特集

短期集中連載

介護現場での適切なケアに向けて 「認知症BPSD」評価の実践

2021.3 老施協 MONTHLY

「新たな国民病」ともいわれる認知症。今や認知症施策は、国を挙げて取り組むべき大きな社会課題となっています。特に重度の入所者を受け入れる特別養護老人ホームにとって、認知症の人に対し、エビデンスに基づく科学的介護の考え方による適切なケアを実践していくことは、今後ますます求められていきます。
本連載では、そのために必要な「認知症を評価するための取り組み」の考え方や実践について、専門家に解説していただきます。

石井 伸弥(いしい・しんや)

石井 伸弥(いしい・しんや)
広島大学大学院 医系科学研究科
共生社会医学講座 特任教授

2001年、東京大学医学部卒。帝京大学医学部附属市原病院麻酔科での研修後、04年より渡米しUPMC (University of Pittsburgh Medical Center)にて内科初期研修を行う。07年よりUCLA/VA(Veterans Affairs)にて老年病内科フェロー(後期研修)。08年よりVAにてリサーチフェローを開始し、同年、UCLA大学院臨床研究コース入学、10年、学位取得。11年に帰国し東京大学老年病科勤務。17年、東京大学大学院にて医学博士号取得。厚生労働省老健局総務課認知症施策推進室勤務(認知症専門官)を経て、20年4月から現職。

【専門分野】老年医学、一般内科、認知症、骨粗鬆症
【資格】日本総合内科専門医、日本老年病科専門医、日本認知症専門医、公認心理士、米国内科専門医、米国老年病専門医等


最終回BPSDへの対応によって認知症ケアの質はさらに高まる

多様・複雑な要因、症状がもたらす対応の難しさ

BPSD(行動・心理症状)とは一体何でしょうか。
前回の当連載を執筆された山口晴保先生の論文によると、認知症患者にしばしば生じる、知覚認識または思考内容または気分または行動の障害による症状と定義されているとのことです※1。心理症状の例としては、うつ、アパシー(無気力)、不安、不眠、妄想、幻覚など、行動症状の例としては、暴言、暴力、徘徊、つきまとい、介護に対する抵抗、不適切な性的行動、叫ぶ、不穏などがよく挙げられます。こうしてみると、BPSDと一言で言っても大変多くの種類があり、まったく性質の異なるものもたくさん含まれていることがわかります。
では、BPSDを引き起こす原因はどうでしょうか。一般的に、BPSDは身体的要因、環境的要因、心理的要因などさまざまな要因が影響してくると言われています。このようにさまざまな要因が関わってくることには、3つの重要な意味があります。
まず1つ目に、さまざまな要因が関わっているため、どれか一つだけの要因を解決したからといって必ずしも症状の改善に結びつかないことがあることです。一つひとつ関わっている要因を見つけ出し、対応方法を考えて解決していく必要があります。
2つ目に、同じような症状であっても、まったく異なった要因が関わっていることがあることです。妄想といっても、脳の器質的な問題によるものかもしれませんし、薬の副作用かもしれません。視力や聴力の低下が引き起こした行き違いによる本人の思い込みかもしれません。そうすると、同じ症状、たとえば妄想だからといって、画一的な対応方法では効果がないことがあり、人によって、時には同じ人であっても場合によっては、異なる対応方法が必要となってきます。
3つ目に、多くの要因がそれぞれ異なった形で行動・心理症状に関わってくるということです。
筆者らは以前、BPSDに関して提唱されているモデルを調べ、それらを統合してBPSDの発症モデルを提唱したことがあります(図表※2。複雑なモデルですので簡潔に説明すると、その方のもともとの状態に加え、その方の心身のニーズがどれくらい充足しているかによって、BPSDの起こりやすさが決まっていきます。そこに周囲の環境や人との接触などのきっかけによってBPSDが引き起こされるのです。
この時、きっかけをどのように受け止めるかは個人的な嗜好によって異なってきます。BPSDの結果が、BPSDに至ることになった一連の流れを強化(または弱化)することになります(ただし、認知症が進行して記憶力が低下している場合には、こうした影響は弱くなります。この部分は図表では点線で表しました)。
このように複雑なモデルですが、ポイントとして、BPSDに関わる多くの要因はそれぞれ異なった形でお互いに関係しながらBPSDにつながっていくということです。BPSDに対応するうえでは、多くの要因について、それが対応可能なのかどうか、一連の流れでどのような役割を担っているのか、こうしたことを考えながら対応していくことが必要です。

行動・心理症状の発症モデル

複雑な症状に対応するための評価・ケアの実践

行動・心理症状は症状としても多様ですし、関わっている要因も多様で複雑です。
では、こうした複雑な症状に対応するにあたり、何に気をつければよいのでしょうか。
まずは症状としての複雑さに対応するため、どのような症状がどの程度の強さで起こっているのか、関わっているスタッフの間で同じような方法で評価することです。そうすることで、対応方法が効果的だったかどうか、振り返って評価できるようになりますし、スタッフ間で一貫した方法でBPSDを評価しながら対応を続けられます。このことを一言で言うと、「BPSDの状態を標準的な方法で定量化する」ということになります。
また、症状への対応にあたっては、さまざまな要因が関わっていることを踏まえて、特に重要でしかも対応しやすい要因については見落としがないようにしつつ、各種要因について考察を深めることです。考察にあたっては、一人で行うよりも皆で知恵を出し合うほうがよいでしょう。その考察に基づいて効果的な対応方法を考え、実践します。
ここで重要なのは、何らかの対応を行ったときに、それが効果的であったかどうかを評価することです。目の前のBPSDに多くの要因が関わっている場合、一つの要因を解決しても完全に良くならず、少しだけ改善する、ということが起こります。したがって、実践した対応方法の効果を評価しつつ、他の可能性のある要因を考慮し、それを介護に反映させていくことが重要になってきます。

科学的な側面を備えたBPSDケアプログラム

今年4月から「BPSDケアプログラム」が開始されます。このプログラムには、ここまで述べてきた行動・心理症状への対応に必要な定量的な評価や症状の評価、要因の分析、ケアの計画・実行、再評価というプロセスが備わっています。
もともと日本の介護の質は国際的にも高いところにあると、私は考えています。現在の新型コロナウイルス感染症流行においても、介護施設での新型コロナウイルス感染症による死亡者の割合は諸外国と比べると日本では低かったのではないか、というデータもあります。このことは、日本の介護施設における感染症予防を含めたケアの質の高さを、示していると思われます。
今後、BPSDケアプログラムなどの取り組みによって、さらに認知症に対するケアの質が高まっていくことが期待されます。

※1:山口晴保 BPSDの定義、その症状と発症要因. 認知症ケア研究誌2:1-16, 2018

※2:Ishii S, Streim J, Saliba D. A Conceptual Framework for Rejection of Care Behaviors: Review of Literature and Analysis of Role of Dementia Severity. J Am Med Dir Assoc. 2012 Jan;13(1):11-23.e1-2.


「認知症BPSDケアプログラム」視聴者アンケート実施中!

動画をご覧いたただいた皆さまから「視聴者アンケート」を通じて、いろいろなご意見・ご質問をいただいています。そのなかからいくつかをご紹介します。

現在は取り組みを行っていませんが、実際に取り組んでいく際に分からないことが出てくると思います。

【本会より】 全国老施協としても、より多くの方に取り組んでいただけるよう、今後も解説動画の配信や月刊老施協等での情報発信をしてまいります。また、取り組み開始に向けた質問窓口の設置や、情報交流の場づくり等の導入支援も予定しています。これらを通して、円滑に導入していただけるよう支援に取り組んでまいります。

多職種の連携の難しさがあり、いかに協力体制ができるのかを考えさせられました。評価するにあたって一番大切なことはなんでしょうか。

【本会より】 BPSDをご利用者のSOSとして捉えるNPI評価システムでは、介護職員だけではなく多職種(看護職員、(管理)栄養士、機能訓練指導員、生活相談員、ケアマネジャー等)でチームを組み、多様な視点から課題を分析したうえで、すべてのスタッフが統一した対応を行うことが一番大切です。多職種連携は簡単ではないと思いますが、ご利用者のBPSD軽減の成功体験を実感することができれば、専門職としてのやりがいをお互いに認め合い、多職種連携の必要性を感じることができると考えています。

大変興味があり、すぐに検索してみましたが、研修の受講方法やDEMBASE、NPI評価尺度を実際にどうすれば使えるのかがわかりません。

【本会より】 今年2月時点では、認知症BPSDケアプログラムの実践ができるのは、先行して取り組まれている東京都の17自治体のみです。
今年4月以降の全国展開に向けて、厚生労働省の老人保健健康増進等事業「認知症BPSDケアプログラムの広域普及に向けた検証事業」にて、DEMBASE(オンラインシステム)やe-Learningでのアドミニストレータ—研修、研修修了者の継続的なプログラム活用を支援するフォローアップ研修等の運用体制の準備が進められています。
全国老施協としても、より多くの介護現場で取り組みがスタートできるよう、研修機会の確保や導入支援など本プログラムの普及に向けて取り組んでまいります。

認知症になる前から本人の生活史や価値を読み取る試みが必要だと感じました。

【本会より】 ご紹介している「認知症BPSDケアプログラム」はBPSDにつながる身体的・精神的苦痛を客観的に評価することにより、背景要因にアプローチする方法です。当然のことながら、ご本人の生活史や価値観を大切にする「パーソンセンタードケア」を基本としていることに変わりはありません。

▶皆さまの声をお待ちしております

視聴者アンケート

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公益社団法人全国老人福祉施設協議会 老施協総研運営委員会(js.souken@roushikyo.or.jp