プレミアム

福祉のかたち

人の尊厳を守り、生命を支える “価値ある職業”に
社会的ステイタスを

2022.01 老施協 MONTHLY

これからの“福祉のかたち”を多様な視点から考えていく本連載。今回は、看護職や福祉職への聞き取りを通じて、ケアの本質や対人援助職の役割に関する研究を続けている大阪大学大学院教授の村上靖彦さんに、ケアの社会的意義や、ケアラーに求められる心構え・スキルなどについてお話しいただきました。

今月のゲスト

雄谷良成/社会福祉法人佛子園 理事長

村上靖彦/大阪大学大学院人間科学研究科 教授
むらかみ・やすひこ
1970年、東京生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程満期退学、基礎精神病理学・精神分析学博士(パリ第七大学)。2015年より現職。専門は現象学的な質的研究。著書に『自閉症の現象学』(勁草書房)、『摘便とお花見』(医学書院)、『ケアとは何か』(中央公論社)がある


ケアラーという人間像を人々に伝えたい

──医療や福祉の現場で働く看護師やヘルパーなどの対人援助職(ケアラー)の方たちへの聞き取りをもとに、『ケアとは何か』という本を書かれました。ケアに携わる人たちに目を向けたきっかけは何だったのですか。

私の父は、認知症が急に悪化して家族が看病できなくなり、病院に入院したまま亡くなりました。家族による看取りも満足にできず、父にしてみれば不本意な最期だったと思います。私自身、そのことへの悔いがあり、看取りを中心とした終末期医療のケアに関心が向きました。
看取りに関わる看護師の方たちへの聞き取りを始めてみて、患者さんと接する際の心構えやコミュニケーションのテクニックなどが非常に研ぎ澄まされたものであることを知り、驚嘆しました。患者さんのケアにおいて最も大事な部分を担っているのが看護師であると確信したのです。
しかし、そのケアを支えている彼ら彼女らの技術、経験、努力、感性といったものは“報酬”には反映されない。言い換えると、社会的に評価されていないのです。だから、その人たちの仕事を“価値あるもの”として言葉にして綴り、世に出すことに意味があると考えました。

──本に登場するのは、看護師や児童福祉職の方が多いのですが、介護職にも共通する部分が多いと感じました。

そうですね。コミュニケーションをとるときに必要な気構えや態度というのは、看護師と患者、介護職と利用者といった特定の関係性にかかわらず、どのような関係性や場面であっても共通する普遍的なものだと思います。

“小さな願いごと”をかなえ 生きることを肯定する

──本の冒頭で、「ケアとは、生きることを肯定すること」と述べていらっしゃいます。

はい。その人の尊厳を守った状態で生命を支えることがケアだと考えています。ですから、たとえ終末期の患者さんであっても、より良い死に方をサポートすることがケアではない。その人らしく生き続けることを肯定し、そうできるように支えることがケアだと思うのです。

──死の直前にどうするかをあらかじめ決めておくことと捉えられがちなACPについても、「どうやって死ぬか」ではなく、その人は何が好きで、何を大切にしているかを周りの人が理解することが重要だと指摘されています。

そうです。そういう視点に立つと、治療に関わる“重大な意思決定支援”よりも、「プリンが食べたい」というような日常の“小さな願い”をかなえることのほうが、本人にとってはより重要だということに気づくはずです。そして、その“小さな願い”には大抵、親しい対人関係が結びついています。たとえば、「元気だったころ食べていたお母さんの手づくりのプリン」というように。“小さな願い”が、その人をつくり出しているといっても過言ではありません。
一般的に“その人らしさ”というときは、他者から見た“その人らしさ”を指すことが多いですね。会社や学校でどういう立場にいたか、どう見られていたかということで“その人らしさ”を決めてしまっている。しかし、終末期のような場面では、社会から与えられた意味づけなどはどうでもよくて、それらをそぎ落として最後に残ったものが本当の自分になる。ケアの文脈でいう“その人らしさ”“自分らしさ”とは、そういうものだと思うのです。

──その人の“小さな願い”をかなえることがケアの本質ということですね。

“小さな願い”をかなえるためには、まずその願いごとを本人から引き出さなければなりません。願いごとを発してもらい、それを聞き届けること。それがケアラーの役割です。しかし、それができるようになるには、その人とケアラーの間に信頼し合える関係性が必要です。ケアラーに、そうした人間関係を構築できる力量や人間性が備わっていないと難しいでしょう。

──どうすれば、そうなれるのでしょうか。

そうしたケアを実践しているケアラーに話を聞くと、答えは案外シンプルです。「常に当事者を中心に据える」ということだけで、そう決めてしまうと、ある意味、楽になるそうです。本人が望むことをただやり抜くだけなので、迷いがなくなるというのです。
医療や福祉の世界はそもそもパターナリスティックな面がある。そこを突き破って、ケアラーが本気で患者さんや利用者さんを中心に物事を考えたり、決めたりすることができれば、相手との関係がフラットになり、同じ目線になれます。そこから、信頼し合える対人関係も開けていくのだと思います。

ケアの本質とはなんだろう?

ケアラーという職業へのリスペクトが足りない

──「ケアラーへの支援」ということも指摘されていますね。

ケアラーはケアを実践するうえで、当事者の問題を自分事として背負い込んだり、患者さんや利用者さんから暴力や暴言を受けたり、患者さんや利用者さんの突然の死に遭遇したりすることで自分も傷つきます。
看護職の場合は、自分のつらさや悩みを相談できる仕組みが、組織のなかに整っているケースも比較的増えているのですが、介護現場では不足しているかもしれません。

──おっしゃるとおりです。

私は、ケアラーは何があっても守られなければならないと思っています。たとえば、排泄ケアをなおざりにしてしまう介護職員がいるとします。それで、その職員が責められるのは違うのではないか。逆に、その職員は守られていない面があるのではないかと感じます。つまり、その職員は、自分が担っている仕事が人の生命を支える重要な仕事であり、社会からリスペクトされている仕事だという意識がないということでしょう。社会が、介護を人の生命を支える重要な仕事だと認めていないから、そういう職員が出てくるのです。

──ケアラー自身も、自らの仕事を肯定し、もっと誇りを持つべきですね。

その前に、まず、患者さんや利用者さん、その家族、同僚や上司など、周りの人たちには、そのケアラーを肯定し、評価してほしい。だれも肯定してくれないのに、自分一人で肯定し、誇りを持つことなど不可能です。
同僚でお互いを評価し合い、励まし合うことも重要ですが、一番大事なのは、社会がケアの価値を認め、ケアラーをリスペクトすることだと考えています。ケアという仕事の労働条件を改善し、社会的ステイタスを与える。そこに尽きるのです。

今回のポイント

1)ケアとは「その人の尊厳を守った状態で生命を支えること」。
2)“小さな願い”をかなえるために、その人と関係性を構築し、願いを聞き届けることがケアラーの役割。そのためには「常に当事者を中心に据える」ことがポイント。
3)管理者やマネジメントに関わる人は「ケアラーもときに傷つく」ことを忘れずに。まずは職場のケアラーたちを肯定し、評価しよう。
紀伊信之

紀伊信之
株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門高齢社会イノベーショングループ部長
きい・のぶゆき
1999年 京都大学経済学部卒業後、株式会社日本総合研究所入社。B2C分野のマーケティング、新規事業開発等のコンサルティングを経て、2018年4月より現職。介護現場へのテクノロジー活用をはじめとする介護・シニア・ヘルスケア関連の調査・コンサルティングに従事。在職中、神戸大学にてMBA取得