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令和3年度 介護報酬改定の行方

コロナ禍により異例の展開——
厚生労働省「令和3年度予算概算要求」と「介護給付費分科会」の動向から探る

2020.11 老施協 MONTHLY

厚生労働省は9月25日、財務省に対して令和3年度予算の概算要求を行った。各省庁の概算要求が出そろったことで令和3年度予算編成がスタートするとともに、同年度の3年に一度の介護報酬改定に向けた議論もこれから山場を迎える。予算編成やこれからの議論の動向は、介護人材確保・新型コロナ対応に苦闘する介護事業者にとって、大いに気になるところだろう。
本特集では、介護事業に関連する厚生労働省の予算概算要求の概要を紹介したうえで、介護給付費分科会や「骨太の方針2020」などの内容を改めて整理し、令和3年度介護報酬改定や介護事業の行方を探る。


各省庁が翌年度の政策を実施するために必要とする事項・経費を見積もり、財務省に提出する「概算要求」。例年であれば、財務省が7月に予算編成のルールを示す概算要求基準を決め、それに基づいて各省庁が要望を8月末までに提出するが、今年は各省庁が新型コロナウイルス感染症への対応のため、二度にわたる補正予算案の編成作業に追われたこともあり、概算要求の期限が1か月延長されるという異例の展開となった。今後、財務省がこれらを査定し、財務省原案を策定。政府内で最終調整を行い閣議決定を経た予算案が来年の通常国会で審議され、成立した予算が4月から執行される。
予算編成と並行して、厚生労働省の社会保障審議会介護給付費分科会では令和3年度介護報酬改定に向けた審議が進められている。介護報酬改定の改定率も予算編成過程で決定され、この決定を受け、新単位数や各種基準に関する諮問・答申が行われる。
厚生労働省の概算要求には、どのような項目が盛り込まれたのか。大詰めを迎えつつある同分科会の議論は、どのように進んでいるのか——。これらの動向を再確認しておこう。

1 厚生労働省「令和3年度 予算概算要求」の注目点

新型コロナ対応やICT投資への支援など

総額33兆円規模の厚生労働省の令和3年度予算概算要求は、新型コロナウイルス感染症への対応重視型だ。併せて生産性向上のため、ICTやロボットなどへの投資を促すものとなっている。予算概算要求のうち、次年度以降の介護事業・介護現場にかかわる主要事項を整理する。


過去最大の要求額に加え別途「事項要求」も

厚生労働省の令和3年度予算概算要求額は、年金や労働保険などの特別会計を含まない一般会計で32兆9,895億円と過去最大。これだけで今年度当初予算に比べて34億円増の要求だが、さらに「医療・年金などにおける自然増」分や「新型コロナウイルス感染症対策に係る経費」などは現時点で金額を予測するのが困難なことから、項目のみ要求し金額などは予算編成過程で決める「事項要求」とした。

感染拡大防止に向けて環境整備やICT導入を促す

概算要求の施策分野ごとにまとめた主要事項を見ると、介護に関する項目にも新型コロナウイルス感染症対策関連のものが並んでいる。
【新型コロナウイルスと戦う医療・福祉提供体制の確保】では、「介護・福祉サービス提供体制の継続支援」として、感染者が発生した介護サービス事業所等の職員確保や消毒などのかかり増し経費、都道府県における衛生用品の備蓄、緊急時の応援派遣に係る体制構築の支援が盛り込まれた。「福祉施設における感染防止対策」でも、介護・福祉サービス事業所での感染発生時に消毒・洗浄に必要な費用を補助することや、個人防護具等が円滑に供給されるよう国が買い上げて都道府県等に配布することが挙げられている。
感染拡大防止の観点から、「個室化等の環境整備」を進め、介護・福祉施設における簡易陰圧装置・換気設備の設置や多床室の個室化等に必要な費用を補助することや、「ICT・ロボット等の導入」を支援することも打ち出している。導入を検討している事業者にはありがたい施策だが、こうした設備への投資を求める流れが勢いづくことになり、「小規模な施設・事業所では対応が難しい」という声に対し、大規模化の圧力が高まる可能性もある。

介護の受け皿整備や人材確保の取り組みも支援

地域包括ケアシステムの構築に向けた【安心で質の高い介護サービスの確保】では、「介護の受け皿整備、介護人材の確保」として、地域医療介護総合確保基金を活用した介護施設等の整備を進めるほか、喫緊の課題である介護人材の確保に向けて必要な事業を支援すると明示。介護人材の確保のために、都道府県や市町村における人材確保プラットフォームの構築、多様な人材層へのマッチングやキャリアアップ支援、介護ロボット・ICTの導入支援といった介護人材の「参入促進」「労働環境・処遇の改善」「資質の向上」を図るための多様な取り組みを支援することをうたっている。
また、近年多発する自然災害への対応として「介護施設等の防災・減災対策の推進」のために、スプリンクラー設備の整備や耐震化改修・大規模修繕等の経費の支援を行うとしている。
さらに「介護分野における生産性向上の推進」では介護ロボット開発等加速化事業やICTを活用した介護情報連携推進事業を進めること、介護事業所に多様な働き方を導入することなど、「介護職員の処遇改善の促進」では事業所が介護職員処遇改善加算や介護職員等特定処遇改善加算を取得できるよう、個別の助言や指導等の支援を行うことなどが挙げられている。
新たな観点の施策に、新型コロナウイルス感染症の影響による離職者の再就職や介護分野の人材確保を支援する【医療介護福祉保育等分野への就職支援】がある。介護分野向け訓練枠の拡充や、介護分野に就職した訓練修了者への貸付金制度の創設等が打ち出されている。
このほかにも「自立支援・重度化防止に向けた取組の強化(科学的介護の実現に資する取組の推進)」や「認知症施策推進大綱に基づく施策の推進」も盛り込まれている。事業者には、これらへの対応も求められるところだ。
なお、老健局の主要事項は図表1のようになっている。

2 「ユニットの定員見直し」などの論点を提示

令和3年度介護報酬改定議論の動向

社会保障審議会介護給付費分科会(小泉立志理事出席)での介護報酬改定に向けた議論は、予算編成開始とともに終盤を迎えた。10月30日には、議論の行方を大きく左右する「介護事業経営実態調査」の結果も発表された。介護報酬改定の行方を読むには、議論の最新動向はもちろん、政府の動きなどにも注意したい。


感染症・災害への対応など5つの横断的テーマで議論

10月9日の第187回介護給付費分科会では、令和3年度介護報酬改定に向けた基本的な視点として「感染症や災害への対応力の強化」「地域包括ケアシステムの推進」「自立支援・重度化防止の推進」「介護人材の確保・介護現場の革新」「制度の安定性・持続可能性の確保」の5点が示された。分野横断的なテーマとして「感染症や災害への対応力強化」が新たに追加され、発生時に備えた取り組みや発生時の業務継続に向けた運営基準などの見直し、事業継続計画(BCP)の整備に対する評価、新型コロナウイルスの特例的対応を継続していくかどうかなどが今後の検討課題として議論されていく。

複雑な加算制度の整理や基本報酬の組み入れが論点に

介護給付費分科会での議論のデータとなるのが、介護報酬改定検証・研究委員会による調査研究の結果だ。
厚生労働省は10月9日の第187回介護給付費分科会で、「平成30年度介護報酬改定の効果検証及び調査研究に係る調査の結果(速報値)」を報告した。5本の調査研究のうち、たとえば「福祉用具貸与価格の適正化に関する調査研究」では、新型コロナウイルス感染症の影響がデータとして明らかになった。
また、「訪問介護における平成30年度介護報酬改定の影響に関する調査研究」では生活機能向上連携加算(Ⅰ)の算定がほとんどなされていないことがわかったが、介護給付費分科会の審議では、複雑になりすぎた加算制度の整理や基本報酬への組み入れが論点の一つとなっている。

前年度から収支差率は低下基本報酬での対応が不可欠

介護報酬改定の議論の行方に大きな影響を与えるのが、介護サービス施設・事業所の経営状況を令和元年度決算で把握する「介護事業経営実態調査」だ。
10月30日に開催した第190回介護給付費分科会で介護事業経営調査委員会による「令和2年度介護事業経営実態調査(令和元年度決算)」の結果が公表された。それによれば、収支差率は全サービス平均が2.4%と対前年(令和元年度概況調査)からマイナス0.7ポイント減少。介護老人福祉施設は1.6%(△0.2ポイント)、通所介護は3.2%(△0.1ポイント)となっている(図表1)。

厚生労働省は収支差の低下の原因を、「人材確保のための人件費の拡大」としている。高齢者福祉施設は施設系サービスのなかで最も給与費の支出割合が高い。やむをえず紹介業者に支払う委託斡旋費用や、同一労働同一賃金に伴う非正規雇用者への処遇改善のコストの負担に対する報酬上の評価に加えて、人材確保対策が急務といえる。
この結果を受け、全国老施協の小泉立志理事は「基本報酬での対応が必要。特に30床小規模特養への対応は不可欠」と意見を述べたほか、複数の委員からプラス改定を求める声が上がった。
また、この日は、新型コロナウイルス感染症による介護サービス事業所等の経営への影響についての調査結果も報告された(図表2)。5月の時点で介護サービスの経営が新型コロナ流行前に比べて「悪くなった」とした事業所が全体で47.5%。介護老人福祉施設は48.7%、通所介護は72.6%と、深刻な状況が見て取れる結果だった。
あわせて、昨年10月に創設された特定処遇改善加算の賃金への影響を把握する「令和2年度介護従事者処遇状況等調査」の結果も公表された。これによると、特定処遇改善加算(Ⅰ)(Ⅱ)を取得した施設・事業所の介護職員の令和2年2月の平均給与額は32万5,550円で、前年比1万8,120円の増加だった。

特養等の兼務規制の緩和等も論点に

10月30日の第190回介護給付費分科会では、介護老人福祉施設の検討の方向性(案)が示された(図表3)。

これについて小泉理事は、職員兼務の案に賛意を示したうえで、「特養と併設する小規模多機能型居宅介護の兼務については軽費老人ホーム等も含めてほしい」と求めたほか、「事故報告は厚生労働省で様式を作成し、メールで提出できるようにし、提出するファイルは集計しやすいもので作成して市町村で分析可能なものすべき」と意見を述べた。
介護給付費分科会では今後、分野横断的事項や各サービスの論点についてさらなる検討を進め、12月に基本的な考え方の整理・取りまとめ、年明けに諮問・答申を行う予定だ。

現場軽視の財務省「プラス改定」に否定的見解

介護報酬改定をめぐる議論については、財務大臣に予算編成に向けた諮問を行う財務省の財政制度等審議会・財政制度分科会が11月2日に行った会合で、プラス改定に否定的な考えを示し、今後の予算編成に少なからず影響を与えそうだ。
この日の会合で同分科会は、介護費用の総額は高齢化などの要因により毎年増加しており、介護報酬のプラス改定は保険料負担と利用者負担のさらなる増加につながると指摘。令和3年度は、新型コロナウイルス感染症が国民生活にもたらしている影響に鑑み、全体の改定率は国民負担を抑制しつつ、ICTの推進による運営の効率化やエビデンスに基づく報酬体系のメリハリ付けなどを推進すべきと提言した。
そのうえで、令和3年度介護報酬改定について、介護サービス施設・事業所の令和元年度の収支差率は2.4%と中小企業と同水準であるとして、「少なくとも介護報酬のプラス改定(国民負担増)をすべき事情は見出せない」と主張している。
同分科会はまた、新型コロナウイルス感染症の収入への影響について、一時的な利用控えなどは見られたものの6月以降の状況は改善しているとし、収支差に大きな影響は及ぼしていないのではないかとの考えを示した。その一方で、新型コロナウイルス感染症による影響には地域別、サービス別にばらつきがあるため、「メリハリをつけながら、新型コロナウイルス感染症の流行の収束までの臨時の介護報酬上の措置を講じることはあり得る」との意見を述べている。


大切な公共財である介護を守る!
令和3年度介護報酬改定(各論)に関する提案について

31項目からなる具体的な要望事項を提案

全国老施協は、各都道府県老施協等を通じて介護現場の声を集めた要望事項を31項目に整理した「令和3年度介護報酬改定(各論)に関する提案について」(以下、提案書)を8月27日に取りまとめた。その内容に基づく意見を介護給付費分科会で述べたほか、厚生労働省に提案書の申し入れを行っている。
提案書は冒頭で、全国老施協が実施した「介護老人福祉施設等平成30年度収支状況等調査」において特別養護老人ホームの3分の1が赤字となっていることを強調。加えて、新型コロナウイルス感染症への対応に伴う緊張状態が長期化し、事業継続そのものが困難となる事態への対処も迫られていることを訴え、特養等における基本報酬のプラス改定の実現を求めている。
また、全国老施協でなければ指摘できない基準費用額の見直し(図表4)や30床小規模特養の存続問題等についても、現場の現状を踏まえた具体的な提起を行っている。

介護現場の努力が医療崩壊防止にも貢献

前回の介護報酬改定でプラス改定を勝ち取るため、当時の菅義偉官房長官に働きかけたそのだ常任理事は、次期介護報酬改定について厳しい目を向ける。「新型コロナウイルス対策を含めてのプラス改定ではなく、介護報酬本体をきちんと分けたうえでプラス改定にすることが不可欠と考える。日本における死亡者数が欧米に比べて格段に少ないのは、高齢者施設の現場の努力が大きい。この努力は、重篤化しやすい高齢者の感染を防ぎ、医療崩壊を防ぐことにもつながっている。大切な公共財である介護を、財政面で回すことができなくなるようなことがあってはならない。改定に向け、全力を尽くす」と決意を語っている。