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福祉のかたち

高齢者の健康維持・増進のために薬の数・量と飲み方の見直しを

2021.11 老施協 MONTHLY

未来の"福祉のかたち"を多様な視点から考えていく本連載。今回は、「ポリファーマシー」(多剤服用によって生じる健康上の害)対策に介護現場でどう取り組んでいけばよいのかを、高齢者への適正な薬物使用について研究されている東京大学大学院医学系研究科教授の秋下雅弘さんにうかがいました。

今月のゲスト

秋下雅弘/東京大学大学院医学系研究科教授(老年病学・加齢医学)

秋下雅弘/東京大学大学院医学系研究科教授(老年病学・加齢医学)
あきした・まさひろ
1960年生まれ。85年、東京大学医学部卒業。スタンフォード大学研究員、ハーバード大学研究員、東京大学大学院医学系研究科老年病学准教授などを経て現職。高齢者への適切な薬物使用について研究し、学会、講演会、新聞などで注意を喚起している。編著書に『飲んでる薬、多すぎませんか? 正しい薬の飲み方・減らし方』(アートデイズ)、『老化と老年病: 予防・治療・医療的配慮の基礎』(シリーズ超高齢社会のデザイン)(東京大学出版会)など


6種類以上で高まる「薬物有害事象」のリスク

——高齢者のポリファーマシーの研究に取り組んでいらっしゃいますね。まず、ポリファーマシーについて教えていただけますか。

ポリファーマシー(polypharmacy)の「ポリ」(poly)は「たくさん」、「ファーマシー」(pharmacy)は「薬」という意味で、一般的には「多剤服用」と訳されます。しかし、医学的には単に薬剤の数や量が多いということだけでなく、それによって健康上の害が引き起こされる状態(薬物有害事象)を指します。薬物有害事象には、薬の副作用のほか、主作用の効き過ぎも含まれます。薬剤数が6種類以上になると副作用の出現頻度が15%高くなることから、「服薬は5種類まで」を目安にするといいでしょう。
高齢者の場合、複数の病気を抱えていることが多く、否応なく服薬の種類も多くなり、ポリファーマシー状態になりやすい。そのうえ、加齢によって、薬物代謝に関わる機能(肝機能)や排泄に関わる機能(腎機能)が低下しますから、薬の成分が長く体内とどまり、作用が強く表れてしまいます。ですから、そうした機能の変化に合わせて、薬の用量も減らしていく必要があるといえます。

──薬物有害事象には、具体的にどのようなものがあるのですか。

薬の種類によってまちまちですが、高齢者に起こりやすい症状には、ふらつきや転倒、記憶障害、せん妄、食欲低下、便秘、排尿障害などがあります。これらの症状は、そもそも高齢になると現れやすい「老年症候群」と呼ばれているもので、それが薬の作用によって悪化してしまうケースが少なくないのです(詳しくは、厚生労働省『高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)』の表1「薬剤起因性老年症候群と主な原因薬剤」参照)。

──このような症状が急に顕著になれば、普通は何かの病気かもしれないと思います。

家族や介護者だけでなく、医師もそう思いがちです。それで、その症状を抑えるために、また別の薬を追加してしまうという悪循環に陥るおそれがあるのです。今までと異なる症状が現れたときは、病気よりも先に薬の作用を疑う必要があります。

秋下雅弘/東京大学大学院医学系研究科教授(老年病学・加齢医学)

1年に一度、定期的に薬の種類・量をチェック

──どのようなタイミングで薬の種類や量を減らすことが可能でしょうか。

薬物有害事象が疑われる症状が出たときは、もちろん薬の見直しが必要になります。しかし、高齢者の場合、薬の副作用などが生じて体調が悪くなると、ADLなどの機能も一気に衰える可能性があるため、顕著な有害事象が起こる前に予防的に調整することが理想です。WHO(世界保健機関)では、「処方のつど、服薬内容の見直しが必要である」と提唱しています。
「有害事象が起こっていないから大丈夫だろう」と考えるのではなく、1年以上同じ薬を飲み続けているのであれば、一度は薬の種類と量はチェックすべきでしょう。
たとえば、高齢で低栄養状態であれば、コレステロールを下げる薬はいりません。高血糖も同様で、高齢になると、糖尿病薬がいらなくなる患者さんも結構います。

──特養では、薬のことは看護師まかせになりがちですが、介護職員はどのような役割を担えばいいでしょうか。

入居者の服薬状況や生活状況に変化がないか、日頃から確認することが重要です。生活状況の変化とは、ADLや認知機能の変化のことで、「食事に介助が必要になってきた」「コミュニケーションがとりづらくなってきた」といった状況を指します。食欲、排便や排尿、睡眠状況などの変化にも目配りが必要です。
そして、それらの変化に気づいたときは、その情報を看護師や提携先の医師、薬剤師などに伝えてください。そのことが薬の見直しのきっかけになります。もし、特定の薬の服用を始めてから症状が現れたのであれば、「この薬を飲み始めてから調子が悪い」と訴えていただければよいと思います。

──介護職員は薬の作用と健康状態との関係について、もっと問題意識を持つ必要がありそうですね。

どの薬がどのような症状を引き起こすかという専門的な知識までは必要ありません。ただ、入居者のことをよく理解している身近な介護職員が、生活状況や健康状態の異変に早く気づき、その原因が薬にあるかもしれないという認識を持つことは重要です。
医療に関することは自分には関係ないと思わずに、まず薬について関心を持っていただきたい。そして、自分がなんらかの情報を発信することで、入居者の健康維持・増進に役立てられるということに気づいてほしいと思います。

図表 服薬に関する各職種の役割

飲みやすさや服薬の負担軽減も工夫

──薬を減らすという視点と合わせて、正しく飲むということも大切だと思います。

そうですね。高齢によって嚥下機能も低下しますから、飲み込みにくい場合は剤形を変えるなどの工夫も必要になります。薬によってはOD錠(口腔内崩壊錠)がありますから、医師や薬剤師に相談してみるといいでしょう。
薬を飲むタイミングや回数も、できるだけ入居者や介助者にとって負担の少ない方法にすることが望ましい。たとえば、複数錠飲むよりは、合剤などを使って1剤にまとめるほうが飲みやすく、飲み間違いも起こりにくくなります。また、1日3回服用から、朝、昼、夜のどこかで1回にまとめて飲めるように変更すると、服薬の負担も減り、飲み忘れも防ぎやすいでしょう。このように工夫することが、入居者の服薬管理を担う介護職員の負担軽減にもつながります。

──飲み方の工夫も、医師や薬剤師に相談すれば対応してもらえるのですね。

はい。重要なことは、入居者、施設(介護職)、医師、薬剤師などが情報を共有し、相互理解のもと、減薬や剤形変更、服用法の簡便化に取り組むことです。また、施設長や経営者には、入居者本人とあわせて家族にも十分な説明を行い、理解を得ることが求められます。きちんと説明しないまま減薬すると、家族は「薬を出し渋っているんじゃないか」と誤解しかねません。入居時に、「当施設では入居者の健康のためにポリファーマシー対策に力を入れています」と説明し、本人と家族に減薬の意義を理解してもらうことが大切です。
ポリファーマシー対策は、特養ではまだあまり普及していませんが、これを機会により多くの施設でその重要性が認識され、取り組みが広がることに期待したいと思います。

今回のポイント

1)薬剤数が6種以上で副作用の出現頻度が高くなる。薬物有害事象を防ぐためには、定期的な薬の種類・量のチェックが必要。
2)介護職員は「入居者の健康状態の変化の原因が薬にあるかもしれない」という認識を持つことが重要。剤形、服薬タイミング、回数の見直しが、本人や介助者の負担軽減になることも。気後れせず、医師や薬剤師に相談を。
3)ポリファーマシー対策を進めるにあたっては、入居者や家族への丁寧な説明が求められる。
紀伊信之

紀伊信之
株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門高齢社会イノベーショングループ部長
きい・のぶゆき
1999年 京都大学経済学部卒業後、株式会社日本総合研究所入社。B2C分野のマーケティング、新規事業開発等のコンサルティングを経て、2018年4月より現職。介護現場へのテクノロジー活用をはじめとする介護・シニア・ヘルスケア関連の調査・コンサルティングに従事。在職中、神戸大学にてMBA取得