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認知症ケアの新局面 エビデンスに基づく科学的介護の考え方に立った適切なケアを推進

2021.4 老施協 MONTHLY

高齢化の進展に伴い認知症の人の増加が見込まれるなか、国は官民をあげて認知症施策の取り組みを進めようとしている。2019年6月に取りまとめられた認知症施策推進大綱を踏まえる形で、厚生労働省は令和3年度介護報酬改定や予算要求で認知症への対応強化を打ち出し、全国老施協は新たなケアの標準化をめざして「認知症BPSDケアプログラム」の普及を本格的に開始した。
本特集では、新たな局面を迎えようとしている認知症ケアの「今とこれから」を取り上げる。


認知症が誰にも身近なものになることを見すえ、国は2019年6月、2025年までの取り組みを盛り込んだ「認知症施策推進大綱」(以下、大綱)を取りまとめた。大綱は「共生」と「予防」を認知症施策の両輪と位置づけ、認知症になっても住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられるよう、①普及啓発・本人発信支援、②予防、③医療・ケア・介護サービス・介護者への支援、④認知症バリアフリーの推進・若年性認知症の人への支援・社会参加支援、⑤研究開発・産業促進・国際展開――という取り組みの5つの柱を打ち出している(図表1)。これを受ける形で、令和3年度介護報酬改定にも認知症に関連する事項が多く盛り込まれた。
こうしたなか、全国老施協は厚生労働省の担当者と「認知症に関するケアや施策の現状と今後」について意見交換を行う特別座談会を実施した。本特集では、この座談会の内容を紹介する。認知症施策の最新情報を知り、介護事業者として、果たすべき役割を改めて考える機会としてほしい。
図表1 認知症施策推進大綱 具体的施策の5つの柱

科学的介護で認知症に対応

令和3年度介護報酬改定に盛り込まれた認知症関連事項

令和3年度介護報酬改定では認知症への対応力向上を図る観点から、基礎研修の義務化、認知症専門ケア加算の拡充、基準の緩和などの見直しが行われた。介護サービス事業者に求められる対応を整理しておく。

認知症の項目もLIFEに提供

令和3年度介護報酬改定の目玉の一つが、科学的介護のための情報システムの活用だ。これまで厚生労働省は通所・訪問リハビリテーションデータ収集システム「VISIT」および高齢者の状態やケアの内容等のデータ収集システム「CHASE」を運用してきたが、4月1日より、これらの一体的な運用を開始するとともに、名称を「LIFE(科学的介護情報システム:Long-term care Information system For Evidence」と改めた。
厚生労働省では、このLIFEを用いたPDCAサイクルにより、科学的に効果が裏づけられた、自立支援・重度化防止に資する質の高いサービス提供を推進しようとしている。
介護事業者は、ケア計画等の情報をLIFEに提出し、利用者単位または事業所・施設単位で解析された結果のフィードバックを受け、この情報を活かして利用者の状態やケアの実績の変化等を踏まえ、ケア計画を見直し改善につなげていくことになる。LIFEに提供する情報には、DBD13(認知症行動障害尺度)やバイタリティインデックス(意欲の指標)という認知症の項目も含まれる(任意項目を含む)。
この取り組みを進めるインセンティブとして、科学的介護推進体制加算が創設された。また、ADL維持等加算や排せつ支援加算、自立支援促進加算、栄養マネジメント加算などLIFEの活用が要件とされる加算も多く、事業所・施設としては対応が求められる。

介護従事者すべての認知症対応力を底上げ

介護事業者として対応が迫られることの一つに、認知症介護基礎研修受講の義務化がある(図表2)。
介護に関わるすべての者の認知症の知識・ケア技術の底上げを図り、認知症対応力を向上させていくため、介護に直接携わる職員のうち、医療・福祉関係の資格を有さない者(無資格者)について、認知症介護基礎研修を受講させるために必要な措置を講じることが義務づけられた。全サービス(無資格者がいない訪問系サービス(訪問入浴介護を除く)、福祉用具貸与、居宅介護支援を除く)が対象となる。
既存の職員の受講には3年の経過措置期間、新入職員の受講には1年の猶予期間が設けられた。また厚生労働省は、全面eラーニング化により受講しやすい環境整備を進めるとして、都道府県にeラーニングへの「可能な限り、速やかな移行」を求めている。

図表2 認知症介護基礎研修の概要

認知症専門ケア加算の訪問系サービスへの拡充

認知症対応力を向上させる観点から、加算の見直しも行われた。
施設サービス、グループホーム、ショートステイなどに加え、訪問系サービス(訪問介護、訪問入浴介護、夜間対応型訪問介護、定期巡回・随時対応型訪問介護看護)については、認知症専門ケア加算Ⅰ、認知症専門ケア加算Ⅱが創設された。
この加算は、認知症介護実践リーダー研修や認知症指導者養成研修の修了が算定要件とされる。ただし、介護サービス事業者は人手不足等により研修を受けさせるだけの余力がない状況にあることを考慮し、これらの研修等を受講しやすい環境を整備するため、科目ごとの時間数の統合を図るなど内容を見直すとともに、職場での勤務を通じた実習を充実させるなどカリキュラムの見直しが行われることになる。
また、多機能系サービス(小規模多機能型居宅介護、看護小規模多機能型居宅介護)については、緊急時の宿泊ニーズに対応する観点から、認知症行動・心理症状緊急対応加算が創設された。算定要件は既存の短期入所系・施設系サービスの認知症行動・心理症状緊急対応加算と同じで、認知症の行動・心理症状が認められるために在宅での生活が困難であり、緊急に短期利用居宅介護を利用することが適当であると医師が判断した者にサービスを行った場合とされる。利用を開始した日から起算して7日間を限度として、1日につき200単位を所定単位数に加算する。

グループホームの運営基準を緩和

認知症高齢者グループホームについては、運営基準の見直しが行われた。まず、緊急時の宿泊ニーズに対応できるようにするため、緊急時短期利用の受け入れ日数や人数の要件が見直された。これまで「1事業所1名まで」とされていた人数が「1ユニット1名まで」となり、日数も「7日以内」が「7日以内を原則として、利用者家族の疾病等やむを得ない事情がある場合には14日以内」とされた。また、部屋は「個室」とされていたが、「おおむね7.43㎡/人でプライバシーの確保に配慮した個室的なしつらえ」が確保される場合には、個室以外も認められる。
ユニット数も弾力化が図られ、現行の「原則1または2、地域の実情により事業所の効率的運営に必要と認められる場合は3」が「1以上3以下」となった。さらに、サテライト型事業所も認められ、本体事業所との兼務等により代表者・管理者を配置しなくてもよいとされた。
このほか、夜勤職員体制(現行1ユニット1人以上)については、利用者の安全確保や職員の負担に留意しつつ、人材の有効活用を図る観点から、3ユニットの場合に一定の要件の下、例外的に夜勤2人以上の配置を選択することが可能とされ、あわせて3ユニット2人夜勤の配置にする場合の報酬が設定された。
深刻な介護人材不足のなか、さまざまな基準が緩和されることになったが、事業運営にあたっては職員に過度の負担がかからないよう慎重な対応が求められるだろう。

特別座談会(オンライン開催)

官民連携で、認知症ケアのさらなる向上をめざす

介護サービスや認知症ケアのあり方が新たな局面を迎えつつある今、介護現場ではどのような対応が求められているのか、またどのような施策が必要とされているのか。厚生労働省老健局の担当者と全国老施協の関係者が、今後の認知症施策やケアのあり方について活発に意見を交換した。

出席者 ※肩書は今年3月末現在

鴻江圭子(こうのえ・けいこ)/全国老施協 副会長 菱谷文彦(ひしたに・ふみひこ)/厚生労働省老健局 認知症施策・地域介護推進課 認知症総合戦略企画官 尾関英浩(おぜき・ひでひろ)/全国老施協 老施協総研運営委員会 副委員長(司会進行) 本永史郎(もとなが・しろう)/全国老施協 老施協総研運営委員会 委員長

特養等が中心となる「伴走型支援拠点」を整備

尾関 まず菱谷企画官に、認知症に対する国の施策の概要、令和3年度介護報酬改定の内容や狙いについてご説明いただきたいと思います。

菱谷 ご承知のように、高齢化の進展に伴い認知症の高齢者も今後いっそう増えることが見込まれ、2025年には全国で700万人に達するという推計もあり、医療や介護関係者の認知症への対応力をどのように向上させていくかが重要な政策課題となっています。介護報酬改定では、認知症への対応力向上についての取り組みを推進するため、認知症専門ケア加算の新設やレスパイト的な受け入れの対象範囲を拡大する見直しを行ったところです。

尾関 令和3年度予算で「伴走型支援拠点」を整備されるお考えのようですが、これはどのような狙いの施策ですか。

菱谷 地域包括支援センターはすでに業務が多く、認知症の方やその家族の継続的な相談対応にまで手が回らない状況があることから、地域において認知症ケアの専門性を有する特別養護老人ホームやグループホームが中心となり、高い専門性や既存の施設を活かして、本人や家族の相談に乗っていただきたいと考えています。こうした機能を備えるのが伴走型支援拠点です(図表3)。

図表3 認知症本人や家族に対する「伴走型支援拠点」のイメージ

認知症ケアに対するコロナ禍の影響

尾関 今回の介護報酬改定では、すべてのサービスに感染症・災害対策や事業継続に向けた取り組み強化が求められています。新型コロナウイルス感染症の拡大は、認知症ケアにどのような変化をもたらしたのか、現場ではどんなことに困っているのか、この点を整理しておきたいと思います。

本永 高齢者施設を利用されている認知症の人は、新型コロナウイルス感染症への対応のため、どうしても行動が制限されがちです。会える人も限られ、外出・外泊が難しくなる、アクティビティを行うにしても制限がある。そのような状況がBPSD(行動・心理症状)の悪化につながっていると思います。職員の側も、本当はもう少し何かしたほうがいいと思いつつ、とにかく感染させないことを優先する。行動の軸が、自立支援から安全管理に移りがちではないでしょうか。利用者の側も、コロナ禍が長期にわたることでイライラする人が多くなり、施設内でのトラブルも増えているようです。

尾関 自粛期間が長引くことによって精神的な不安定さ、体力の衰えが進行する可能性があるのは明らかだと思います。施設としては、これまでの感染症予防の経験を活かしつつ、対策を改善し、継続していく姿勢が大切でしょう。厚生労働省からも「高齢者施設等における新型コロナウイルス感染症に関する事例集」を示していただいています。こうしたことを参考にしながら対策を進めていく必要があると考えています。

本永 施設に限らず、在宅の高齢者も外に出ないとか、人と接しないということが活動性の低下につながり、家族の負担は施設以上に重くなっているはずです。認知症の人の場合、「3密(密閉空間・密集場所・密接場面)」を避けるといった約束事も守りにくいことから、家族はより消極的になることも考えられます。

鴻江 家族さえなかなか面会できないという状況のなか、行動範囲が狭められれば、刺激も少なくなります。それでも施設であれば、機能訓練は何とかできているはずです。在宅でも、少なくともデイサービスが継続されていれば、家族は助かります。それが休止した地域では困っているでしょう。自宅には施設が提供するようなアクティビティもないうえ、気軽に外に連れ出すこともできません。コロナ禍における在宅の認知症の人についての実態調査を含め、何らかの支援が必要ではないでしょうか。

認知症対応力の向上のため基礎研修受講を義務づけ

尾関 認知症ケアに関連することとして、令和3年度介護報酬改定で、介護に直接携わる職員のうち医療・福祉関係の資格を有さない人に対して認知症介護基礎研修の受講の義務化が図られることになりました。

菱谷 基礎研修は、認知症介護に携わる者が、認知症の人や家族の視点を重視しながら、本人主体の介護を遂行するうえで必要な基礎的な知識・技術とそれを実践する際の考え方を身につけ、チームアプローチに参画する一員として基礎的なサービス提供を行えるようにすることが狙いです。介護に直接携わる職員のうち、医療・福祉関連の資格を一つも持たない「無資格者」は6% ※1 ほどいるとされていますが、今回こうした方々に認知症ケアに関する基本的な知識・技術を身につけていただきたいということで、3年以内に基礎研修を受講していただくこととしました。厚生労働省としてもeラーニングの導入など受講しやすい環境の整備に努め、速やかに研修を実施できるよう都道府県を支援していきたいと考えています。

本永 基礎研修の教材は全国共通のコンテンツとしてDVDを配布されていますが、eラーニングもコンテンツは全国共通で、運営は都道府県ということになるのでしょうか。

菱谷 シラバスに基づき都道府県が独自のカリキュラムを作成することを禁じているわけではありませんが、基礎研修の標準のカリキュラムは社会福祉法人東北福祉会認知症介護研究・研修仙台センターにおいて作成するほか(認知症介護情報ネットワークに掲載)、eラーニングシステムを構築しており、多くの自治体でこれを利用していただけるのではないかと考えています。

尾関 基礎研修について、前半のビデオ視聴はすでにeラーニングで行っており問題はないでしょうが、後半のグループワークはWeb研修では難しさもあるのではないですか。

菱谷 グループワーク、事例に対する演習(ケーススタディ)も含め、完全にeラーニングによる実施を考えています(図表2)。研修時間も6時間程度から150分ほどに短縮される見込みですが、質の確保が疎かにならないよう、章ごとに理解の定着を確認するために全問正解するまで次の章に進めないようにするほか、実例に対するケーススタディとして、自分の考えを入力してもらう演習も設ける予定です。

本永 今回の介護報酬改定では、訪問介護にも認知症専門ケア加算がつくことになりました。ホームヘルパー2級を取得してからかなり時間が経ち、認知症に関する知識が以前のままという人はかなり多いと思われます。ホームヘルパーについても、基礎研修の積極的な受講を推進されてはどうでしょうか。

菱谷 研修を受けていただくのはよいことだと考えています。基礎研修の受講は地域医療介護総合確保基金の対象メニューに位置づけますが、受講者は無資格者に限っているわけではありません。

※1:公益財団法人介護労働安定センター「令和元年度介護労働実態調査 介護労働者の就業実態と就業意識調査結果報告書」による

実践研修の受講が学び直すきっかけに

本永 認知症介護実践研修(実践者研修・実践リーダー研修・指導者養成研修)についても、研修日数の短縮などの見直し等が進められます(図表4)。実践研修体系についてもeラーニング化を進めるお考えですか。

菱谷 実践リーダー研修、指導者養成研修は認知症専門ケア加算の要件になっていることからも適切な研修枠の確保が求められると認識しています。実践者研修についてはeラーニング化に対して懐疑的な意見もあるように聞いています。ただ、新型コロナウイルス感染症が一つのきっかけではありますが、働き方改革という観点もあり、ZOOM等の同時双方向の意思疎通ができる方法によるオンライン研修は増やしていく方向で検討しています。また今回、実習を自施設で行えるようにしましたが、そうしたことを含め、できるだけ研修のために職場を空けなくてすむような対応を推進したいと考えています。

尾関 介護福祉士の資格を持っている人のなかには、「今さらなぜ研修を受けなければならないのか」「介護福祉士の資格を持っている自分は専門家ではないのか」という疑問を持つ人もいるようです。こうした人も実践者研修を受けると、「認知症についてわかっているつもりだったけれど、わかっていなかった」と学びがあるケースが大半です。介護福祉士がゴールだと思っている人が多いかもしれませんが、実践者研修や実践リーダー研修は介護福祉士のステップアップの手段に位置づけられるべきものと思っています。

図表4 介護従事者等の認知症対応力向上に向けた研修体系

医学的知識を身につければ症状改善を図れる可能性が増す

鴻江 多くの介護現場の現状として、BPSDのある人が不穏状態になると、介護職員は何が原因となってBPSDが生じているかといった根本的なことを探るより、とにかく転倒など事故を起こさないようにと考え、対症療法的な対応に終始しがちだと思います。私としては、BPSDの要因を考えられるよう、医学的なことも含め、認知症に関する知識を身につけてほしいと願っています。たとえば、介護職員も4大認知症の特徴などを理解しておくべきです※2

ある報告会で施設の職員が「月に32回転倒していた認知症の人がいたが、一生懸命努力して転倒を16回に減らした」と誇らしげに語るのを耳にしたことがあります。しかし、医学的な知識を身につけることで、「転倒を繰り返し、パーキンソン症候群が見られ、幻視や振戦があれば、レビー小体型認知症かもしれない」と気づけますし、それに気づけば医師と連携し、効くとされる抗認知症薬のドネペジル(商品名アリセプト)を用いることもできます。

菱谷 認知症の病態の違いやBPSDの理解や対応の仕方等についての認識は、ここ10〜20年でだいぶ変わってきました。関係者が、こうしたことをきちんと理解していることは重要なことです。

尾関 医療との連携ということでは、入所者一人当たり5種類の薬を服用しているという全国老施協の調査もあります。多剤服用(ポリファーマシー)の問題への対応についても、医療とのさらなる連携が必要でしょう※3

鴻江 ドクターは処方した後、付きっきりで認知症の高齢者の状態を観察しているわけではありません。状態がどう変化するかを近くで見ているのは介護職です。特別養護老人ホームでは医師と一緒に薬剤調整をすると、驚くほど症状が改善するというケースもあります。それを見ているからこそ私は、薬剤調整に介護職員のフィードバックが必要だと強く申し上げてきています。以前はポリファーマシーの問題を語るドクターはあまりいらっしゃらなかったのですが、今は増えています。「薬をできるだけ控えてください」とおっしゃる家族の方も少なくありません。

菱谷 老健局でも同様の問題意識を持っています。ポリファーマシーへの対応を今後とも進めていく必要があると考えています。

※2:4大認知症とは、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症

※3:単に服用する薬剤数が多いのみならず、それに関連して薬物有害事象のリスク増加、服薬過誤、服薬アドヒアランス低下等の問題につながる状態を「ポリファーマシー」といい、こうした問題に対する対策を「ポリファーマシー対策」という

BPSDをコントロールし本人や家族のQOL向上を

尾関 認知症ケアを向上させうる手法として、全国老施協は東京都が先行的にモデル事業を行った、NPI評価を用いて行動・心理症状を数値化する「認知症BPSDケアプログラム(BPSDケアプログラム)」に着目し、会員施設に取り組んでいただけるよう推奨・支援しているところです。

鴻江 私は、認知症については介護の役割が非常に重要だと考えています。ユマニチュードやタクティール®ケアなどを含むさまざまなケア手法では※4、効果を実感できても定量的なエビデンスがなかなか得られないのが残念でなりません。その意味で、BPSDケアプログラムには大いに期待しています。

菱谷 脳の細胞が壊れて記憶障害が起こるといった中核症状については今のところ治すことができないわけですが、環境、人間関係などの要因によって精神症状や行動に支障が起きる行動・心理症状については関わり方や環境を調整することで症状が現れるのを抑えたり、和らげたりすることが期待できます。BPSDをうまくコントロールできれば、何百万人もの認知症の人やその家族のQOL(生活の質)を高めることにつながることが期待されるため、積極的に取り組んでいく必要があると考えています。

本永 全国老施協では会員施設にBPSDケアプログラムに取り組んでいただきたいと普及啓発活動に取り組んでおり、その一環として動画の作成などの情報発信を行っています※5。全国老施協ホームページから配信している動画「BPSD評価を活用したケアアプローチ」はすでに視聴回数が1万を超え、視聴者アンケートでもBPSDケアプログラムの研修会の受講を希望される方が多いなど、現場の皆さんに高い関心を持っていただいています。多くの施設でBPSDケアプログラムに取り組んでいただければ、他の施設、他の人の事例から気づきを得るという横展開も考えられます。

※4:ユマニチュードは、知覚・感情・言語による包括的コミュニケーションに基づいたケア技法。「ユマニチュード」はフランス語で「人間らしさ」を意味する。タクティール®ケアは、手で触れてコミュニケーションを図りながら相手に寄り添うスウェーデン発祥のケア手法。背中や手足に優しく触れることでストレスや不安、痛みなどが緩和するとされる

※5:「BPSDケアプログラム」が現場を変える、参照

介護職の気づきの力を高め認知症ケアの改善につなげる

尾関 BPSDケアプログラムについては厚生労働省も令和元年度の老健事業で取り上げたほか、認知症アドミニストレーター養成研修の実施を地域医療介護総合確保基金の対象事業としています。次期介護報酬改定で介護保険制度に組み入れるなどのお考えをお持ちですか。

菱谷 NPI­-NHで測定したところ、BPSDの数値が下がったという報告があることは承知しています※6。ただし、介護保険制度に入れるにはいくつか課題があることを関係者に理解していただく必要がありますし、現場にどのような仕組みとしてどう実装していくかなども検討しなければなりません。

厚生労働省としては令和3年度以降に老健事業を実施したいと考えています。令和6年度介護報酬改定に向け、データ上もBPSDの数値が下がったと確認するには、令和3年度、4年度の取り組みが重要になります。なるべく多くの事業所に老健事業に参加していただき、LIFE(科学的介護情報システム)に数値を定期的に入力してもらうことが、次期介護報酬改定に向けての宿題となるでしょう。

尾関 今回の介護報酬改定では、介護のデータベースであるCHASEとVISITのシステムが改修され、LIFEに統合されることになりました。これに項目として、DBD13(認知症行動障害尺度)やバイタリティインデックス(意欲の指標)といった認知症についての項目が入り、NPI­-NHも任意項目として入ります。また、科学的介護推進体制加算が創設され、単にLIFEにデータを入力するだけでなく、そのフィードバックを活用しPDCAサイクルを回すことが要件とされています。

鴻江 NPI­-NHを定量的な評価尺度に使ったBPSDケアプログラムを採り入れることが重要なのは、介護職の“気づきの力”を高められるからであり、認知症ケアの改善につなげられるからです。何が悪いのか、どう改善していくのか、1回で要因や解決策が見つかるとは限りませんが、繰り返しのなかで職員は学び、ケアを向上させていけるはずです。職員がNPI­-NHをマスターし、現場でPDCAサイクルを確立して回していくことを通して、介護にそうした力があることを示していきたいと考えます。

尾関 BPSDケアプログラムは認知症の行動・心理症状への対応にとどまらず、ケア全般の底上げにもつながるものです。令和6年度介護報酬改定で認知症ケアへの取り組みを評価する加算の創設をめざすためにも、全国老施協の会員施設の皆さんには、ぜひエビデンスの確立に協力していただければ思っています。

※6:NPI-NH(Neuropsychiatric Inventory in Nursing Home Version)はNPI評価尺度のうち、施設職員を対象に利用者のBPSDの頻度と重症度、自身の職業的負担度を評価する指標

「認知症共生社会」では施設の役割が極めて重要

本永 BPSDケアプログラムでのNPI評価は、職員による状態の評価がベースとなります。評価する人が認知症について正しく理解していないと、データが不確実なものになりかねません。そういう意味でも、研修等を通じて正しい知識を身につけることが大切です。

鴻江 私が介護のありようとして理想としているのは、地域において軽度の認知症の人を見つけられるようにして、認知症初期集中支援チームも含め施設・事業所が、安心して生活できるように導き、看取りまでやりきることです※7。この一貫した取り組みを社会福祉法人は実践できるはずです。認知症の人の意思確認は難しいとされますが、我々は利用者に寄り添いケアをするなかで、本人がどういう思いを持っているのかをしっかり知ろうと努めています。これに加えて医療の知識を身につければ、より多くの認知症の人たちのBPSDを改善させられる可能性があるのですから、一人でも多くの介護職に知識を身につけてもらい、最期まで看取れるようになってほしいものです。

菱谷 認知症の人を早期に発見し、必要な医療的・福祉的な介入を行い、できるだけ地域のなかで暮らし続けていただけるようにする。その意思決定を支援し、可能な限りBPSDが生じないように対応して、在宅限界やQOLを高める。こうしたことを実現する施策を進め、認知症の人と共生する社会を実現していくうえで、高齢者施設の持つ高い専門性や地域において果たすべき役割は極めて重要です。今後も全国老施協の皆さんと連携し、ご意見をお聴きしながら適切な施策を講じていきたいと思います。

尾関 平成27年の新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)では「関係府省庁が連携して」という文言が用いられましたが、令和元年の認知症施策推進大綱は「官民あげて」という表現を使っています。国として総力をあげた取り組みが求められるなか、とりわけ認知症ケアのノウハウを有する特別養護老人ホームをはじめとする高齢者施設は中心的な役割を担うという自負を持つべきであり、根拠に基づき、一般の人々にもわかりやすいケアを実践していかなければなりません。この実現に向け、厚生労働省と連携させていただきながら、全国老施協としての対応を進めていきたいと考えています。
本日は、ありがとうございました。

※7:認知症初期集中支援チームとは、認知症が疑われる人や認知症の人およびその家族を訪問し、観察・評価を行ったうえで、家族支援等の初期の支援を包括的・集中的に行う複数の専門家によるチーム。地域包括支援センター等に配置されている