHLY

“福祉”の将来を多様な視点で捉える本連載。今回は、科学的介護の実践により介護の質の向上をめざそうとする方向性について、データを用いたヘルスケア政策に携わっている慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章先生にお聞きしました。

今月のゲスト

宮田裕章/慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室 教授

宮田裕章/慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室 教授
みやた・ひろあき
2003年、東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士(論文)。東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座助教を経て、09年4月、同准教授。14年4月、同教授。15年4月より現職。LINEと厚生労働省の協働による「新型コロナ対策のための全国調査」をはじめ、データを活用した社会変革の実践に取り組んでいる。全国老施協理事


データを活用してサービスの“質”を評価

——今年度より介護報酬に「科学的介護推進体制加算」が導入されるなど、介護の世界でもデータの利活用を進める動きが見られます。介護におけるデータの価値とは、どのようなものなのでしょうか。

介護保険制度はデータがまだ十分使えなかった時代につくられ、運用されてきました。そのため、サービスの評価を“量”で判断せざるを得ませんでした。入所してきた利用者に適切な介護を提供し、要介護度が改善したとしても、その結果、提供するサービス量が減ると評価が下がってしまいます。この矛盾を何とかしなければならなかった。利用者が元気になって社会的コストが削減できたことを評価する仕組みが求められるようになったのです。
そこを評価するには、どのような状態の人がどのような介護を提供されて、結果がどうなったのかというデータが必要です。利用者一人ひとりの状況も異なれば、必要な支援も異なる。支援による改善の度合いも違います。それらをきめ細かく評価することで、良いサービスを提供した事業所を適正に評価することをめざしているのです。

——サービスの量ではなく、一人ひとりの状況に応じて“質”で評価するという視点は、介護では重要なポイントです。悪化するはずだった人を改善させられたとか、介護を行っても一定の悪化は免れなかったとか。そこをきめ細かく評価するために個別のデータが必要ということですね。

そうです。状態や改善度だけでなく、価値観やウェルビーイング(幸福度)も人それぞれ違います。認知症が進行してしまった人のQOLは「もう向上させられない」と考えるのではなく、その人の趣味が手芸であれば、可能な範囲でそれを楽しませてあげられるようなサービス提供の仕方もあるでしょう。
しかし、介護職が利用者の多様な価値観に寄り添うためには、人手や時間がかかる。そこにもデータを活かすことができます。たとえば、データに基づいたIT化で補える領域はそこに任せ、介護職には生身でなければできないようなサービスに専念してもらう。テクノロジーを有効活用することで、より本質的な介護を追求することができ、利用者も介護職も豊かな生き方ができるようになるといえます。

フィードバックにより介護全体の底上げを図る

——今後、介護事業所は科学的介護のデータベースとなる「LIFE」を使って利用者の情報を提出し、フィードバックを受けることになります。このフィードバックをどう受け止めればいいでしょうか。

自施設が全体から見て、どの位置にいるのかを判断する材料になると思います。どの分野がうまくできていて、どこに課題があるのかを客観的に把握することができれば、施設のレベルアップにつながるはずです。データを自らの向上のために、大いに活用してほしいと思います。
施設ごとに得意分野はあると思いますが、最低限押さえておかなければならない共通項である、褥瘡・栄養管理、感染予防、基本的な食事・排泄・入浴介助などは、どの施設でも一定レベルに達していることが求められます。LIFEの事業に多くの事業所が参画していただければ、こうした介護のミニマルな質の底上げを図っていくことも可能になると期待しています。

——参加する事業所が多いほど良いということもおっしゃっていますね。

そのとおりです。10施設よりも100施設集まるほうがデータの価値は上がります。数が多ければデータの精度も高くなるし、精度が高いデータをもとにして行われる介護サービスのほうが質も良くなる。多様なデータを背景に編み出された介護は多様性に富み、より広範な利用者に寄り添うものになるはずです。
加えて、各事業所にお願いしたいのは、ただデータを取って提供するだけではなく、「こういうデータも必要ではないか」とか、「こういう部分をもっと評価すべきではないか」といった意見や提案を積極的に示していただきたいということ。そのときにも数が多いほうが、「大きな声」として届けることができます。

LIFEによる科学的介護の推進

目的意識を持ってデータを取ることが大切

——介護現場は多忙なので、データ取得はできるだけ職員に負荷のかからない形にしたい、と多くの事業所は考えています。IoTで自動的にデータが飛んでいくような仕組みができて、入力等の手間が省けると、この事業も浸透していくように思うのですが…。

申し訳ないのですが、その点は少々賛成しかねます。日常業務のなかから自然に吸い上げられたデータというのは、大抵役に立たない。褥瘡の管理ひとつをとってみても、職員が褥瘡に早く気づき、早期に適切なケアをしようという意識のもとでデータを取ることが大切で、そうして得られたデータは、より良い介護につなげようという意志が反映された“良いデータ”になります。漫然と行っている業務のなかから、意図せずにくみ上げられるデータというのは、やはりデータの質も落ちます。
ただ、意識してデータを取ることを前提としたうえで、入力業務が二度手間にならないように、既存の入力システムと連動させるといった工夫は必要だと思います。

——なるほど。「何のために」ということを意識して取るデータと、そうでないデータとでは、質そのものも違ってくるということですね。
今後、データが活用されて介護サービスの評価の仕組みが変わってくると、要介護認定のあり方も変わる可能性があるとお考えですか。

そうですね。たとえば、医学的にも不可逆な状態にある認知症中等度以上の人には、最期までその人らしく豊かに生きてもらおうという視点の介護が必要で、従来の自立支援介護がそぐわない面があることは否めません。そこで全国老施協では、ICF(国際生活機能分類)を用いた利用者のアセスメントや介護マッチングの評価の仕組みづくりに着手しています。将来的には、ADLや心身機能だけでなく、環境要因や参加・活動などの社会性も含めた多様な評価基準をもとに、データ化を進めることが望まれます。そうしたデータを活用することができれば、一人ひとりに対応した、誰も取り残さない介護の実現も可能になると思います。

今回のポイント

1)一人ひとりの多様性、個別性に対応できるのがデータの価値。
2)より良いケア・介護を提供したいという問題意識を持ってデータを収集し、活用することが重要。
3)将来的には「最期までその人らしく豊かに生きる」ことの支援にも、データが活用できる可能性がある。
4)政府が進めるLIFEの仕組みはデータを活かした介護のスタート地点。事業者からも「こういう部分を評価すべき」という前向きな提案を積極的に行うべき。
紀伊信之

紀伊信之
株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門高齢社会イノベーショングループ部長