特集

特別寄稿

「異例の施策」となった 介護分野の第二次補正予算
—最後の政治決着の裏側を垣間見る—

2020.7 老施協 MONTHLY

令和2年度第二次補正予算において、「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業」が創設された。その一環として、介護現場の職員に「慰労金」が支給されることが決まり、6月19日に慰労金の支給条件などを定めた「実施要綱」が厚生労働省から示された。介護現場で奮闘を続ける職員にとって朗報の慰労金の支給は、どのように決まったのか。「異例のこと」と評価する、淑徳大学総合福祉学部教授の結城康博氏が、その経緯や裏側について解説する。

淑徳大学総合福祉学部教授  結城 康博

苦労が報われた一律5万円の「慰労金」支給

令和2年度第二次補正予算で、介護施設・事業所に勤務する職員に対して「慰労金」として一律5万円、そのうち新型コロナウイルス感染症が発生したり、または濃厚接触者に対応した施設・事業所の職員については同20万円を支給——という予算措置が盛り込まれた。介護職員のみではなく、それ以外の介護現場で働く専門職と事務職員まですべての者がチームとして評価され、かつ非正規職員(対象期間に10日以上勤務した者)も支給対象となったのが大きな特徴だ(図表1)。

筆者の元ゼミ生である介護職員からも新型コロナ問題の渦のなか、かなりの負担を強いられていることを聞いており、介護現場の従事者の苦労を痛感していた。しかし、マスコミなどでは常に医療現場の現状は報道され、社会でも注目されているのに対し、介護現場の実態についての認知度は低かった。

筆者が今年5月に行った介護現場を対象としたアンケート調査でも、「医療従事者だけでなく、介護従事者にもスポットを当てて、処遇改善を検討していただきたい」といった意見が多く寄せられている。そして、「今後の介護施策で最優先で1つ選ぶとしたら?」という問いには、「介護スタッフなどの特別支給の助成金」という回答が一番多かった(図表2)。

官邸主導により土壇場で決定

今回の一律「5万円」交付という施策は、筆者による関係者取材では、「紙一重」のところで決まった「異例」のことだったと断言できる。
第二次補正予算を決める大詰めの5月21日から22日にかけて、それまでは日本医師会を中心とした業界団体の強い要請により、医療現場への一律交付金が決定されていたと推察できる。しかし、介護分野においてはクラスターなどが生じた介護事業所に限って、という状況であっただろう。

当然、厚生労働省は介護分野にも一律交付金を、という姿勢で予算折衝していたと考えられるが、どうしても財務省との交渉場面では大きな壁が立ちはだかっていたに違いない(※朝日新聞デジタル「介護現場の悲鳴、財務省の壁崩す20万円の舞台裏」2020年5月27日 など。)。その背景にあるのは、「医療は『治療』であり感染症と背中合わせだが、介護は『生活』であり商店など小売業との差別化が難しい」という考えである。
筆者の推察に対して、多くの介護従事者は「介護は小売業とは違う」と反論するだろう。しかし、この反論は介護業界での常識であっても、財政(公費)出動させるための論理にはなりにくいのが現実だ。
それが今回、第二次補正予算が閣議決定される5月27日直前の23日~24日、官邸で介護分野における一律5万円交付の予算決定に関して、官邸サイドと財務省担当者との最終段階の話し合いの一幕があった。

当初から官邸サイドには、介護現場の深刻な現状が耳に入っていた。これを官邸サイドに強く働きかけた国会議員の一人としては当然、参議院議員のそのだ修光氏が挙げられる。結果、介護分野への一律5万円交付の交渉が財務省となされ、土壇場での政治決着となったわけだ。筆者が聞いたところでは、この話し合いの場に、そのだ氏も同席していたそうだ。

もちろん、それまでの全国老施協を含む「介護団体による要望書」「数少ない介護関連与党系議員からの働きかけ」「国会での審議」「一部のマスコミ報道」なども相まって、官邸サイドも折衝しやすい雰囲気にはなっていただろう。だからこそ、政治決着が可能になったといえる。いくら官邸の一声があったとしても、多額の予算措置をたやすく講じることができるわけではない。

現状改善を図るには「国」への働きかけが重要

そもそも介護保険は保険者が市町村であり、介護施設・事業所の監査・許認可権なども含めると都道府県の役割となっているため、自治体との関係が重視されるとの見方もある。しかし、介護現場の現状を改善するには、「国」への働きかけもきわめて重要である。

たとえば、今回の第一次補正予算と第二次補正予算を見てみよう(図表3)。ひとまず予算規模は置いておいて、第一次補正予算での交付金事業では、実施主体は自治体(都道府県・指定都市・中核市)となっており、補助額の3分の1を自治体が負担する。一方、第二次補正予算では全額国庫負担(国の負担)であり、あくまでも都道府県は申請等の窓口にすぎない。

新型コロナ問題への対応に限らず、介護関連の予算措置が全額国庫負担かどうかは、末端の介護現場にも交付されるかという点で、大きな違いが出てくる。全額国庫負担でない場合は、その事業の実施は各自治体の裁量に委ねられてしまい、予算措置を講じたくない場合は事業として取り組まれないこともあるからだ。

財政出動から財政規律への政策転換に注意すべき

これまでの度重なる介護報酬改定の変遷を見る限り、今回の新型コロナ問題における一律5万円の「慰労金」支給などの財政措置が、金額的にいかに膨大なものであったかがわかるだろう(図表4)。

直近の2018年のプラス0.54%改定の財政措置では、500億円弱が増額された。その主な財源はいうまでもなく介護保険料と公費である。それに対して、今回の第二次補正予算では全額国庫負担として4,132億円が計上され、介護保険20年の歴史上、単年度ベースで最高額の財政措置である。

今後の新型コロナ感染拡大の第2波、第3波にもよるが、一定程度、収束期が定まってきたら、一挙に国政は「財政出動」から「財政規律」策に転換されることが十分に考えられる。つまり、何らかの増税策が打ち出される可能性があるということだ。たとえば、11年の東日本大震災による復興増税といった施策が待ち構えているかもしれない。
国政の流れが「財政規律」策へと転換された後には、来年度の介護報酬改定も厳しい局面を迎える可能性が高いと考える。その意味でも、介護分野は次期予算折衝で正念場を迎えるのは必至である。

今回のコロナ禍を政治への関心を高める機会に

年間の介護保険給付費は約11兆円、それに対し医療保険給付費は約40兆円と4倍近い額に上る。この金額に限らず、与野党を問わず医療系国会議員と介護系国会議員の数の差を単純に比べてみても、その差は歴然としている。

たとえば、日本医師会、日本看護協会、日本歯科医師会、日本薬剤師会、日本理学療法士協会はそれぞれ政治連盟を別途組織して医療系議員を輩出している。それに比べて、筆者も一会員である日本社会福祉士会、日本介護福祉士会、日本介護支援専門員協会といった職能団体は、はるかに及ばない。かろうじて、全国老施協の組織内候補として議員になっているそのだ氏がそれに該当する。強いていうならば、全国社会福祉法人経営者協議会からの推薦議員の一人ともいえる。
つまり、医療分野の声は国政に反映されやすいが、介護分野は国会議員の数から見ても話にならないということだ。
多くの介護従事者は日々の仕事に追われている。全員が一致団結して、制度・政策を変えていこうといった気運になるのは難しいかもしれない。しかし、看護師という専門職の歴史を見ても、その社会的地位の向上をめざした長い運動の軌跡があり、その1つの手法として団体を通じた「政治」への働きかけがあり、今日に至っている。
特に制度・政策では、政治決着となる場面が多々ある。そのときに介護の現場や利用者にとって真っ当な政策が決まるかどうかは、介護に精通している政治家が現場の声を代弁してくれるかどうかにかかっている。
今回の新型コロナ問題への施策を振り返り、介護業界でも政治への関心を高めていく大きな機会となってほしいと考える。

ゆうき・やすひろ
1969 年生まれ。淑徳大学社会福祉学部卒業。法政大学大学院修了(経済学修士、政治学博士)。専門は社会保障論、社会福祉学。博士論文として、社会保障などの政策決定過程を時系列的に体系化したものがある。著書に『福祉社会における医療と政治』『日本の介護システム』など政策分野の研究書多数

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