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福祉のかたち

福祉の財源確保には、国民の協力が必要

2020.7 老施協 MONTHLY

社会・福祉ニーズが多様化していくなか、我が国の“福祉のかたち”をどのように考え、高齢者福祉事業者がそこにどうかかわっていけばいいかを探る本連載。今回は、労働経済学、社会経済学を専門にされている橘木俊詔先生に、格差社会と福祉についてお話をうかがいました。

今月のゲスト

橘木俊詔(たちばなき・としあき)
京都女子大学客員教授、京都大学名誉教授
1943年生まれ。小樽商科大学卒業、大阪大学大学院修士課程修了、ジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。大阪大学、京都大学教授、同志社大学特別客員教授を経て現在、京都女子大学客員教授、京都大学名誉教授。元・日本経済学会会長。専攻は労働経済学、公共経済学。著書に『格差社会』『「幸せ」の経済学』(以上、岩波書店)、『老老格差』(青土社)など多数


格差社会になった日本高齢者が最も深刻

——現在の日本の格差社会の実態を、どのようにご覧になっていますか?

日本という国は平等社会であり、1億総中流社会という通念が長い間ありました。しかし、20〜30年前あたりから本当にそうなのかと疑問を抱くようになり、いろいろな統計を調べてみた結果、日本においても所得や資産の格差が広がっていることに気づき、「日本はすでに格差社会になっている」と主張しました。当時は賛否両論がありましたが、その後、貧困者の数がどんどん増えていくことにより、その正しさも裏づけられるようになってきました。貧困率の最新値が15%の日本は、主要先進諸国のなかでも、アメリカに次ぐ高さとなっています。
貧困者で最も深刻なのは高齢者です。『老老格差』という本にも書きましたが、ものすごくたくさんの資産を所有する人もいれば、資産もなく収入はわずかな額の年金だけという人もいます(図表1、2)。そして貧困高齢者の大半は単身者の女性です。三世代が同居して暮らすのが当たり前だった時代は、高齢者は子どもに頼ることができましたが、現在の高齢者は自分の資産と収入だけで暮らしていかなくてはなりません。そこで夫が先立てば収入は少ない遺族年金や国民年金だけとなり、高齢女性が単身になればすぐに貧困に陥る構造があります。これが日本の格差社会の特徴です。

——この傾向は改善できるのでしょうか。

日本人の家族観が変容し、三世代同居ということが当たり前でなくなった今、高齢者は自分で所得を確保しなくてはなりません。高齢になってから仕事を見つけるのは容易ではなく、中年世代から将来に備えておく必要があるのですが、ここでさらに重大な問題が控えています。今の35歳から50歳くらいの人は就職氷河期にあたる世代で、多くの人が恵まれない職業に就いていたり、失業を経験していたりします。日本の社会には一度失敗すると復活できないという過酷な現実があります。この世代が高齢になったとき、資産も年金もなく今よりもっと深刻な老老格差が生じているのではないかと危惧します。

職種・働き方の違いが新たな格差を生み出す

——新型コロナウイルスは、格差社会にどのような影響をもたらしますか?

新型ウイルスはここ半年ぐらいで日本のみならず世界を変えました。最も被害の大きいアメリカの現状を見ると、患者の多くが貧困者です。貧困者は感染の危険のある現場で働き続けなくてはならず、健康保険にも加入していないので、感染すれば重症化してそのまま命を失ってしまうという現実があります。
新型コロナウイルスの感染が、格差社会の問題を新たに浮き彫りにしたという解釈ができると思います。日本はまだそこまでではありませんが、このまま格差社会が進行すれば、将来的にはアメリカのようになることもあり得るでしょう。

——これまでは正規雇用と非正規雇用の格差が取り沙汰されてきました。今後の格差の広がりは、それだけにとどまらないということでしょうか?
正規と非正規という雇用形態から生じる格差は、これからも続いていくでしょう。それに加えて、職種による格差がより顕著になっていくのではないでしょうか。

パソコンさえあれば、オンラインで仕事のできる人は東京近郊のエリアで生活し、週に一回程度出社するという働き方もできるでしょうが、現業職の人はそういうわけにはいきません。大企業の正規雇用であっても、ホワイトカラーとブルーカラーで格差が生じていくことになれば、アメリカのようになっていくかもしれません。

北欧型の福祉国家を日本はめざしていくべき

——これから日本社会がめざすべき方向性について、どのようにお考えですか?

従来の日本社会では、高齢者福祉は子どもが担うものだという価値観がありました。しかし、家族観の変容と少子高齢社会により、これからは子どもには期待できず、社会が担うしかありません。そうであるなら、北欧型の福祉国家をめざしていくべきだと考えています。国が社会保障費の支出を大胆に行い、貧しい人でも十分な福祉サービスが受けられるようにする必要があるでしょう。

——すぐにでも日本は北欧型システムに移行できますか?

簡単ではありません。北欧では福祉を担うのは公務員であり、地位の安定が確立されています。日本の場合はそうではありません。日本でそこまでするのは難しいでしょうが、公務員であろうと民間団体であろうと、公的サービスにしっかりとお金をかけて、制度を強化していく必要があると考えています。

——そこでは、社会福祉法人の役割が重要になってきます。

社会福祉法人には、これまでどおり理想に燃えて頑張っていただきたいです。そのためには、もっと福祉にかけるお金が必要で、その財源の確保に国民が協力する方向に向かうことが求められます。北欧の福祉国家は高い税金が財源になっていますが、福祉が充実し分配の平等性も高いので、国民が納得しているのです。

——介護業界には非正規職員が多いという課題もあります。

格差をなくしていくためには正規職員を増やすということよりも、正規職員と非正規職員の処遇を同等にすることが大事だと思います。同一労働同一賃金という原則は、欧米では当たり前になってきています。日本では最低賃金が低すぎるために、非正規労働者の所得が低くなっています。介護業界の賃金を上げるためには、最低賃金を上げるとともに介護報酬を増やしていくことが必要でしょう。
福祉国家をめざすべきと言うと、経済をおろそかにすると誤解されることもあるのですが、それは違います。北欧の国は経済もしっかりと動いています。経済の好調が続くことで国民はしっかりと所得を得て、社会保障費を負担することができるのです。教育が充実し、安心・安全の社会をつくることが勤労意欲にもつながり、強い経済と福祉の両立を実現できるのです。

今回のポイント

1)「1億総中流」は過去のこと。現在の日本はアメリカに次いで相対的貧困率が高い。
2)地域福祉を考えるうえで、高齢者の貧困は無視できない。資産もなく年金もわずかという人が少なくない。貧困高齢者の大半は単身女性。
3)新型コロナウイルスの影響で雇用形態に加え、職種による格差が広がる可能性がある。
4)介護で働く人への同一労働同一賃金の適用や、最低賃金の引き上げは格差解消の面でも必要。北欧型の福祉国家と強い経済の両立をめざすべき。
紀伊信之

紀伊信之
株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門高齢社会イノベーショングループ部長
きい・のぶゆき
1999年 京都大学経済学部卒業後、株式会社日本総合研究所入社。B2C分野のマーケティング、新規事業開発等のコンサルティングを経て、2018年4月より現職。介護現場へのテクノロジー活用をはじめとする介護・シニア・ヘルスケア関連の調査・コンサルティングに従事。在職中、神戸大学にてMBA取得