プレミアム

福祉のかたち

人と人との向き合い方を変えて
ケアの現場を「文化拠点」に

2022.02 老施協 MONTHLY

"福祉"の未来をさまざまな視点から捉え直す本連載。今回は、多様な人たちの出会い方を変えることで、人と人との豊かな関係性を構築する試みに取り組んでいる藤岡聡子さんに、ケアする人とされる人の関係づくりに求められる新たな視点や考え方について語っていただきました。

今月のゲスト

藤岡聡子/「ほっちのロッヂ」共同代表╱福祉環境設計士

藤岡聡子/「ほっちのロッヂ」共同代表╱福祉環境設計士
ふじおか・さとこ
1985年生まれ。24歳で介護ベンチャーの創業メンバーとして住宅型有料老人ホームを立ち上げ、アーティストや大学生らとともに街に開いた居場所づくりを実践。2015年、株式会社ReDoを起業。16年から東京都豊島区で、空き家だった場所を拠点に多様な人たちが集える「茶話会」や「家庭科室」を運営。19年からは長野県軽井沢町で、暮らしと医療を結びつける「ほっちのロッヂ」の運営に携わる


“個”の大切さを実感し「自分軸」にこだわる

──2019年に長野県軽井沢町に在宅医療拠点「ほっちのロッヂ」を開設して、年齢やバックグラウンドに関係なくいろいろな人たちが集える場づくりに携わっておられます。こうした取り組みを始めたきっかけは何だったのでしょうか。

大本をたどると、小学6年生のときに医師だった父が他界したことに遡ります。そのとき、周りから「お父さんを亡くしたかわいそうな子」という目で見られることに抵抗を感じました。他人から「聡子ってこういう人だよね」と決めつけられると、自分の“個”が埋没していくような気持ちになり、強い違和感を覚えるようになったのです。 他者からどう見られるかではなく、自分自身がどう感じ、どう考え、どうしたいのか。「自分軸」で考えるということを意識し始めたことが、多様な人たちが自分の“個”をさらけ出し、それをお互いが受け止め、認め合える場づくりの活動につながっていると思います。

──“個”を埋没させるような場に対する違和感があるということですか。

そうです。たとえば、老人ホームなどはその典型ですね。入居者一人ひとりの“個”にはフォーカスされず、「要介護度がいくつ」だとか、認知症の有無ばかりが着目される。その入居者が、たとえば昔は人形作家をしていて、個展も開いたことがある人で、今は何に関心があり、どんなふうに生きたいと思っているのかといった視点はありません。これまで長い人生を歩んできて、それぞれが豊かな知識や経験、歴史を背負っている人たちなのに、全員が同じ“介護の必要な高齢者”という画一的な視点でひと括りにされてしまうのです。
そもそも、老人ホームにはなぜ“老人”しかいないのか。そこからして「ヘンだ」と、私はずっと言い続けています。子どもや障害者や街の人など、さまざまな年齢や職業の人が混ざっていたほうが、入居者も生きる喜びが得られるのではないでしょうか。

診療所と大きな台所がある「ほっちのロッヂ」

課題解決だけでなく 生きる道を一緒に探す

──今の介護の現場には“個”を重視する視点が欠けているということですね。

介護職の人が自分の専門性を活かそうと思うと、要介護度や認知症の有無など、課題解決の視点に寄ってしまいやすい。資格やスキルが邪魔をして、入居者本人が何を望んでいるのかに気が回らなくなってしまうくらいなら、資格なんてないほうがいいとさえ思っています。
もちろん、課題解決は必要で、それ自体を否定しているわけではありません。ただ、これまでの介護の現場は、あまりにも課題解決に偏りすぎていた。その人がどう生きたいと思っているのかという視点に寄ることで、もっとその人の本質の部分に踏み込んで、生きる力を引き出すことができるのではないかと思います。

──視点を変えるためには、どうすればいいでしょうか。

人と人との向き合い方を変えることが有効だと考えています。あまり真っ正面から向き合いすぎないほうがいい。真っ正面から向き合うと、「どこか痛いところはないですか」と医師が患者の課題探しをするような関係性に陥りやすく、相手も構えてしまいます。 ですから、あえて対面せずに、横並びに座るくらいの関わり方がちょうどいいのです。同じ景色を眺め、「いい景色ですね」と言いながら、「それで、どんなふうに生きたいんですか」と挟むくらいの感じがいいのではないでしょうか。

──課題解決もしつつ、入居者の人生に寄り添うとなると、介護職の負担も重くなりそうですが……。

そうですね。これまでの効率優先の思考のままでは難しいと思います。「ほっちのロッヂ」の医療職も診断や治療に携わりながら、患者さんの「生きる道を探す」という観点に立って、関わり続けています。普通なら、終末期で薬が効かなくなった時点で治療は終わり、医師と患者さんとの関わりもなくなってしまうものですが、「ほっちのロッヂ」の医師の場合、患者さんとの関わりに終わりはありません。
医療的には万策尽きてしまった患者さんにも寄り添い続けるので、精神的にしんどくなることもあります。しかし、彼ら彼女らは「課題解決だけではない医療に挑戦したい」という信念を持って集まってきた人たちなので、私や仲間に思いをぶつけたり、励まし合ったりしながら、壁を乗り越えていっています。

藤岡聡子

特養を地域資源と捉え 住民との境界線をなくす

──医療の新しい世界を切り開こうとしている「ほっちのロッヂ」の働き手には、どんな変化が見られましたか。

ある若い訪問看護師は、看取り間近の夫婦の看護から戻って報告するときに、「ラブラブな2人」という表現を使います。素晴らしいと思いませんか。死の直前にある老夫婦がラブラブになれるくらい気力を取り戻せるような看護ができていることもそうですし、その様子を課題解決ではない視点で捉え、自分の言葉で仲間に報告できることもそうです。まなざしを変えることで、こんなに豊かなケアができるのです。

──「ケアの文化拠点」という言葉も使っていらっしゃいますね。

「ほっちのロッヂ」では、「病状や状態、年齢じゃなくって、好きなことする仲間として、出会おう」を合言葉にして、街のいろいろな人たちが交わることで、新たな文化の発信地となることをめざしています。先ほど、ケアする人とされる人が真っ正面から向かい合わないほうがいいと言いましたが、人と人との間に「こと」を介在させると、そういう関係性がうまくつくれます。
映画を上映したり、美術展を開催したり、子どもの創作活動を行ったりすることで、関心を持った人が集まって交流できる。ここに来て、自分の好きなことを話すだけで、そこにいる誰かが「私も好き」と言えば、仲間ができる。それが、たまたま医師だったり、患者さんだったり、近所の人だったり。そういうなかで、みんなが生きる喜びを見つけてくれればいいと思っています。

──特養も「文化拠点」になれるでしょうか。

なれますよ。特養を地域資源と捉え直すことができれば。地域との境界線をなくし、街の人が自由に出入りできるようにすれば、人々は特養を街のリソースと認め、自分事として関わってくれるようになります。そうすれば、「掃除の手が足りない」とぼやくと、手の空いた近所の人が駆けつけてくれる。そんな関係性も築けるようになるでしょう。

今回のポイント

1)状態や属性ではなく、入居者一人ひとりの「個」に着目することで、生きる力を引き出すことができる。
2)「課題解決」と「その人の生きたい道を探すこと」のバランスが重要。介護職・医療職にとって、専門性を前面に押し出さず、一人の人として利用者に関わる、そんな働き方の選択肢もある。
3)特養も「地域の文化拠点」になれるポテンシャルがある。「好きなこと」を起点にさまざまな出会いをどうつくり出すかが重要。
紀伊信之

紀伊信之
株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門高齢社会イノベーショングループ部長
きい・のぶゆき
1999年 京都大学経済学部卒業後、株式会社日本総合研究所入社。B2C分野のマーケティング、新規事業開発等のコンサルティングを経て、2018年4月より現職。介護現場へのテクノロジー活用をはじめとする介護・シニア・ヘルスケア関連の調査・コンサルティングに従事。在職中、神戸大学にてMBA取得