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福祉のかたち

実証性ある認知症ケアを施設・在宅に普及させる

2021.3 老施協 MONTHLY

日本の“福祉”の将来を多様な視点から見つめ直す本連載。今回は、有効性が実証されている認知症ケアの手法「BPSDケアプログラム」の今後の可能性について、開発者、普及を支援する行政、プログラムを実践して現場の介護に活かしておられる専門職の方々に語っていただきました。

今月のゲスト

今月のゲスト

今井康明/株式会社すずらん 代表取締役 東京都認知症介護指導者

西田淳志/公益財団法人東京都医学総合研究所 社会健康医学研究センターセンター長

沓澤知子/世田谷区高齢福祉部介護予防・地域支援課 認知症在宅生活サポート担当

村島久美子/医療法人社団プラタナス 桜新町アーバンクリニック 作業療法士

勝俣洋子/社会福祉法人奉優会 特別養護老人ホーム等々力の家 ケアマネジャー


東京都のモデル事業に世田谷区が参加

──まず、開発と普及に携わってこられた西田先生にプログラムの概要についてご説明いただければと思います。

西田 認知症に対するケア方法は世界中で研究されているのですが、研修に時間がかかったり、ご家族に負担をかけすぎてしまったり、エビデンスがなかったりといった課題があり、成功事例があまりありません。そうしたなかで、スウェーデンで開発された「BPSDケアプログラム」は、これらの課題をクリアした手法であり、しかも5〜6年のうちに全国に普及したという実績があります。東京都医学総合研究所ではこのプログラムをベースにして、日本の文化や言語に合った「日本版BPSDケアプログラム」の開発に着手しました。
このプログラムのポイントは、①認知症の行動・心理症状を問題行動ではなく、ご本人からのメッセージと捉えること、②介護者全員が統一した視点で統一したケアを実践すること、③PDCAサイクルで、実践したケアに効果があったかどうかを評価・検証すること——の3つです。

沓澤 その「日本版BPSDケアプログラム」を使った東京都のモデル事業が2016〜2017年に実施され、世田谷区も参加しました。
モデル事業は2年間で終わりましたが、その後もケアプログラムを現場で中心的に運用する「アドミニストレーター」養成研修は毎年継続して開催しています。今年度末までに養成するアドミニストレーターの数は、約140人に上る見込みです。

目に見える成果によりモチベーションが高まる

──本日、ご参加いただいた世田谷区内の事業所のお三方はアドミニストレーターであり、かつ研修で指導的立場に立つインストラクターでもいらっしゃいます。介護現場におけるBPSDケアプログラム導入の経緯や成果についてお話しいただけますか。

今井 最初にこのプログラムを現場に導入したいと管理者に相談したとき、管理者は、「これまでやってきた当たり前のケアを全員で統一して続けるというだけで、果たしてうまくいくのだろうか」と思っていたようです。
ところが、いざ取り組んでみたら、認知症の方の行動・心理症状に明らかな変化が見られました。その管理者は、今ではインストラクター&アドミニストレーターとして取り組んでくれています。また、介護職員が「行動・心理症状はご本人からのメッセージ」という視点を持てたことは大変大きなことだと考えています。

西田 このプログラムは、普段行っているさまざまなケアのうち、誰もが取り組めそうな簡単なものに的を絞り、それを全員で統一して実践することで、認知症の方が混乱せず、ニーズに合ったケアを継続的に受けられるようにするものです。ですから、ケアの内容そのものは目新しいものではありません。“当たり前”のケアをみんなで一緒にやるというところに意味があるのです。

──効果のあった事例について教えていただけますか。

今井 当社では、デイサービスで導入しました。一例を挙げると、難聴のため、他者とのコミュニケーションに難しさを抱えている方で、なかなか思いを理解してもらえない苛立ちからか、時にはデイサービスの外に出て、通行人に声をかけて何かを訴えるようなことが見られた方のケースがあります。この方の場合、まず、ご本人と「意思疎通をとりやすくするために、耳元で大声になりすぎないようにゆっくり話しかける」というケア計画を立て、これをスタッフ全員で続けました。
プログラム導入前のNPI評価の得点は36点。導入から1か月後の評価では、34点までしか下がりませんでした。そこで、意思疎通をより円滑にするために、「身振り手振りも交える」という計画を新たに加えて実践したところ、その1か月後には22点に、そして1年後には6点にまで下がりました。点数が下がらなくても簡単にやめずに、少しずつ改善を加えながら継続することが重要だと感じています。
行動・心理症状が軽減することはご利用者様にとって大きなメリットといえますが、介護職にとっても、成果が目に見えることでやりがいにつながります。実際、現場の介護主任は「今のケアで良いのか悩むこともあったが、このプログラムだと客観的に効果がわかり、職員のやりがいにもつながり、チームの介護力向上を実感できた」と話しています。

細やかな観察を通して症状の背景要因を探る

──どちらの現場でもプログラムの導入効果は高かったとお聞きしていますが、導入にあたってご苦労された点はありませんでしたか。

勝俣 対象者のNPI評価の際、評価項目の質問文が読みにくいといいますか、理解しづらいために、最初のうちは評価にとても時間がかかってしまいました。

西田 それが、このプログラムの課題です。質問項目が普段読み慣れない文章なので、慣れるまでは負担になると思います。しかし、そこであきらめてしまわずに、少し踏ん張っていただきたい。ひと山越えると、成果が見えてきます。

勝俣 また、介護職によって評価が分かれる場面が度々起こります。同じ対象者について、ある職員は「落ち着いている」と言うけれど、別の職員は「いやいや大変だ」と言う。ご本人の症状の出方が違うのか、それとも介護職の感じ方が違うのか、と悩まされるケースもあります。
実際、職員の関わり方の違いによって認知症の方の行動・心理症状が出やすくなったり、抑えられたりということはありました。プログラムを導入し背景要因を分析すると、本人のニーズを捉えた職員がケアをすると、認知症の著名な症状も出にくいことがわかり、うまく関われる職員のケアに統一して他の職員が同じケアを実践したところ、ご本人の行動・心理症状が少なくなり、NPI評価が下がる結果となりました。

──介護職が一人ひとりを細かく観察し、深く理解することが重要ということですね。

勝俣 はい。私たちは、暴言暴力など、目立つ行動・心理症状のほうに目がいってしまいがちです。一方、物事への関心が薄れ、活動に参加しなくなり、元気がないといった変化のほうは気づきにくい。
しかし、プログラム導入後は、こうした目立ちにくい症状の変化も早めにキャッチしようと、職員が一人ひとりの様子を注意深く観察するようになりました。

BPSD ケアプログラム活用の実際

在宅でのポイントはケアマネを巻き込むこと

──BPSDケアプログラムは施設だけでなく、在宅でも展開できるということが大きな特徴だと思います。在宅での運用における工夫点など、村島さんからお話しいただけますか。

村島 当院では、認知症初期集中支援に取り組むなど、在宅の認知症高齢者のサポートに力を入れています。BPSDケアプログラムは、併設の訪問看護ステーションの訪問リハビリで導入しています。
介護保険制度のもとでは、ケアマネジャーが主軸となってケアプランを立てていますので、こうした取り組みには、まずケアマネジャーにご理解いただくことが重要になります。当院ではケアマネジャーをはじめ、他事業所の多職種と情報を共有しながらプログラムを進めています。そうした取り組みを通して、ご本人の行動・心理症状の増悪が軽減でき、ご家族の疲弊や負担が改善した事例もあります。
訪問の場合、スタッフがご本人と関われる時間は40分〜1時間程度で、頻度も限られますので、1回の訪問で行ったケアが正しかったのかどうかを的確に評価することは難しい面があります。
これまでは、各職種がそれぞれに自分で良いと思ったケアを行い、あとで自己評価するしかなかったのですが、このプログラムでは、ケアマネジャーを含め、多職種で共通のケア計画を立て、実践し、客観的に振り返ることができるので、評価もしやすく、同時に手応えも感じやすいといえます。得点が下がるなど、結果が“見える化”されるので、職種の垣根を越えて、みんなで達成感を覚えることができます。

──異なる事業所の人同士で情報共有や話し合いをしなければならないので、ご苦労もあるのではないですか。

村島 そうですね。全員が一か所に集まって話すことはできませんので、話し合いの前にベースとなる情報を全員に渡して目を通しておいてもらい、効率的に会議が進められるようにしています。
在宅では他事業所との連携は必須で、連携のツールはいろいろあるのですが、BPSDケアプログラムもその連携ツールのひとつになると考えています。

沓澤 連携という点でいえば、世田谷区では、アドミニストレーター間の横のつながりを広げていくことも支援しています。通常、アドミニストレーターの研修は1日なのですが、当区主催の研修ではその後、2回のフォローアップ研修を実施しています。
フォローアップ研修では、実践の経過を報告して講師からアドバイスを受けたりするほか、現場で生じる課題や解決法などをアドミニストレーター同士で気軽に情報交換してほしいと思っています。こうした場が事業所間、職種間のネットワークづくりの一助になればと考えています。

──世田谷区のような取り組みが全都、さらに全国へと広がっていくことに期待したいですね。最後に、西田先生から読者に向けてメッセージをいただけますか。

西田 これまでの認知症ケアは、現場の方々の経験やある種の勘や感覚に頼ってきた部分が少なからずあり、そのコツをうまくチームで共有することも容易ではありませんでした。このBPSDケアプログラムは、認知症ケアをより良くしていくためのプロセスがわかりやすく構造化されているため、職種や介護現場の違いによらず効果が発揮されます。有効性が科学的に実証されたこうした手法を実践・普及していくことが今後、一層重要と思われます。

今回のポイント

1)関わる人々が統一した「当たり前のケア」を実践することで結果が出るプログラム。すぐに結果が出なくてもあきらめずにPDCAサイクルを回し続けることがポイント。
2)プログラムを通じて、職員が一人ひとりを注意深く観察するようになることも効果の一つ。
3)それぞれの関わる時間が限られる在宅での多職種連携にも有効なツールとなる。
4)ケアをする人のためにも、有効性が科学的に実証された手法の実践を。

世田谷区認知症在宅生活サポートセンターHP
https://setagaya-ninsapo.jp/programs/careprogram.html
BPSDケアプログラムについては、わかりやすいパンフレットがダウンロードできます。参考にしてください。

紀伊信之

紀伊信之
株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門高齢社会イノベーショングループ部長